第6話『千とヒトヨ』

 いまから語るのは、天から隕石が降ってくる、ずっと前の話じゃ。

 青き天体は今よりもずっとずっと豊かじゃった。嫉妬や憎しみなどない。みながみな、心から繋がっておった。ジンルイも、妖精も、妖怪も。みなが平等に生きていた。

 当時のジンルイは──そうじゃな、今のお主らと見た目こそ異なっておるが、生物的特徴から言えば、ほぼ同じじゃったな──ワタシらから見ても大変に、親切なイキモノじゃった。あやつらは自然と共に生き、朽ちていった。自然的であれど、それだけの技術を持っておったとも言える。それでいて、知能の高さをおごることもなかった。地球上にはジブンらよりも、もっと賢い者たちがおることを、ちゃんと知っておったからじゃ。


 ある日、ジンルイはワタシらの住処を おとずれた。

「こんにちは、ちいさき友人たち。きょうはアナタたちを“たのしいあそび”にご招待しようと思い来ました」

「“たのしいあそび”? 」

「そうです!」

 ジンルイは胸を張って言うと、「さあ、ついてきて! 」と広場に案内した。

 河原に面して置かれていたのは、巨大で真っ暗な汽車じゃった。

 コレは何じゃ、とワタシらは尋ねた。

「《世界異次元旅行》──世界各国、あらゆる時代を めぐる汽車です」

 ジンルイは語る。

 高次元素材で作られた汽車と線路。『過疎地点』のみを通過する汽車です。

 わたし共は、汽車を つくるため、妖精たちの素材を大量に欲しました。資材調達の手助けをしてくれたのは、〈炭鉱の守神ノッカー〉たちです。まじめなノッカーは、わたし共のために休むことなく働いてくれました。もちろん、わたし共も、休むことなく建設をつづけました。

 ですが、その大行動が、神様や大王たちの興味を引いてしまったのです。

 ある日、わたし共ジンルイの姿に化けた天使がやって来ました。閻魔えんまという名の天使で、最初にカレと出会った時、見た目が あんまりにも恐ろしかったため、わたし共が怖がってしまって。以降、閻魔は わたし共ジンルイに会う際には、親しみやすい見てくれと話し方をしてくれるようになりました。

 閻魔は わたし共の汽車を見ると こう言いました。

「なんだか物騒な もの つくってるんだってねえ」

「素敵な“あそびどうぐ”ですよ」

 わたし共は答えました。実際汽車は、夢のある、“たのしいもの”だったからです。でも閻魔の表情は曇ってゆくばかりでした。

「素敵な“あそびどうぐ”──ねえ」

 不満げに繰り返した閻魔は、わたし共の足元にある物を見て、「あ」と声を上げました。

「いいの持ってんじゃん。貸してよ」

 カレが指差したのは、資材を調合するために用いた天秤でした。

 天秤を受け取った閻魔は、周りに転がる石ころを いくつか拾って、重さが平等になるように皿の上へ乗せました。

「みんなにさ、知って置いて貰いたいことがあんの」

 閻魔は語る。

 みんなは知ってるだろうけど? オレってば、閻魔大王様と死神様の仕事のサポートしてんの。

大王様は魂の管理。

死神様は魂を刈る。

オレは おふたり方が きちんと正しく仕事してるか見張る。

天使なんてさ、弱い立場でも、中々に頑張って おふた方の仕事にツッコんだり、文句 言わせて もらったりしてるんだよね。でもね。オレが唯一、口を挟んじゃ いけない業務が あんの。

」──……

 みんなからしたらさ、そもそも特異点って何ぞやって感じだよね。


 天秤はキミたちが住んでいる世界、石はキミたち自身だ。

 この世界は、神様たちの適正な管理の おかげで、それぞれの方向から平等に重力が かかるように保たれている。星が まったくの円形をしているのは、そのためだ。

 しかしまれに、均衡が崩れる瞬間がある。


 「例えば大災害が起きたり、疫病えきびょう蔓延まんえんしたり、戦争が起きたり」


 キミたちの数が減少すればするほど、バランスを保てなくなる。


 「片方の皿から石を ひとつでも取り除けば、天秤は傾く」

 

 一方が軽く なると、もう一方が重くなるというのは必然。地球に置き換えて表現すれば、完全だった円形の一部だけが浮き上がったために、周囲がへこんでいる状態だ。


 「その いちばん凹んでいるところを、神様たちは《特異点》と呼ぶ」


 特異点、と ひと言に言っても、ふたつの種類がある。


 「『自然的特異点』と『人工的特異点』」


 さきほど述べた、大災害や流行り病、戦争などでキミたちの数が減ること。これが『自然的特異点』だ。信じられないだろうが、神様はキミたちの行動や自然を縛ったりしていない。キミたちが勝手に病に伏せようが、争いごとをして命を落とそうが、神様に とっては仕方がないことなのだ。そのために浮き上がったのなら、また周囲と平等な重さになるまで気長に待ってやることにしている。


