大事なのは相手が嫌がっているかどうかだから
あの日からゴレアスは屋敷に滞在するようになった。とは言っても、基本的に屋敷の中には入ってこない。雨でぬれても日に当たり続けても、体調が悪くなるということがないらしく、外で巡回をしている。非常に体重が重いため、中に入ると床がいたむという理由もあるらしい。
下僕となったと思うと、野ざらしにしておくのは良くない。私の配下になった時全員がこの扱いをされると勘違いされては困る。そのうち屋根付きの小屋でも用意してやろう。というか、自分で作らせよう。
サイズは現れたときよりも数度やや小さいが、概ね元通りになった。屋敷の警備員としては十分だ。
あとは鳥を始末できればすべてが順調なのだが、どこに行っても誰かの目があるせいで実行に移せない。妖精に懐かれたのが失敗だったかもしれない。
ベッドに横たわったレペテラ君は、やや呼吸荒く胸を上下させた。整った顔を観察しているが、少し苦しそうに歪む。苦しむ顔なんか見たくないという思いと、私だけがこの表情を独占しているという興奮が、私の中で矛盾を生み出していた。
手をそっと伸ばし、頬を撫でようとする。しかしそれは、信頼をしてくれているレペテラ君に対してあまりに失礼だと思い直した。
洞窟の中は少し冷えるくらいだというのに、額に浮かんできている汗をハンカチで拭う。これくらいの接触は許されるはずだ。私欲のためではなく、レペテラ君の不快感を下げるためにやっていることなのだから。
そして私は、それを大切にポケットにしまった。
これはレペテラ君が魔力を鍛えたいと言うので、私から提案したことだ。魔力を自分の意志で枯渇させるのには、非常に強い意思が必要になってくる。息をずっと止めているような苦しさを伴うし、割れるような頭痛にも襲われる。
それならば、週に一度魔物を生み出してしまう時に鍛えればいい。
魔物が生まれる原因についても調査できるし、魔力量の強化も図れる。その上意識を失ったレペテラ君を、私が心行くまで愛でられる。
冗談はさておき、生まれた魔物は私が瞬時に屠ればいいだけの話だ。誰も傷つかない、メリットしかない方法だ。
レペテラ君は万が一私が魔物に負けたときのことを考えて反対してくれていたが、ゴレアスに説得されてこの提案を受け入れた。この魔族、本当に便利である。てっきり脳みそまで筋肉で出来ているタイプの戦士かと思っていたが、ちゃんと主の意に沿ったこともできるらしい。
評価をまた少し上乗せする。
そんな尽力もあってここまでたどり着くことができたわけだ。
魔物は魔力溜まりから自然発生するというのが定説だったが、その事実を確認することすらできるかもしれない。
レペテラ君を凝視していると、ジワリとその角が青白く光りはじめる。どこからともなく魔力がレペテラ君の角に集まっているようだった。少しずつ光量を増し、やがて目を細めなければ見ていられないほどになった時、角の先にある空間がぐにゃりと歪んだ。
現れたそれは、既存の動物のようで、そうではないもの。
まず嘴が見えた。それから目が一つ。ひたりと洞窟を踏んだ足が二本、四本、合計六本。尻尾についたもう一つの目玉が絶え間なくぎょろぎょろと動き、開かれた嘴から鋭い牙が覗き、よだれが垂れた。
生理的な嫌悪感を抱かせる姿をしているそれは、眠っているレペテラ君を無視して私にとびかかってくる。
私はその軌道にただ剣を差しだした。剣の先がのどに飲み込まれるのを確認して剣に火を纏わせれば、あっという間に魔物の串焼きが出来上がる。
不思議なことに魔物は、絶命するとただの魔力になって消えてしまう。残ったのはほんの少しの焦げ臭いにおいだけだ。
歪んだ空間から、次々と同じ形をした魔物が現れ、そして私に燃やされて消えていく。死ぬために生まれていると思えば儚いものだ。
死ぬために生まれる。生まれては死ぬ。それなら私と大して変わらない。
センチメンタルな感情はすぐに投げ捨てて、数十体の魔物を屠ると、空間のゆがみがゆっくりと元に戻る。それに連動するように、レペテラ君の角も光を失っていく。
おそらく今日はこれで終わりだ。もうこれ以上魔物が生み出されることはない。
しかし一つわかったことがある。今回生まれた魔物は、私がレペテラ君に出会うまでに屠ったどの魔物よりも強そうだった。
ここにいたるまでに倒した魔物は、今までの人生で出会ったものと比べると、随分見劣りすると思っていたのだ。きっとレペテラ君が呼び出す魔物は、回を追うごとに凶悪になっていく。次に呼び出された魔物がより凶悪なものであれば、この仮説は確定事項として考えていいだろう。
今回の試みは実に有益だった。
私はそっとレペテラ君をベッドから抱き上げる。
このタッチはセーフ。
このタッチはここに来る前からレペテラ君と約束していたからセーフなのだ。本人の意思にそぐわないことをしていなければ全部セーフ。
変な笑い声が口から漏れだしたけれど、ここには私とレペテラ君しかいないからそれも問題ない。
私は心行くまでへらへらと笑ってから、きりりと表情を引き締め、屋敷に向かってゆっくりと歩き出した。
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