第16話『村の領主と婚約者』
「ちょうど僕もボイルさんの家に行こうとしてたんです」
コリン青年は せかせか 歩きながら話し続ける。
「ちょうど麦の収穫時期でしょう。ビールを余分に造ったんです。それをボイルさんの家に届けに行こうと思ってまして──あ、旅の方々も、よければ後でどうぞ。すごく おいしいって訳ではないかもしれませんが、
よいしょ、とビール樽を担ぎ直す。
「みなさんは、どこから いらっしゃったのかな? って聞いても、そうか、言葉が通じないんだったな。どうして こんなところへ? この国の人じゃないですよね。かと言って、どこの人に見えるかと聞かれたら困るなあ。僕、見ての通り、まったく学がないから。ここから出たことがないんです。エーファ、あ、僕の幼馴染なんですけど、エーファなんかは、よく色んなところへ行ったりするみたいなんですけど──あ、見えましたよ。あそこが、この集落の偉い人の お家です。ミスター・ボイル! 旅の方です! ついさっき見えたんです! 」
コリン青年は先程、馬のコリンが指し示した“エーファの家”へと一行を案内した。ノックして呼び掛けると、「ちょっと待っててくださいね」と言って戸の中へ入ってしまった。
取り残された汽車の一行は、お互い顔を見合わせ、また、コリン青年の消えた方を見た。
「お偉いさんの家だっていう割には、返事も待たずに入って行っちゃったね」
ゾーイが ぼそり と こぼした。
「僕とボイルさんの仲はそうだったんだ。僕を本当の息子みたいに可愛がってくれているからね」
「おい、無暗に しゃべるな」
アントワーヌがコリンを制した。
「それにしても、本当にコリンがいるだなんて。同じ人が ふたりいるって、なんだか とっても不思議な気分」
と、リク。
「僕が いちばん地に足ついてないよ。まさか本当に“僕”がいるだなんて思ってもみなかったんだから」
「おい、しゃべるな」
「本当、変身しておいて正解だったわね。いくら大きさを変えていたからって、同じ人間だっていうのは分かるでしょうし」
と、レア。
「だからと言って、やっぱり馬は無いよ。せめて人間の こどもかなんかにして欲しかったな」
「しゃべるな」
カランカラン。
「お前も不自然に鳴るな」
アントワーヌは双方へ不機嫌に注意すると、横に並ぶ自らの従業員たちへ視線を移した。
「とにかく、俺たちは本来の探索の目的を実行するだけだ。食料の調達手段を得る。近くに炭鉱があるかを尋ねる。それが終われば撤収だ。こんな危険なところに長居するメリットもないからな」
「せっかくのコリンの故郷なのに? 」
リクが反論する。
「だからだ。実際に
と、コリン青年が入って行った戸が開いた。
「いやはや、お待たせして申し訳ありませんでした」
おそらくボイル氏であろう、
「事情はコリン君から聞きました。さ、中へ どうぞ──と、おや、《キミ》は駄目だよ」
鼻を押され、コリンは はっとした。「そうだ、僕はいま
思い出し、後ずさりして ヘナヘナ 地面に腰を落とした。
「いい子だ」
ボイル氏はコリンの頭を そっと
「さ、どうぞ」
気を取り直して言い、ふたたび戸は閉ざされてしまった。
取り残されてしまったコリンは、玄関の前で腰を落としたまま、こっそり首元のメル⁼ファブリに語りかけた。
「みんな、どんな話をしているんだろうね」
カラン、とメル⁼ファブリも ひっそり鳴った。
「やっぱり馬に変身するべきじゃなかったと思うんだ」
カラン カラン。
「ミスター・ファブリも賛成してくれるんだね? 」
カラン カラン カラン。
「やっぱり? 」
カラン カラン カラン カラン!
「どっち⁉ 」
はあ、と溜息を吐いた。
「ミスター・ファブリも、口のついてるものに変身してくれればよかったのに。言いたいことがさっぱり分からないよ」
まあ、でも、口がついててもミスター・ファブリは あんまり しゃべってくれないけどね! カラン。
「ところでさ──」
コリンは閉じた戸を見上げた。
「ミスター・ボイルについて、ちょっと気になったことがあるんだ」
カラン?
「僕のことを、コリン“君”って呼んでた。ミスター・ボイルは普段、僕のことは呼び捨てなんだ」
……カラン?
「人前だからじゃないのかって言いたいんだろう? 違うんだ。ミスター・ボイルは、人前であっても、僕のことをコリンって呼ぶんだ。さっきも言った通り、家族も同然なんだからね」
カラン。
「なんでか、距離を感じた。なんでかな」
その時、ギイ っと戸が開いた。
アントワーヌたちが出てきたのか、と見たが、違った。コリンは溜息を吐く代わりに身をかたくした。コリン青年と、エーファが、
「あら、可愛らしいお馬さんだこと! 」
コリンに真っ直ぐ向かってくる。
自分のドッペルゲンガーがいるという状況も不気味で緊張するが、それよりも、何よりも2年ぶりのエーファだ!
「
「どうだろう、旅の人のだからねえ」
そうよね、と遠慮するエーファに、コリンは自分の鼻を そっと押し付けた。
「あら、見て! この子、撫でてもらいたいんですって! 」
「本当だ。いい子だねえ」
と、ふたりはコリンを撫で はじめた。自分自身に たてがみを撫でられるのは、なんだか変な感じだったが、エーファから鼻先を こちょこちょ くすぐられるのは、気持ちが良かった。
「よしよし、いい子ね」
言うエーファの表情が、サッ と曇った。何度か口を もごもご 動かして、決心した様に声を出した。
「ねえ、コリン」
「なに? 」
が、いざコリン青年と目が合うと、その決心は ふたたび揺らいでしまったようだ。
「いいえ、何でもないの……」
また、馬のコリンに目を戻して、「何でもない」と繰り返した。
コリン青年も何かを察したのだろう、暗い顔になって、「ついに、明日だね」と言った。
「おめでとう、エーファ」
口では祝っているのに、表情は どんより したままだ。
なにが、「おめでとう」なんだろう──ふたりの顔を交互に見比べて、コリンは考えた。なにが ふたりをこんな顔にさせるのだろう。
明日、何がある? エーファの誕生日は夏のはずだし、コリンの誕生日は まだ少し先だ。だから、結婚式も まだ先のはず……でも待てよ。
コリンは自分が言った言葉に気がついた。
コリン青年は、「おめでとうエーファ」と言った。おめでとうなのは、エーファだけなんだ!
気がついて、何か身内に冷たい予感が過った。
明日……明日……明日、なにかあるとすれば、そうだ、確か、ムルトさんの誕生日だ。
「みんなも祝ってる。ムルトさんは いい人だよ。ミスター・ボイルを除けば、彼以上に優秀な人はいないよ。結婚、おめでとう、エーファ」
コリン青年の核心的な言葉に、コリンは打ちのめされた。
まさか、まさか……だよね。
「そんな……」
と、言葉が
「ありがとう、コリン」
エーファが、力なく言った、その言葉は、決して「ありがとう」なんて言ってなかった。
ふたりは悲しい微笑みでコリンを見つめた。「いい子ね」「可愛いね」なんて交互に言いながら、静かにコリンを撫で続けた。
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