第7話『並行世界とお客様』

 その時、「ちょっと、ちょっと待って! 」と叫んだのはコリンだった。

 聞いたことのない小難しい単語ばかりが飛び交う会話は、コリンには まるで ちんぷんかんぷんで、話の主役のはずなのに、ひとりずっと取り残されていたのだ。

「だから! 」

 アダムが半ば叫ぶ ように説明し始めた。

「俺たちの乗る この汽車は、本来なら停車しちゃいけねえ場所に停まっちまうんだよ。その場に1週間以上いたりしたなら、俺たちが死神って神に殺されちまうかも知れねえって」

「でもさ」

 とコリン。

「汽車が1週間 停車してなきゃいいって話でしょ? 」

「そうじゃな」

 ロバ頭のメル⁼ファブリがうなずいた。

「それに、肝心かんじんなとこが わかってないじゃないか! どうして僕が、汽車から降りちゃいけないの? 万が一、汽車が1週間以上 停まるんなら、みんなだって危ないじゃないの」

 ようやく理解できた、と、コリンが得意気に質問をする横でアダムが、「さっきから みんな それを聞いてんだろうが」と呆れて ぼやいた。

「で? どうしてコリンは降りちゃダメなの? 」

 リクがたずねた。

「それは簡単じゃよ。コリンが おるかも知れないからじゃ」

 メル⁼ファブリの回答に、コリンたちは目を丸くした。「僕がいる? 」「どういうこと? 」

 従業員たちが パラパラ と疑問をつぶやく中、はっきりした回答が、部屋の扉付近から聞こえてきた。

「それって、ドッペルゲンガーのこと──ですよね? 」

 声のしたほうを向くと、そこには、料理長のソジュンがいた。いつも人の半歩後ろを、おどおど しながら ついてくる彼が、キリっと確信を持った目で、メル⁼ファブリを見据みすえていた。

 ロバ頭の老妖精は、ソジュンの言葉に「ほう」と感心の息をらし、「その通りじゃ」と重たい頭を上下させた。

「ドッペルゲンガー? 」

 コリンが鸚鵡返おうむがえしに尋ねた。

「かんたんに説明すると、まったく同じ人間が ふたり以上いる、という状態のことです」

 ソジュンが答えると、リクも、「それ知ってる! 」と声を張り上げた。

「有名な都市伝説なんだよ。もう ひとりの自分を見ちゃうと、一週間以内に死んじゃうってやつ! 」

 オカルト好きのリクは目を キラキラ させて説明したが、一方のコリンは「えっ⁉ 」と顔を青白くさせた。

「そ、それって──」

「つぎに止まるせかいにコリンがいたなら、ドッペルゲンガーが完成するってことだよね」

 コリンの言葉を引き継いで、シンイチが言った。

「で、でも、一週間以内に汽車が出発しちゃえばいいんだよね? 」

 そうだ、と思いついてコリンは言ったが、すぐ横から茶々が入った。

、一週間以内に出発しちまえばいいだろうな」

 アダムだ。若い炭鉱夫は、あわれみとも軽蔑けいべつとも慈悲じひとも取れる、不思議な感情を持った瞳をコリンに落としていた。

「問題は、コリン自身なんじゃねえのか? 今までの傾向を見るに、汽車は一週間以内に出発する可能性が高い。けどよ、故郷を見ちまって、また、汽車コレに戻るなんてできんのかよ」

「それは──」

 アダムの問いに、コリンはうつむいてしまった。

「コリン……」

 誰かが同情するみたいにつぶやき、誰もが押し黙ってしまった。と、いままで じっと黙って立っていたアントワーヌが言葉を発した。

「ドッペルゲンガーは、最も死神の目につくと いわれる人間だ」

 言って、赤髪の指揮官は、従業員ひとりひとりの顔を確認する。

「さきほどメルからもあったが、《人工的特異点》が発生して一週間経つと、死神が意識を刈りに来る。世界のバランスを整えるための調整だ。刈る対象も無作為。しかし、ドッペルゲンガーだけは違う。見つけ次第、優先的に刈る」なぜ、という目をしているな「理由は わかりきっているじゃないか」

「なるほど」

 部屋の暗がりでシンイチが呟くように言った。

「『人工的特異点』の発生条件は、本来いない時空に故意に人が移動すること。一方でドッペルゲンガーの発生条件も、本来いない時空に移動すること──つまり、ドッペルゲンガー自体が、『人工的特異点』そのものだということなのか。だから死神はドッペルゲンガーを見つけにくる。手っ取り早く原因を潰してしまえばいいからだ……」

 話し終えたシンイチの、きつく つりあがった両の目がコリンを射抜いた。

「まずいことになったねえ」

 汽車のオーナーは言いながら、しかし どこか、楽しんでいるようだった。口の角に笑みが浮かんでいる。

「『人工的特異点』の観念でドッペルゲンガーが消されるのだとしたなら、コリン君、君は汽車を降りるべきではないよ。一週間以内に出発できればいいという問題ではないんだ。君はね、を知られてはいけないんだよ」

どうして、とコリンが問いたそうにしている表情を、シンイチは しっかり見ていた。

「どうしてか。それは、同じ時空に同じ人間が同時に存在している、そのこと自体が、並行世界の証明になってしまうからだよ。世の中、どこまでも ずる賢い人間がいるんだ。並行世界が存在し、自由に行き来することができると知れてしまったら、世界中が特異点だらけになる。その場合、いちばん最初に刈られるのは、原因を作ってしまった君ということになる、わかるかな? 」

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