命の輝き

 ゴレアスという魔族の特徴を聞いて、その姿を思い出す。これまでのいくつかのループで戦ったことのある相手のようだった。

 岩のような体、ではなく、鉱石でできた体の魔族だ。多少傷をつけても、核を壊さない限り食べた鉱物によって体が修復する。仕留めそこなって何度も相手をしたので、記憶によく残っていた。

 ただ、それは一度目の話だ。

 コアの場所が分かってしまえば、鉱石を貫くだけの攻撃力があれば、恐れるような相手ではない。豪快といえば聞こえはいいが、ゴレアスの戦い方は力任せの雑な戦い方だ。空に飛んでいる分、あの鳥の方が厄介な部類になる。


 鳥が私を連れて行かぬよう、レペテラ君に何度も進言していたが、私はそれを無視してレペテラ君の後を黙ってついて行く。


「大丈夫、ゴレアスさんだって、話くらいは聞いてくれるはず。いざとなったら僕が守ればいいんだから」

「どうでしょう、あれは馬鹿ですからな。それに魔王様にもしものことがあっては困るのです。いざとなればそんな小娘見捨てると約束してください」

「それはできないよ」

「小娘! 魔王様の優しさに甘えるんじゃない! さっさと屋敷の中に引っ込め!」


 私は一度鳥に目をやって、そのまま返事をせずにレペテラ君に視線を戻す。主の名を覚えないような輩とは語る言葉も持ち合わせていない。そう、私は怒ったりしていない。あきれ果てただけなのだから。

 レペテラ君に対する忠誠心があればこそ、まだ生かしておこうと思っていたし、最低限のコミュニケーションをとる気は、一応、しぶしぶ、仕方なくあった。だがそうでないのなら、もはや奴に生きている価値はない。

 いつ殺して埋めるかを、今は本気で考え始めていた。

 そのためにはもう少しだけレペテラ君を私に依存させ、多少の杜撰な部分があっても、私が殺したと疑いが来ないようにしておく必要がある。鳥が死んだ分の悲しみは私が埋めてあげればいい。

 やつは土に埋まり、私はレペテラ君の心の隙間を埋める。ハッピーエンドだ。

 主への最後のご奉公を頑張ってもらいたい。


 あとはタイミングを見計らうばかりなのだが、奴は割とレペテラ君の周りに居ることが多い。衝動的にではなく、計画的にやるべきだ。我慢。


「な、なんだその、無機質な目は。魔王様、見てください! あれこそがこの小娘の本質。絶対に騙されておりますぞ!」


 振り替えるレペテラ君に私は微笑を返し答える。


「レペテラ君に甘えて迷惑をかけているかもしれないわね。いざとなったら私のことは守らなくていいから」

「僕はその、頼りないし強くないですが、その、ギリギリまで頑張ります!」

「そうね。怪我をしそうになったらちゃんと避けてね?」

「うー……。ルブル、フィオラお姉さんは強いんだよね? いざとなったらゴレアスさんに勝てる?」

「…………いっそ負けてくれたらと思います」

「そんなに?」


 頷いて顔をそらした鳥。流石に手も足も出ずに負けたことで、実力の差は理解しているようだ。それでいてよくはむかってくる。鳥頭だから、てっきり負けたことすら忘れているのかと思っていた。


 私の武器は長く細い剣だ。太古の昔に生きていたとされる熔岩龍の牙から削り出され整えられた私専用の装備。幼子の時に騎士団長に勝利した私が望み、作らせた。

 国宝と言われる熔岩龍の牙を剣にすると言われた王は慌てふためき血色を失ったが、約束は約束だ。約束を守らないのであれば、今すぐ他の国に仕官するとと言うと、今度は顔を真っ赤にしていた。

 この剣は炎の魔法と相性がいい。

 魔法で熱した剣先は、触れた相手を燃え上がらせる。そしてそれを極めれば、焼き貫く。鉱物で硬いなどと言うのは、私にとって何らアドバンテージになりえなかった。魔法を発動する媒体としても非常に優れており、私は重宝している。


 この剣はほんの少し意匠は違えど、既に四度目の相棒となっている。つまり前々前世からのお付き合いという訳だ。そこらの人間なんかよりよっぽど信頼がおける。


 私たちが屋敷から出ると、少し離れたところにある森から鳥が次々と飛び立つ。地面が揺れる、ような音がした。それだけで徐々にゴレアスが近づいてきているのが分かる。

 視線を感じてそちらを見やると、ルブルが「動揺すらしないのか」と呟いた。

 するわけがない。

 最初に出会った頃は多少驚いたものだったが、今更だ。数度命を奪ったことのある相手に対しての怯えも恐れもあるはずがない。


 巨大の岩の塊が、周囲の木を押しやりながらゆっくりと姿を現す。鳥よりもさらに二回りは大きいその姿は、まさに人間に恐れられる魔族の化身のようだ。くぐもった風が漏れるような声が頭と思われる部分の穴から漏れだす。


「レペテラ様よ、わざわざ出迎えか。それは結構なことだが、その後ろにいる者、人間ではないのか? 魔族を守るための魔王と聞いて最低限敬ってきたが、よもや敵側に回ったか」

「顔を見せてそうそうなんたる無礼! 魔王様に対する口の利き方ではなかろう!」

「やかましいぞ羽箒が。空の彼方へ殴り飛ばされたいか」


 喋る間もずんずんと距離を詰めてくるゴレアスは、すぐ近くまで来ると躊躇うことなくその太く長い腕を振り上げる。


「馬鹿な!」

「ならば魔王になど用はない」


 ルブルが叫び、レペテラ君を抱き上げ振り下ろされる腕から逃れる。

 私も剣を抜き、腕を弓のように引き絞る。


「死ね、人間」


 細い剣の先が、岩の拳すれすれを削りその軌道をわずかに逸らす。私の肩をかすった拳はそのまま地面をえぐった。一方で私の剣の先は、この岩のデカブツの口の中から、人間であれば脳髄である部分を刺し貫く。


「死ぬのはあなたよ。無機物に命があればの話だけれど」

「甘いな人間」

「何がかしら?」

「儂はそんな攻撃じゃ死なぬ」

「そう。じゃあ、死ぬまで削ってあげるわ」


 じろりと目と思われる部分の光が、私を睨んだ。驚きなどない。ここを刺しても死なないことなど私はとうに知っている。

 私が剣を引いた瞬間、激しい第二ラウンドが始まった。



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