未来への想像
「魔王様! よくぞ無事お帰りになられました! トーレンはどうなりました?」
答えづらいことを平気で聞いてきたルブル。眉がへたりと下がってしまったレペテラ君に代わって答える。
「殺したわ」
「なんと!? まぁ、あ奴はゴレアスにもまして頑固でしたからな。魔王様、お気を落とさずに。きっともう数年もすれば気持ちも新たに、また新しい守護者が生まれましょう」
「生まれる……?」
「ええ、我々守護者は前任者が命を落とすと、数年後に新しく生まれるようになっておりますからな」
胸に手を当てて背筋を伸ばしたルブルが誇らしげに言う。そうなのか、守護者は数年後に生まれ変わる。つまり、言うことを聞かない守護者を全員殺してしまえば、数年後には生まれたての状態から調教した守護者を配下にすることができるということになる。
これは良い情報を得たかもしれない。
問題はそれまで魔族の領域を維持できるかどうかだ。トーレンが抜けた分は、私がある程度カバーすればいいと思っていたが、あまりほいほい殺しすぎてしまうと、各国に土地を切り取り放題されてしまう。
ばれないように立ちまわれれば、あるいはそれに気づかれる前に交渉ができれば、何とかなるかもしれない。
しかしこれは最後の手段としよう。わざわざレペテラ君の知っている相手を殺して、嫌な思いをさせたくはない。素直に傘下に入ってくれるのが理想だろう。
「魔王……、その少年が魔王!?」
「可愛らしい魔王様ですね。お話も出来そうですし、魔族の方とは案外わかり合えるかもしれませんよ」
「……ならばその話は我が国が主導したいものだが」
勝手なことを言っているのが聞こえてくるが、恐らく王国も他の国もそう軽々には魔族とわかり合うことはできない。
庶民は薪、商人は宝石、貴族は妖精を愛玩用として飼い、夏には冷風、冬には温風を求める。守護者は人を攻撃するし、魔族を狩ることで生計を立てるものもいる。長い年月かけて互いが敵対し合うような基盤が出来上がっている。
もしわかり合うことがあるとするのならば、譲歩するのは人間側になる。
それは魔族を認め快を捨てるということだ。
便利さを知らなければ、あるいは仲の良い隣人として手を取り合って過ごせたかもしれないが、その段階はもう過ぎてしまった。
今の状態から人間にそれを受け入れさせるとするのならば、やはり必要なのは危機感だろう。武力を背景とした交渉だろう。
恨みを買うかもしれないけれど、その状態を長く維持することができれば、世界は魔族を便利使いしない状態が通常になる。その世界になってから生まれた子供たちは、それが当たり前として育ち、やがて代替わりしていくごとに、魔族と人が隣人として普通に暮らせる日が来る。
あくまで理想だけれど。
でもレペテラ君が語る場所にたどり着くには、その理想を目指す必要がある。そこに、魔族側の譲歩があってはいけない。よって、アルク王子はここに居ても交渉の役には立たない。人質になってくれるというのなら話は別だが、まだ一戦やらかす準備が整っていない状態でそんなことになっても迷惑なだけだ。
王子を捜索する部隊が来るより前に帰っていただくのが、やっぱり一番いいのだけれど。
「ところで魔王様、そちらに新しい人間の女と男がいますが、あれは?」
「うん、フィオラお姉さんの友達。メセラさんっていう聖女様だよ」
その瞬間レペテラ君を抱き寄せたルブルは、そのまま空に飛びあがる。
「コッコッコッ、そ、そんな、ま、魔王様はやらせん、やらせんぞ!!」
「ルブル、大丈夫、大丈夫だから」
「いーえ大丈夫じゃありません。あの小娘に友人なんかいるわけがない。きっと聖女とやらが何かしらの魔法を使って、あの小娘を騙したに違いありません! ゴレアス、撤退だ。屋敷を放棄し、新たな拠点を作るぞ!!」
