第28話『見える彼女と見えない家族』

 「あれ、妖精の家──」

 ミハイルが指をさす。

「ありがとう。あれ? 」

 振り向くと、もうそこにミハイルはいなかった。

「汽車に戻ったんだろう」

 アントワーヌが言う。

 森の深く。木々のすこし開けたところ。枯れ葉がう地面に ぽっかりと、〈創作の精レプラホーン〉の家だったものはあった。一見すると、見逃してしまいそうな、地上に空いた ちいさな穴。天井の すこし歪んだ穴の前に、ロス夫妻はいた。

「ロスさん」

 ゾーイが呼ぶと、ふたりは振り返った。

「キーラは、いませんでした」

 ロス氏は、力無く答えた。

「どうして、こちらに? 」

 ゾーイの問いが分かったのだろう。ロス氏は夫人と目配せしうなずき合うと、「すこし、長い話になるのですが──」と、話し始めた。


 「私の祖母であり、娘の曾祖母そうそぼでもある、“ウール・ロス”は、いわゆる、“見える人”でした。ピクシーにドワーフ、ホブゴブリンにエルフたち──森や家妖精たちすべてが彼女を受け入れ、彼女と共存してきました。

“見える”彼女は集落の間でも、称えられ、慎重に扱われていたのだそうです。

 ところが、そんなある日。ウールが15歳の誕生日を迎えた日のこと。彼女の身に、変化が訪れました──ニオイが、しなくなった、そうです。

 祖母の話曰く、妖精はドワーフやゴブリンというように、種族が分かれていて、見た目も異なるそうなんです。ですが、各種族それぞれは、まったく同じ見た目をしていて、見た目では、個体の見分けは不可能なんだそうです。その代わり、各個体、強烈きょうれつなニオイを放っていて、それで、個体を見分けるんだと言っていました。

 妖精は、自然と暮らす人間の すぐ隣りで生きているんだそうです。

 森にはピクシーやエルフやパックが。家にはホブゴブリンやゴブリンが。どこへ行っても、妖精のニオイで満たされていたんだそうです。それが、15歳の誕生日を境に、パタリ と消えた。つまり、妖精が見えなくなったんです。

 見えなくなった彼女に、誰もが失望したと言いました。集落の人間や、彼女の両親でさえ、口には出しませんでしたが、残念がっていたといいます。

 けれど、失望をしたのは、人間だけじゃありませんでした。

 彼女と日々遊んでいた妖精たちでさえ、彼女を見捨て始めたのです。

 家妖精は、彼女の用意したミルクやビスケットを食べなくなり、森の妖精たちは、もう彼女に綺麗な花をんでくれなくなりました。

 まつられ、丁重に扱われ、何よりも大切にされてきた祖母には、友達がいませんでした。みんなから見捨てられ、腫れ物に触るように扱われ、孤独を深めていったそうです。

 そんな中で、1匹だけ。彼女を見捨てなかった妖精がいたのです!

 それが──」

 ロス氏は言い、妖精の家を見下ろした。

「それが、この、〈創作の精レプラホーン〉だったのです。

 カレだけは、見えなくなった祖母に ずっと寄り添ってくれました。祖母が亡くなるまで、祖母の枕元に毎日、着るものを届けてくれたのです。

 私たち家族は──残念ながら、私も妻も、キーラも、見えない人間なのですが──感謝の気持ちを込めて、この、カレの家に、毎朝毎晩、パンを持って来ているんです。しかし、もう居ないのでしょうね、パンはちっとも減らないんです──いや、減らなかったんです。昨晩までは」

「と、言うと? 」

 ゾーイが尋ねた。ロス氏は質問が分かったのだろう、ゾーイに頷いて答えた。

「ここにおいてあるはずのパンが、無くなっているんです!

 他の動物か妖精が食べたのでは? と思うでしょう。違うんです。

 祖母曰く、妖精たちは自らの巣を守るのは そうですが、他人の巣にも、絶対に入らないんだそうです。だから、パンを食べたのは、絶対にカレ、“メル”なんですよ! 」

「メル⁉ 」

 聞き覚えのある名前に、従業員たちは顔を見合わせた。

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