姫と下僕

 一撃をいなしては数度突き、その身体に穴をあける。穴が幾つか繋がれば、岩の一部はごろりと転げ落ちる。

 最初のうちは「そのようなちんけな攻撃じゃ儂は倒せぬ」といきり立っていたゴレアスだったが、対面積が徐々に小さくなっていくにつれて、声を発することが無くなってきていた。

 ゴレアスのコアの位置は移動する。相手の攻撃を見ながら狙っていない場所に向けて任意に移動できる。だから、本来コアを破壊するためには素早いフェイントが必要になるわけだ。


 だが、あえてしない。

 恐怖を覚えさせるには、屈服させるには、圧倒的な実力の差を思い知らせる必要がある。頭が吹き飛べば新しい目と口ができる。腕が、足が吹き飛べばすぐに新しい手足が生まれる。然しその都度段々とその身体は小さくなっていく。

 私はおおよそのコアの位置に、常に視線を向けながら体表だけを削っていく。奴の大きさが、私の半分くらいになった頃、攻撃をいなす必要がなくなった。

 真正面から迎え撃つ。もはや力負けもしない。

 穿つ、穿つ、穿つ。

 戦いの趨勢は決まった。いつ降参してもおかしくないのに、いたぶられているだけであることが分かり切っているのに、ゴレアスは負けを認めず、ひたすらに拳を振るってきた。

 やがて拳一つと変わらないくらいの大きさになったゴレアスは、笛の音のような高い声で叫んで大の字に寝転がった。


「人間め! 忌々しいがお前の勝ちだ。名を聞かせろ!」


 私は眉を上げて、それを見守る。思っていたのとは違う展開だ。ここまで削り切ってやれば、流石に命乞いをするか逃げ出すかすると思っていたのに。

 自分がまけるとつよほども思っていない相手が絶望のままに膝をつくのは面白いが、覚悟を決めた相手に認められるとやりづらい。


「フィオラ=ノヴァよ」

「強き人間フィオラよ、負けを認める。お前が弱い魔族たちに対して慈悲を与えてくれることだけを期待しよう」


 目と思われる空洞を閉じて、ゴレアスがそれきり黙り込んだ。私は少しだけ考えて、剣を構える。


「あ、あの! フィオラお姉さん!」

「ま、魔王様! 興奮した化け物が何をしてくるかわかりませんぞ!」

「ルブル、離して! フィオラお姉さんは話せばわかってくれるよ!」


 レペテラ君の言うことを聞こえないふりをするのは、とても忍耐のいることだったけれど、私は唇を噛んで堪える。あ、血が出てきた。


「私は、慈悲をかけないわ。レペテラ君以外は皆殺しにする」

「なっ、く! なんと冷酷な……。では、最後まで足掻くしかないではないか!!」


 立ち上がって飛び上がったゴレアスの拳を、体を両手で受け止める。手のひらに鋭い痛みが走ったが、驚いたゴレアスはそこで動きを止めた。私は腕を伸ばして、ゴレアスと目を合わせる。


「ただし、私はあなたのことが気に入ったわ、ゴレアス。私の下僕になるのなら、弱い魔族については見逃してあげる。多少の融通も利かせてあげるわ」


 私の意図を理解できないのか、ゴレアスは視線を彷徨わせ考える。

 「まさか」「いや……」と小さな声で呟いているので、さらに追い打ちをかける。


「嫌なら結構。今すぐあなたを粉々にして、今から全ての魔族を殺して回るわ」

「……なんという脅し文句。しかし、強き戦士に命を惜しまれることが、これ程心地よいと思わなんだ。……儂は、ゴレアスはこれよりフィオラ姫の軍門に下る。何なりと申しつけられよ」


 理解できたらしい。

 あの鳥よりも、随分と知性が高い。


「いくつか補足があるわ」


 私はそっとゴレアスを地面に下ろし、それを見下ろして続ける。


「第一。私はレペテラ君を守る。二度と彼に反抗しないで」

「承知した」

「第二。勝手に人間を攻撃しないで。同じように、攻撃されたくない魔族がいれば先に言っておきなさい。その代わり説得できないのであれば、あなたと同じように扱うわ」

「むろん承知」

「第三。あの阿呆鳥はそのうち殺すわ」

「儂も気に食わんので大いに結構」

「第四。さっさと鉱物を摂って元の大きさに戻りなさい。戦士としてのあなたの実力に期待するわ」

「…………承った」


 深く深く頷いたゴレアスに、私は裏切りの心配はないと確信する。思わぬところで便利な駒を手に入れてしまった。私はこのゴレアスを相手するのが初めてではなかったから、対策も出来ていたし、余裕をもって相手することもできたが、普通はそうでない。

 この質量とこの膂力で正面から突っ込んできたゴレアスに勝てるものは、ほとんど存在しないと言っても過言ではないのだから。


 剣をしまう。ゴレアスはあちこちに転がった鉱石を拾い口に放り込み始めたが、もはや見ている必要はなかった。ここから裏切る可能性もなくはないので、念のため警戒はしているが、ほぼ考える必要はないだろう。

 真正面から負けた相手に逆らうタイプではない。何度か心を折った騎士団長に近い性格をしているような気がする。


「フィオラお姉さん!」


 鳥の弱くなった拘束を振り切って、レペテラ君が走ってくる。そのまま抱き着いてきたので、私はそのハグをただ受け入れた。

 触られるのはあり、触るのはNGだ。レペテラ君がまだ私のものになっていない以上、今はまだ冷静な私でいなければならない。鼻から流れる愛情を布切れでぬぐい取る。


「大丈夫だったでしょう?」

「はい! ありがとうございます」

「どういたしまして」


 ええ、その笑顔とお礼だけで、めんどくさい手順を踏んだ甲斐はありましたとも。お陰で新しい下僕も手に入って、首尾は上々だ。

 少し離れた場所で呆然とする鳥の顔が大変愉快だった。

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