無礼なことをいくつか重ねたルブルは、偉そうに指示を出したが、ゴレアスは上空のルブルを眺めてため息をついただけで動こうとしない。
今回のことで感心するべき点があるとすればそれは、レペテラ君の危険を感じで真っ先に連れて逃げたこと。それから、私がレペテラ君を裏切るわけがないから、洗脳されていると判断したことだ。
ルブルの癖によくわかっている。私はレペテラ君を裏切ったりはしない。
責める点も、まぁある。
早とちり、レペテラ君の話を聞かない、聖女様の悪口を言う。
合算するとややマイナス評価だ。ちなみに私に友人がいないという点についてはマイナス評価していない。それは事実なので仕方がない。客観的に見て、私のことを友人としたいような人間は多分壊れている。
「ルブル」
「なんだ小娘! ついてくるなら洗脳を解いてからにしろ!!」
「私が誰かに洗脳されると思ってるの?」
「それは…………。ん、んんん? 魔王様、奴らは一体?」
「だから、フィオラお姉さんの友人と……、あと、なんかフィオラお姉さんの元許嫁?」
ルブルの顔がゆがみ、笑いをこらえるような変な表情になった。
「小娘、振られたのだな。まぁ、なんだ。そういうこともある。もっとメスとしての魅力をだな、ぶほっ」
「殺すわ。早くレペテラ君を地面に下ろしなさい。殺すから」
声を震わせているルブルを殺すことに決めたのだけれど、レペテラ君と一緒にいると巻き込まれてしまう可能性がある。綺麗にルブルだけを仕留める自信はあるが、万が一レペテラ君のお肌に火傷痕でもできたら大変だ。
さっさと降りてこい、丸焼きにしてやるから。
「ルブル!」
「コケッ!?」
「降りて」
レペテラ君が出会ってから初めて鋭い声を発した。
ルブルがゆっくりと高度を下げると、途中でレペテラ君が腕を押しのけ地面に着地する。そうして振り返り、ルブルが地面に降りるのを待った。
レペテラ君とルブルが向き合う。
酷い身長差だというのに、気圧されているのはルブルの方だった。
「何でそんなことを言って仲間を笑えるの」
「あ、いや、その」
「ごめんなさい、フィオラお姉さん。ルブルは人との付き合いがないから、そういうのわからないんです」
どうしたらいいだろう。
まずレペテラ君が私のために怒ってくれたので、マイナスが吹き飛んだ。よくやったルブル、たまには役に立つのね。今回のことは不問にします。
「別に、私が男性からモテないのは事実よ。でも、その鳥に馬鹿にされたのが気に食わなかっただけ。レペテラ君が怒ってくれたから、今回はもういいわ」
「そんな……。フィオラお姉さんは優しくてとても綺麗です。僕だってたくさんの人と会ったことがあるわけじゃないけど、今まで出会った人の中で一番美人です」
私は無言でレペテラ君を手招きする。駆け足で寄ってきたレペテラ君を私は、無言で何度も何度も撫でた。何かを言うと言葉がを止めることができなくなりそうだったので、せめて嬉しい気持ちだけでも伝えておきたかった。
「確かにフィオラさんって美人です。私はじめて会った時、お人形さんかと思ったもの。アルク様もそう思ったでしょう?」
「……否定はしない」
レペテラ君は良い子。やっぱりこの子に世界征服をさせて、私はその妻に収まろう。そうしよう、それがいい。
「小娘よ、その、今回は私がわる」
「許すわ、黙ってて」
即座にルブルの発言を制して、私はレペテラ君を撫でる作業に戻る。
許してやるから邪魔をしないで欲しい。
それから私は、聖女様に「彼、困ってますよ?」と言われ我に返るまで、延々とレペテラ君のことを撫で続けた。
抱き寄せてにおいを嗅ぎまくらなかっただけ、私の理性を褒めてあげたい。
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