第15話『旅の入り口とドッペルゲンガー』

 パッ と見、外界と集落の境目は分かりづらい。地面は平地のまま続いているし、背の低い草が刈り取られている訳でも無い。だが、ほんの一歩足を踏み入れた瞬間、「あ、ここはもう外の世界ではないのだ」と分かる。

 コリンたちが集落の道に差し掛かってから、痛いくらい視線を感じた。外で農作業をしている人々のものはもちろん、家にこもっているであろう人間からの視線さえ鮮明に感じ取ることができた。

「やあ、こんにちは」

 と、後ろから声を掛けられた。

コリンの家の裏手に住むマーフィー夫婦だ。

「こ! むぐぐぐ」

 思わず言葉を発しそうになったコリンの口を、アントワーヌが咄嗟とっさつかんだ。「ひさしぶりに知り合いに会えたというのに、声も出せないだなんて! 」コリンはひづめを鳴らした。

「こんにちは」

 いままで後方を歩いていたゾーイが前に出て、あいさつを返した。

「“Helloこんにちは──”」

 ミスター・マーフィーは口の中で もごもご ゾーイの あいさつを繰り返すと、「はて」と首をひねった。

「あなた、やっぱり外国の方よ」

 旦那の背中に隠れるように立っていたミセス・マーフィーが、ひっそり言った。

「残念、私の英語、役に立たなかったね。どうしよう」

 ゾーイも一行を振り返って言う。

「困ったわ」

 ただ、この状況に困っているのは、マーフィーさんたちも同じらしい。眉を弧の字にして キョロキョロ コリンたちを見回していた。マーフィー夫妻を遠くから眺めている村人たちも、誰ひとり動こうとしない。

どうしようかと両者見つめ合っていた、その時だった。

「マーフィーさん! こんにちは! 」

 ひとりの青年が駆けてきた。

「どうしました? おや、お客さんだ」

 青年の姿を見て、コリンたち一行は はっと息を呑んだ。

 栗色の髪の毛、瞳。すこし日に焼けた、そばかすが広がる顔。ちいさな酒樽さかだるを抱えている この青年こそ、まさに、コリンだったのだ! 背丈は5.6フィートほどあるが、確かに、間違いなくコリン本人だった。

「ああ、コリン君か。こんにちは」

 ミスター・マーフィーはコリンに振り向く。

「どうやら、外国の方たちらしくてね。言葉が通じなくて困っているんだ」

 汽車の人間たちには翻訳機を通して何を言っているか分かるのだが、反応するのを グッ と堪える。どうやらコリンが生きた時代は、ずっと昔のアイルランドらしいのだ。英語さえ伝わってきていない人たちが、翻訳機なんて見たら仰天してしまう。下手をしたら、歴史を変えてしまう可能性だってあるからだ。

 彼らは なるべく キョトン とした表情を作って、マーフィー夫妻とコリン青年の会話を聞いていた。

「なるほど、知らない言語を しゃべるんですね」

説明を聞き終えたコリン青年は、すべて了解したというように夫妻に微笑むと、そのままの顔をコリンたち一行へ向けた。

「旅の、かたがた、ようこそ! 」

 コリン青年は できる限り ゆっくり、コリンたちに語りかけてきた。汽車の面々は(コリンを除けば)アイルランド語なんて さっぱりできないのに、ゆっくり しゃべれば通じると思っているらしい。

なんともコリンらしい。一行も、思わず顔がほころんだ。

「いまから、ここの、えらい人のところ、案内します。ついてきて」

 手招きして、歩き出す。

 汽車の一行も、できるだけ困った顔をして、わざとらしく顔を見合わせて、コリン青年の後に続いた。

「よろしく頼むよ! 」

 ミスター・マーフィーがコリン青年に手を振った。

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