 「だけど」と閻魔様は続けたという。「『人工的特異点』だけは、キミたちの神様でも無視できないんだ」

 ジンルイは、閻魔様から聞いた話しをワタシらに語って聞かせてくれた。

「キミたち ちいさな友人は すでに知ってると思いますが、この世界には、《並行世界》というものが存在するんだそうです。閻魔の言う『人工的特異点』とは、我々が存在しないはずの時空に故意に移動した結果、生じるものなんだそうです。

 『自然的特異点』と『人工的特異点』の見分け方は、前者は球体の一部分だけ軽くなるのに対して、後者は一部分だけが重くなる、というところ。

 『人工的特異点』が発生した場合、神様は どうすると思いますか? 」

 ジンルイはワタシらに質問を投げかけ、しかし、すぐに自ら答えを出した。

「死神様が、わたし共の魂を刈りに来るんです。目についた やつの魂を適当に狩って いくんです。閻魔の仲介なしにね」

 閻魔様は死を司る天使じゃ。本人はなどと言っておるが、死にゆく者の魂を清め、純粋な状態で輪廻の輪に戻れるようにしてくださっておるのじゃ。命に限りが ある者に誰よりも寄り添っておられる。

 そんな閻魔様の仲介なく刈り取られた魂が輪廻に戻るには、すくなくとも 300年はかかるじゃろう。

「でも、『人工的特異点』を避けられる方法があるんですよ」

 ジンルイは言う。

「『過疎地点』を通過すればいいんです」

 《特異点》が生じているのか、もし生じていたなら、自然的 人工的どちらが起きているのか。それは天使である閻魔様でさえ知り得ない、神のみぞ知る。

逆に、自然的であっても人工的であっても必ず生じるモノ。凹凸の最深部である『過密地点』と、頂上部である『過疎地点』。

「『自然的特異点』だったのにも関わらず、わたし共が移動することによって『人工的特異点』に変わってしまうことだってあるんです」


 「つまり」

メル⁼ファブリの説明を、 ぽかん と聞いていたリクが話し始めた。

「地球で いちばん軽い部分を辿りつづけるんなら、安心ってことなんだね。『自然的特異点』なら 周りの空間の方が重たい訳だし、『人工的特異点』なら、そもそも《特異点》に触れないから」

「そういうことじゃ」

 メル⁼ファブリが ずっしりうなずいた姿を見て、「ならさ」と口を開いたのは、若い炭鉱夫アダムだった。

「その、メルの言う、“ジンルイ”ってのが創ったってのが、この汽車ってことだよな? なら、どうしてコリンだけ故郷で降りちゃいけねえんだ? 『過疎地点』に停まんなら、別に降りたっていいはずだし、そもそもコリンが降りられねえんなら、俺たちだって降りられねえだろ」

 なんでコリンだけ特別なんだ? 問い掛けるアダムに、メル⁼ファブリはおだやかに目を細めて答えた。

「この汽車が、ワタシの言うジンルイが創った物じゃないからじゃよ」

「はあ? 」

 思わぬ回答に、アダムが目を見開いた。他の従業員も同じく、困惑の表情を浮かべている。

「ジンルイの創ったもんじゃねえって、どういうことだよ」

 つづけて尋ねるアダムに、ロバ頭の老妖精は、ゆっくり口を開けた。

「言葉通りの意味じゃよ。この汽車は、ジンルイの創造を うわべだけなぞったにすぎん、言うなれば、“できそこないの贋作がんさく”じゃ。できそこないには『過疎地点』だけに停車するなんて器用な真似はできん。できそこないにできるのは、《特異点》を待こと。そして落ちてゆくことのみじゃ。ずっとずっと落下してゆく。落ちて落ちて停車する。そこは──」

「『過密地点』だ──……」

 ぽつん とリクがつぶやいた言葉が、部屋中に響き渡った。

「え、ちょ、ちょっと待ってよ」

 つぎにしゃべり出したのは金髪のウェイトレスのレアだ。

「ということは、私たち、今まで知らなかっただけで、『人工的特異点』で停車していたかもしれないってこと? 」

「そういうことじゃな。実際、幾度となく『人工的特異点』と出くわした」

 従業員たちの ざわめきと反比例して、メル⁼ファブリは落ち着き払っていた。

「で、でも! 」

 気弱な料理長ソジュンが声を裏返しながら、会話に割り込んでくる。

「僕たち、みんなこうして無事ですよ! メルさんの お話ですと、『人工的特異点』では、死神が手当たり次第に命を刈ってゆくと言っていたじゃないですか。僕たちは、たまたま死神の目に留まらなかった、というだけなんでしょうか? 」

「お主らが無事なのは、当然のことじゃ」

 メル⁼ファブリは答えた。

「死神様が いらっしゃるのは、『人工的特異点』が発生してから、1週間経ってからなんじゃから」

「え、それなら」

 と、従業員たちは首を傾げた。

「汽車が1週間以上停車しなければ、どこへいても安全ってことだよね? 」

「そうじゃ」

 リクが言い、メル⁼ファブリは「賢いのう」とうなずいた。

「しかし、ここからが問題なんじゃよ」

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