私の名は
「ルブル、協力してくれる?」
食事の席で、鳥のことを上目遣いで見つめながら、レペテラ君が尋ねる。鳥はもったいぶったように腕を組んで、うーんと首を傾げた。何が気に食わないというのか。もったいぶってレペテラ君の可愛いお願い姿を見たいだけというのなら、まぁ、わからないでもないけれど。
「……魔王様が統治する、大いに結構ですが、それに小娘の力を借りるのですか? 確かに強い、化け物じみている。それでもこの小娘は、魔族ではないのですぞ」
「それは……、お姉さんには申し訳ないと思っているけれど……」
「違うのです! いつ裏切るかわかったものじゃないと言っているんです! こやつが私に対していつも殺気を振りまいてるのをご存知ないのですか!?」
「でも、何もしてないよ?」
「でも何もしてないよですぞ!?」
「え?」
鳥と私がほぼ同時に声を発した。
ちゃんと鳥暗殺計画の話をするときは声を潜めていたし、レペテラ君の前では猫をかぶっていたつもりだったのに。
「うん。お姉さんがルブルのことを、石ころとか食材を見るような目で見てるのは知ってるよ。でもルブルだっていつもお姉さんのこと睨んでる。喧嘩を仕掛けるのはいつもルブルだよね?」
「コココココケ!?」
「ルブルよりお姉さんの方が強いんだよね? でもまだルブルは殺されていないよ? お姉さんが悪い人だったら、僕らはもう死んでいるんじゃないかな。だって、僕たち全員より、お姉さんの方が強いんだから。だから……、お姉さんに頼ってばかりなのが辛いだけで、それ以外の心配はしていないよ」
ここまで信頼して背中を預けてくれたのは、これまでの人生では聖女様だけだった。レペテラ君と聖女様。神託によればきっと対になる存在で、その在り方は真逆であるはずだ。
それなのにそのどちらもが、こんなにまっすぐで、こんなにも私に優しい。
私は良くない人間だ。すぐに人に嫉妬するし、すぐに人を見下す。自分の思い通りにならないと気に食わないし、欲しいと思ったものが手に入らないと腹が立つ。
それでも、ただ真っすぐな好意を裏切ることだけはしたくない。
より高い地位を求めて、アルク王子と婚約させた父母。二人は私を政治の道具としか思っておらず、厳しい教育を施した。相応しくなりなさい、必ず選ばれなさい。アルク王子こそ、あなたの理想の相手であり、私こそがアルク王子の理想の相手であるように、立ちはだかるものは全て蹴落とすようにと呪いを施した。
学園の仲間達は、許嫁である私を蹴落とすためにばれないような嫌がらせや、巧妙な罪の押し付けを繰り返した。私に近づいてきた子たちでさえ、本当は敵対勢力からのネズミだったり、ただ私が国母となったときにそばに居たかっただけの子たちだ。
私は数度の人生で、それを残らず確認した。小さなころから私が両親に呪いをかけられたのと同様に、彼女たちは小さなころから私に媚びるように教育されてきたのだ。仕方がない。
アルク王子は、私のことを気持ちの悪い女だと思っている。国の運営上仕方なく相手をしてくれていただけで、真実好きな女性ができたらあっさりと捨てられた。きっと、私以外の誰が許嫁だったとしても、それは同じだったはずだ。他人に与えられたものでは満足できない。それが彼の本質だ。
レペテラ君は違う。
何度も自分の死を求め、何度も私に立ち去って良いと選択肢を提示し、努力し、より良い結果を求めた。状況が分かっているのであれば、私の力を利用することだってもっと早くに考え付いていたはずだ。しかし提案しなかった。
それをただ子供だからと考えることもできるが、きっとそうではない。そうではないと思いたいだけ、なのかもしれないけれど。
少なくとも、私はレペテラ君が私を信頼し、共に歩もうとしてくれていることが嬉しくて、鳥暗殺計画が駄々洩れだったことがどうでもよくなる位には感動していた。
「それで、お姉さんにも一つだけお願いがあって……」
「………………あ、うん、なにかしら」
感動している途中にレペテラ君の声が耳に染み渡って、反応が遅れてしまった。危ない危ない。
「ルブルと仲良くして、とまではいわないんだけど、争わないで欲しくて。ルブルは皆が去っていく中、たった一人屋敷に残って僕のことを支えてくれた。それに……えっと……」
レペテラ君が席を立って、私に近寄り、耳にその唇を寄せる。そしてその小さな澄んだ声が私の耳朶をくすぐった。
「あのね、ルブルって人の名前覚えられないんだ。だから、僕の名前ちゃんと覚えてるだけでもすごいんだよ。何回呼んでも忘れちゃうんだって。いちいち言い淀むのが失礼だからって、僕のことは魔王様って呼ぶんだ」
私が何に怒っていたかもお見通しだったらしい。思い出してみればあの鳥が他人の名前をすんなり呼んだのを見たことがなかった。ゴレアスが来たと報告したときも、片手にこっそりメモのようなものを隠し持っていた気がする。
「それは、ええっと……。あれが鳥の魔族、だから?」
「……ええっと、うん、そうかも」
私は思わず吹き出して笑う。そうか、あれは人の名前も覚えないような失礼な従者ではなく、習性として覚えることができなかったのか。今思えば、私だって鳥から名を呼ばれたことがない気がする。
「……ルブル、あなた私の名を言えるかしら?」
「何を突然、待て、待てよ……、ふぉ……、む、んん。これは違う、そうだ、小娘、お前の名はフィナだ! どうだ、あっておろう」
「フィオラよ、二度と間違えないで。メモしておきなさい」
「メモならもうしてるわ!!」
「岩の魔族の名は?」
「えー…………、ヌメロゴン? だったか?」
なるほど、これが演技でないとすれば、レペテラ君の名前を尋ねたときにちゃんと正解を言い当てたのは、素晴らしい成果だったのかもしれない。
「もういいわ、ルブル。レペテラ君に免じて、あなたを殺すのは少し待ってあげる」
「こここ、こけ!? 魔王様、ほら、本性出しましたぞ! この小娘、絶対裏切ります!」
「裏切らないわ。その代わり私の名前も覚えなさい。そうね、ま、そのうちでいいわ。レペテラ君、これでいいかしら」
「はい! ありがとうございます」
「魔王様、騙されております、騙されておりますぞ!」
騒がしく鳴き声を上げるルブルを無視して、私は微笑むレペテラ君の頭を優しく撫でた。
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