主従会議
あるよく晴れた日。
またもレペテラ君と鳥が食料の補充に出かけた隙を窺って、私はゴレアスと向き合っていた。私がこの屋敷に来てから、すでに四度魔物を屠っている。つまり一月以上がすでに経過したという訳だ。
「さてゴレアス。聞きたいことがいくつかあるわ」
「何なりと、姫よ」
「姫じゃないわ」
「仕える主なのだからそう呼ぶ。嫌ならば王と呼ぶが、それではレペテラ様と王が二人になってしまうので不都合があろう」
「案外理屈っぽいわね、あなた」
「頭が固いと言われる」
その石頭を手で撫でているので、きっと冗談を言っているつもりなのだろう。私は肩を竦めてその話題を切り上げた。
「ま、いいわ。そんなことより本題よ。魔族は今どんな勢力図になっているの」
「多くの者は魔王誕生の報せを聞き、一度ははせ参じた。しかしレペテラ様の曖昧な姿勢に落胆し、元々持っていた自分たちの縄張りに戻ったものが多い。レペテラ様が相応の働きを見せればまた従う者もおろう」
「例えば……、魔物を量産したり、その質を上げたり、とかかしら?」
「うむ。口で何と言おうと、態度で示していれば従うものも増えるだろう」
今までの人生では、レペテラ君が魔物を生み出し続けるという結果を見て、ある程度の魔族が、私たちの前に立ちはだかっていたという訳か。今世では早くここにたどり着いて正解だったと言えるだろう。
「あなたは、そんなレペテラ君の元にいったい何をしに来ていたの?」
「嘆願に。魔族と言っても強さは様々だ。土くれの精は数こそ多いが、人間の敵ではない。倒せば良質な粘土となるせいで狩られ続けている。宝石や貴金属の精霊だってそうだ。倒せば見たことのないような大粒の宝石が手に入る」
確かに、人間たちの間では、その小さな魔族たちを狩る仕事が存在する。ゴレアスが説明した他にも、風の妖精を捕まえることができれば、夏でも涼しい風を吹かせられるし、炎の精霊を閉じ込めれば冬でも薪が要らない。
森を切り拓くには邪魔をする木の精霊を伐採するし、洪水を起こしたとして、民を慰撫するために水の妖精を切り捨てることもある。それらがすべて個として存在しているのではなく、統括している魔族に伝わっているのだとすれば、人間に対して敵意を持つのは当然のこととも言えるだろう。
納得しつつ、今まで知る機会のなかったことを、私はまたゴレアスに尋ねる。これはチャンスなのだ。もし今回上手くいかなくても、この知識は次回以降に必ず活かすことができる。
「その強さの違いって何かしら」
「例えば儂は、大地と鉱石の王だ。生まれながらに力を持ち、自分に属する精霊たちを守る義務がある。その辺に生まれる妖精や精霊は、狩られなかった時間の分だけ少しずつ賢くなり、少しずつ強くなる。百年単位で生きても、精々この屋敷に住む風の妖精程度にしかならんが」
「ああ、あの子たち、風の妖精なのね。それで、守るって言うのは誰に与えられた義務なの」
「生まれし時より心に宿る義務だ。精霊が消えると自然と頭に報せが入る。理不尽に我々を狩り続けるのは大抵人間ばかりだ。だからレペテラ様には我ら魔族をすべる王として、儂らを守っていただくようお願いしたかった」
曖昧な返答だ。生まれた時より、というのがよくわからない。
「誰かに指示されて守っているってこと?」
「そうだ。我らはそれを神の意思と呼ぶ。信じぬ者もいれば、盲目的に信じる者もいる」
「あなたは?」
「姫に負けるまでは、どちらかと言えば信じる者だった。だからこそ、レペテラ様に助けを求めた。神の声がレペテラ様の、魔王様の誕生を告げてきたからな」
神の声。私がこれだけ生まれ直しても一度も聞いたことのない声。聖女様だけにいつも届く神託。レペテラ君と争わせようとする意思。
多分この神は、私の敵だ。
「レペテラ君が魔王になった時、神は何と言ったの」
