第17話『野外宿舎とうれしい訪問』

 ドッ と破裂するような笑い声とともに、汽車ご一行が出てきた。

「ありがとうございました」

 ゾーイが玄関まで送りに来たボイル夫妻に挨拶してる横で、リクがコリンたちに向かって言った。

お待たせ! 行こうか」

 ふたたびアントワーヌが手綱を持つ。

「それじゃあ、頼んだよ」

 ミスター・ボイルから声を掛けられたコリン青年とエーファはうなずき、「こちらです」と一行の先頭に立って歩き出した。

 どこへ行くんだろう? コリンは従業員たちに キョロキョロ 視線を送ったが、誰も答えてくれなかった。一方で、コリン青年とエーファも、ひと言も発しないまま歩いてゆく。 

エーファの家からまっすぐに集落を出て、南下してゆく。背の低い草原の道を、まっすぐに、ぽつり ぽつり と点在する湖を右手にさらに進んでゆく。

「この道は──」コリンは はっとした。そう、コリン青年たちはコリンたちが元来た道、つまり、汽車へ向かう林道へ歩いていたのだ。

 「まさか、汽車へ向かう気なの⁉ 」コリンがアントワーヌを見上げた、ちょうど その時だった。

「あら」

 一行の目の前に、ひとりの少女が現れた。

「“キーラ”! 」

 先頭を歩くエーファが叫んだ。

「キーラちゃん? 」

 コリンの背後で、レアが、コリンにささやいた。コリンはうなずく。

 暗い茶色の髪に、つりあがった おおきな目。まさしく、彼女がキーラだ。

「エーファ」

 キーラはエーファとコリン青年を見比べると、驚いたような表情でつぶやいた。

「どうしてここに? 」

「私たちは、お客さんたちを送っているのよ」

 エーファが言う。

「キーラこそ、どうしてここに? 」

「私は、ちょっと、散歩に来ただけ」

「こんなところまで? 」

 コリン青年が尋ねる。と、キーラの目つきが、明らかに変わった。

 エーファを見ている時の親しみの表情から一転、きつく、不貞腐れたような顔になった。

「いいじゃない、別に」

 突き放すように言うと、「では、失礼します」と、一行に言って、そそくさと、集落の方へ去って行ってしまった。

 コリン青年とエーファは困った顔を見合わせると、また、黙って歩き出した。

 どうやら、コリン青年とキーラは、この世界でもうまくいっていないらしい。


 「ここです」

 しばらく歩き、林道に差し掛かろうとする手前で ふたりは一行を振り返った。

「何かあったら、私の家に お越しくだされば」

 エーファがゾーイに言い、「では」とコリン青年を連れて村へ引き返して行った。

「どうしてここに来たの? 」

 ふたりの姿が完全に消えたのを確認して、コリンは やっと口を聞いた。

 答えたのは、アントワーヌだった。

「ここで一泊する」

「え、どうして? 」

「食料を調達するのに、時間が欲しいって」

 と、ゾーイ。

「とっても優しい人たちでね。こんな辺鄙へんぴな場所へ芸人さんが来てくれて嬉しいって、お土産を たくさん用意するって言ってくれたんだよ」

「その代わり私たち、今晩 集落の人たちの前で芸を披露することになっちゃったわけだけれど」

 レアが付け足した。

「汽車に帰らないの? 」

「本来なら そうしたいところだが、汽車の存在を知られては困る」

 アントワーヌが言った。リクが隣で頷く。

「最初はエーファのお父さんたち、私たちに“泊っていって欲しい”って言ってくれたんだけど、コリンの変身も解けちゃうでしょ? だから断ったの」

「近くで野宿したいんだけどって言って、ここを案内して貰ったんだよ」

 ゾーイが締めくくった。

 たしかに ここなら木の陰で視線が遮られているし、変身が解けてしまっても大丈夫そうだ。が──

「野宿って、正気? この時期の夜って、もう、本当に寒いんだよ! 凍え死んじゃうよ! 」

「本当よ、正気とは思えない! 」

 と、頭上から聞き馴染みのある声が降ってきた。

「“リーレルたち”! 」

 見上げると そこには、針葉樹の葉のように長細くて ちいさなイキモノが5匹、体の10倍以上ある おおきな“荷物”を持って ゆらゆら 漂っていた。

 このイキモノは、ピクシーという妖精で、きのうの昼間、コリンの許嫁いいなずけエーファについて汽車中に噂を振りまいていた妖精のキョウダイたちだ。汽車に住み着く5匹のキョウダイは、それぞれリーレル、チェーリター、パヨーニル、オオッコー、トッテンビッターと名前はあるが、見た目は まったく同じで見分けがつかない。キョウダイの中で唯一、人間の言葉が喋れるのがリーレルで、カノジョがキョウダイの中でリーダー的存在なのは、一目瞭然いちもくりょうぜんだった。

「どうしてここに? 」

 リクがたずねると、ピクシーたちは唇を ぷるる と震わせた。

「“どうして”って、ドジねえ! あんたたちを心配してあげたんじゃない! 」

 ぶるるっ!

「そこの鈴になってる、だめだめ〈創作の精レプラホーン〉からSOSが来たのよ! 野宿することになったってね! だから色々 持って来てあげたっていうのに! 」

 リーレルは キンキン 言うと、うしろのキョウダイたちに合図を送った。キョウダイたちは抱えていた“荷物”を宙で広げた。それは おおきく綺麗な輪っかの描かれた、ポスター用紙だった。

すると不思議なことに、紙に描かれた輪っかの中が、白く輝きだした。と思えば、次の瞬間には真っ暗になり、渦巻き はじめた。

「ほら、アンタたち、仕事よ! タダで泊めてやってるんだから、すこしは役に立ちなさいよね! 」

 リーレルがに向かって声を掛けると、中からホブゴブリンや小鬼、リーレルたちと同じピクシーたち さまざまな妖精が続々出てきた。

 妖精たちが出現したこの輪は〈妖精の通り道トンネル〉と言われていて、いまのポスターの円のように、入り口になる円と出口になる円をトンネルのように繋げることによって、瞬間移動できるという、妖精たち特有の移動手段だ。

「まず、これが言われてた物」

 無垢な顔したホブゴブリンが、キョウダイの指示にしたがって、コリンたちの前に ちいさな荷物を置いた。《プーカの衣装箱》だ。

「これで変身が解けても安心ね」

 レアが言った。

「それから、寝袋」

 小鬼が それぞれの前に質素だが、あたたかそうな寝袋を置いた。

「それから、食べ物よ」

 ピクシーたちが大勢で協力しながら、エイサホイサ と ちいさな麻袋を持って来た。

「あんまり多すぎてもいけないって、アディが言ってたから、これだけだけど」

「ありがとう! 」

 リクが言うと、リーレルは羽根を ブンブン と鳴らした。

「まったく、どこにいても世話が焼けるんだから! 」

 糸のように細い細い腕を組んで つっけんどんに返事すると、「じゃ、アタシたちは帰るわ! 」と、〈妖精の通り道トンネル〉を通って さっさと帰ってしまった。

 リーレルたち妖精を飲み込んだ輪は、しまいにはポスター用紙さえも飲み込んでしまい、夢のように その場から消滅した。

「いつものことだけど、本当に、嵐のように来て嵐のように去って行くね」

 コリンは おおきな口を ぽかん と開けたまま言った。

「でも ありがたいね。寝袋に食料! マッチもある。これで火も起こせる」

 ゾーイが麻袋の中を探って、「よし」と腕をまくった。

「夜に備えて、空腹は満たしておかないとね! 」

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