第39話『丘の上と夜の会合』

 お月様の光に黄色く照らされた丘の上で、コリンはかがんでいた。見つめる先は、丘の下の我が家だ。コリンの家は、まさに、集落の敷地の縁に沿って建っている。

「やっぱり出てこないよねえ」

 つぶやく。

 こっちの自分に話してくるよ! と張り切って出てきたはいいが、どうやって会って、どうやって話をするのか、まったくのノープランで来てしまったのだ。

「やっぱり僕って間抜けだ」

 はあ、と自分の計画性のなさに飽きれていると、ひとつの人影が、集落の入り口から、コリンの家へと向かって行った。暗い茶色い髪、おおきな包みを持った──

「キーラ⁉ どうして」

 おおきな包みを持った、しかし しっかりとした歩行のキーラは、まっすぐコリンの家に近付いてゆく。家の前に着くと、扉を3回ノックした。

「なんの用だろう? 」

 すぐにコリン青年が出てきた。外に連れ出し、なにやら話をしている。

 ふたりとも、こちらを ちらちら 見ているのは、気のせいだろうか……

 しばらくして、キーラが去って行った。取り残されたコリン青年は、キーラの背中を見送ると、家への入り方を忘れてしまったかのように、扉の前を右往左往した。5回目。扉を通り過ぎると、決心したように両肩を振り下ろした。と、なんと、こちらに向かって真っすぐ歩いてくるではないか!

「え、どうして⁉ 」

 コリンは半ば、パニックになってしまった。

 そう。メル⁼ファブリは、コリンが丘の上で困り果てていることを森の妖精たちから聞き、キーラに、コリン青年に向かわせるように、おつかいを頼んだのだ。そんな事情など露知らずのコリンは、あわあわ と慌てふためき、しかし、ぐっ と勇気を振り絞って、立ち上がった。

 しばらくもしないうち、丘をのぼってきたコリン青年と対面する。同じシャツを着、同じズボンを履いている。

「あの──」

 コリン青年が口を開く。

「キーラって、僕の幼馴染に言われてきたんだ。僕を待ってる人がいるって。君は? 」

「コリンだよ」

 コリンは答えた。

「僕も、コリンっていうんだ。偶然だね」

「偶然じゃないよ。だって、僕と君は同じ人間なんだからね」

「まさか! 」

こどもの冗談だ、とでも言うような笑みで、コリン青年が言った。しかし、コリンは笑い返さない。

「信じなくても構わない」

 コリンは言う。

「ただ、僕は、僕自身に、伝えたいことがあって来たんだ」

「伝えたいこと? 」

 真剣な表情のコリンからなにかを感じ取ったのか。コリン青年の顔からも、笑みが消えた。

「そうだよ」

 うなずいて、空を見上げる。

 半分に欠けた月が、黒い中に ぷっくり 浮いている。

「キーラのことについて、話したいんだ」

「キーラを知ってるの? でも、そうか、キーラから言われて来たんだから──」

 信じられない、というふうに、コリン青年は首を振る。その様子に、コリンは思わず吹き出してしまう。

 コリンだって、“無番汽車”なんて、摩訶不思議な汽車に出会っていなかったなら、目の前のコリン青年みたいな反応をしていたに違いない。

「当たり前だよ」

 笑いながら、コリンは言う。

「君の婚約者でしょ? 」

「その通り! 」

 コリン青年は困惑したままで、でも、出会いたての時よりは、話を聞いてくれそうな態度を向けてくれた。

 ひとしきり笑って、コリンも、また真剣な顔に戻る。

「僕として、僕に、伝えたいことがあるんだ。聞いてくれる? 」

「にわかには信じられないけど、うん、わかったよ」

 コリン青年は、頷くと、コリンに視線を合わせるように その場に しゃがんだ。

「キーラのことについてなんだけど。キーラのこと、どう思ってる? 」

「キーラかい? 」

 コリン青年は、一瞬 視線を迷わせ、「僕の友達であり、奥さんになる人だよ」と答えた。

「ちがくて」

 ちいさなコリンは首を ぶんぶん 振って、問い直す。

「関係性じゃないよ! どう思ってるかって聞いてるの」

「ああ……そうだね」

 コリン青年は、今度は長らく視線を迷わせ、答えた。

「しっかりしてて、いい子だよ」

「それだけ? 」

「それだけって? 」

 コリンの問いに、鸚鵡返おうむがえしにされる。

 もどかしさを覚えながら、コリンは質問の仕方を考える。僕と話すって、大変なんだな、心の中で溜息を吐いた。

「気難しい子だなとか、思ったことない? 」

「うーん」

 そう、とは答えなかったが、コリン青年の表情は肯定を見せていた。

「僕より ずっと しっかりしてる子だから、読めないことがよくあるよ」

「そうだよね」

 コリンが頷いた。頷いて、うつむいた。

「僕も ずっと、そう思ってたんだ。キーラは しっかりしてて、ちょっと気難しくて、大人な子だって。でもね、そう見えるのは、見えたのは、キーラが ずっと、自分の弱い部分を隠してくれてたからなんだ。僕たちに心配かけないように、僕と──君とエーファのために」

「僕とエーファのため? 」

「うん」

 コリンは、自分と目を合わせる。なんだか、不思議な気分だ。

「小さい頃からキーラは、同い年なのに僕たちの お守り役だったでしょ? もともと しっかりしてたからだとは思うけど、キーラは、僕たちみたいに子供でいられなかったんだ。僕や、エーファのために、みんなの前では大人を演じ続けてきたんだと思う」

 でもね、中身は、僕たちと同じだったんだよ。

「きょう、キーラがいなくなったでしょ? 」

 聞くと、コリン青年は「え」と目をまるくした。

「知ってるんだ」

 その言葉に、そりゃ立ち会ったからね、というのを必死に止めて、頷くだけにした。

「キーラがどうしていなくなったか、聞いた? 」

「うーん、まあ」

 と、コリン青年は はっきりしない顔で頷いた。

「森で迷子になったって」

「本当だと思う? 」

 聞くと、コリン青年は「うーん」と言って、腕を組んだ。

「言われてみれば、変だなって思ったよ。だってキーラは、旅芸人の人たちを引き連れて森から出てきたんだからね。迷ってたんなら、案内なんて無理だ」

 なら、どうして、そんな嘘をついたんだ? 

 コリン青年の思考が、コリンの話に追いついた。

「僕とキーラの結婚に、関係があるの? 」

 はっ とした顔で、コリン青年が聞く。

「僕と、キーラと、エーファ。3人の結婚に関係があるんだよ」

 コリンが答える。

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