「魔族を救う王が生まれる。王はやがてその身を犠牲にして、多くの魔族を救うことになる。志あるものは集い、守れ、と」
「随分、おしゃべりな神もいたものね。ありがたいったらないわ」
私は外に置いた椅子の背もたれに身体を預けてため息をついた。
「それで、何であなた達はレペテラ君を守らなかったのよ。周りに居るのはあの鳥だけよ」
「最初は集った。しかしレペテラ様は、人を殺したくないと言う。なれば自ら動いて精霊たちを守らねばなるまい。然しそれでは手が回らず、こうして先日援けを求め嘆願に参った次第だ。せめて魔物をもっと生み出しては貰えぬか、と。王なれば、それが役割ではないのかと」
ゴレアスの言葉に次第にイライラが募ってきて、私は指先で椅子のひじ置きを叩く。役割というだけで、あのか弱く幼いレペテラ君に、戦え、そして犠牲になれと強いているわけだ。面白くない。
「では、勝手に王にされたレペテラ君は、それに応えねばならないと? 突然魔族の未来を預けられ、育てられた場所から隔離され、訳の分からない力におびえ、やりたくもないことをさせられる。……そして失望される。傍らに残ったのは、自分のことを役職でしか呼ばない鳥頭。週に一度は意識がなくなるまで苦しみ、そして目が覚めれば魔物を放ってしまったことに苦しむ」
ひじ掛けを握ってゴレアスを睨みつける。別にこれはゴレアスだけが悪いわけでないのは分かっている。それでも可愛いレペテラ君のことを考えると、腹が立って仕方がなかった。
立ち上がって、膝をついていてもなお私よりも背の高いゴレアスを見上げる。
「ふざけるのも大概にしなさい。狩られるのがいやなら狩られないよう強くなればいいでしょう。あなた達は人に勝つよう努力をしたのかしら? 力を結集した? 個人の技能を磨いた? あなたならもっと身体を硬くする方法があったでしょう。素早く動かす訓練も、より巧みに戦う工夫もできたのでは? それを怠って、なぜレペテラ君にばかり負担をかけるのかしら?」
「仰る通りだ。姫に負けて気がついた。柔かき弱き人に儂が負けることなど絶対にあり得ぬと思っていた。しかしあった。それは姫がきっと、儂を倒すための努力をしたからだ。儂が生まれた頃から、もっと下って数百年前、人が戦いを激化させた頃からでも、今の状態を予期して鍛えていればこんなことにはならなかったはずだ。何も言えぬ、ただ我が身の愚かさを恥じるばかりだ」
反論されないとこれ以上言い募る気になれない。私は息を吐いて、椅子に腰を下ろした。
これは過去の私に対しての怒りでもあるのを分かっていたからだ。
魅力が足りない私のせいで、アルク王子が聖女様に浮気をしたというのに、私はそれを全て聖女様のせいにして何度もひどい目に遭わせた。聖女様にしてみればただただ理不尽だったはずだ。
「……少し取り乱したわ。八つ当たりよ、悪かったわね」
「いや、姫の言う通りだった」
「何でも肯定しないで頂戴」
「何でもはしない。そう思ったことだけにしている」
「ああ、そう……。あなたみたいなお付きが昔からいたら、私ももっと違う人生を歩んでいたかもしれないわね。尤ももそうだとしたら、あなたと今ここで出会うことはなかったでしょうけど」
「では居なくて良かったと思うことにしよう。ところで、体を丈夫にして素早く動き、巧みに戦うための指南をしていただきたいのだが……、いかがだろうか」
「構わないわ。レペテラ君が帰ってくるまで付き合ってあげる。でも自分でも考えなさいよ」
「うむ、承知。ただどうも儂は頭が固いもので」
話はじめと同じように自分の頭をゴリゴリと撫でるゴレアス。
気が抜けた私はふっと息を漏らして笑った。
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