第5話『暗い部屋とロバの案内人』
アントワーヌに導かれた場所は、1号車ロイヤルスイートルーム。指揮官の さらに上の位、汽車の
オーナーは“シンイチ”という名前の、目の細い黒髪の青年だ。人間嫌いで人見知りという元来の性格から、滅多に部屋から出てこない。そのせいで、青白い不健康な肌をしているし、運動もしないから、うなぎのように、ひょろりと細長い体型をしている。
シンイチの部屋は彼の人間性を そっくり そのまま投影しているように見えた。窓という窓を分厚いカーテンで ふさいでいるせいで、年中 薄暗い。シャワー室の換気を面倒くさがるから ジメジメ する。部屋の奥には本格的な暖炉が掘られているが、
しかし、立派な部屋だ。コリンたち従業員たちは、無意識に無遠慮に、部屋の
「わざわざ どうして従業員たちをここに集めるのかな」
部屋の一角、暖炉と窓の間の闇から、不機嫌な声が聞こえた。従業員たちが一堂に会する中、主であるシンイチは部屋の隅に追いやられてしまっていたのだ。
箱椅子のうえで ひざを抱えるシンイチの そばには、彼の世話係である老女、“チェンシー”の姿も見える。
「お前にも知っておいて もらいたい話があるんだそうだ」
アントワーヌが言う。
「“あるんだそうだ”って? 」
不思議な物言いに、首を
振り向いた そこには、頭の おおきな影があった。
「急に呼び出して悪かったのう」
影はそう言うと、すぐに扉を閉め、ノッシノッシ と重たい足音を立てながら、従業員たちの前に立つアントワーヌの側まで寄った。
暗がりにやっと
集まった従業員たちの中には、メル⁼ファブリと同様、妖精の従業員が もうひとりいた。コリンの すぐ右手に立つ、黄土色の髪で目を覆ってしまっている少年。コリンと同じ
「それにしても」
レアが口を開いた。
「メリーが自主的に動くなんて珍しいわね。いつもジブンの部屋に引きこもってばっかりなのに、どういう風の吹きまわしなのかしら? 」
「たしかに」
ふたりの言う とおり、メル⁼ファブリも、シンイチと同じく“ひきこもり体質”なのだ。
ロバ頭のカレは、他〈
レアから茶々を入れられたメル⁼ファブリは、従業員たちを見渡すと、「どうしても、お主らに話しておかねばならない用事が あったんじゃ」と目を細めた。
「重要な話なんだね」
ゾーイが問い、メル⁼ファブリは おおきくて重たい頭を上下に振った。
「重要な話じゃ。特に、コリンに とっては」
「ぼ、僕? 」
とつぜん話題の中心に押し出されたコリンは、びっくり仰天と、目を見開いた。
「単刀直入に言うが──」
黒目がちな目でコリンを しっかり捕らえて、メル⁼ファブリは話し始める。
「次の停車駅でコリン、お主は汽車を降りてはならん」
意外な言葉から はじまった話に、従業員たちは もちろんのこと、乗り気でなかったオーナーのシンイチまでもが、前のめりの姿勢になった。
「それは、いったい、どうしてだい? 」
意外にも、真っ先に質問を口にしたのはシンイチだった。
「そう言えば、シンイチには説明しておらんかったのう」
おおきな頭をよろめかせながら、ゆっくり部屋の隅へ振り向いて、メル⁼ファブリが言った。その言葉に噛みつくのも、シンイチだ。
「“には”? どういう意味だい? 」
「俺には説明してある、ということだ」
アントワーヌがシンイチに向いて返答した。
「なるほどね」
細目のオーナーは「納得」と
ようやく本題に はいれる、メル⁼ファブリとアントワーヌは ふたたび従業員たちへと視線を戻した。
「さきほど言った通り、これから話す事実は、みなが知っておく必要があるものじゃ。特に、コリンはな」
リク、アダム。
「何? 」
「ん? 」
指名された炭鉱夫たちは、同時に首を傾げてロバ頭を見た。
「汽車の次の停車地は、どこじゃったかのう」
質問に対し、アダムが「コリンの ふるさと、アイルランドだ」と答えた。
「ただし、汽車の位置、速度から割り出した
「いいや、正確じゃ。汽車はアイルランドに停まる」
付け加えたアダムの言葉を飲み込むように、メル⁼ファブリは力強く断言した。
「細かいことまで分かっておる。汽車はケリーにある湖の すぐ側に停まる。そして時代は、コリン、お主が生きた時代じゃ」
「えっ」
メル⁼ファブリの言葉は、隣りにいたアントワーヌでさえ、驚きを隠せない表情にさせた。従業員たちはお互いに顔を見合わせ、また、ロバ頭を見つめた。
「おいおいおい」
真っ先に口を開いたのは、アダムだった。
「どうして わかるんだ? メルも知っての通り、この汽車には、ハンドルってのも なければ、ブレーキってのも ねえんだぞ」
「ああ、よおく知っておる」
若い炭鉱夫の言葉に、メル⁼ファブリは ゆっくり頭を上下に振った。
「どうしてワタシが次の停車地を言い当てられるのか。それを説明するためには、《はるかむこうの ものがたり》を聞いて貰う必要がある」
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