仲間
庭でお茶とお菓子をいただいていると、少し冷たい風が吹いて、腕をこする。ふと山の景色に目を向けてみると、木々の葉の色が様々な暖色に変化しているのが見えた。
正面に座っているレペテラ君も、私と同じく山の彩りに気づき、ティーカップを持ったまま感嘆の息を吐いた。
テーブルセットのすぐ横にはゴレアスが控えているが、彼の空洞の瞳がどこに向けられているか、何を考えているかはわかりにくい。ただ目の向いている方向が一緒なので、同じようなことを考えているかもしれない。
あるいは、三月ほど前に殺してしまったトーレンのことでも思い出しているのか。
「冬になるとこうして外でお茶をするのも苦労するわね。ゴレアス、あなたも交えて話をするために、簡単な屋根と風よけ、それに外用の暖炉を作りたいわね」
「儂は結果だけ知らせてくれれば構わぬ。姫が決めたことを儂の意志とする」
「それでもいいけれど、私があなたの意見を聞きたいのよ」
「そうですね、つくりましょうか。……といっても僕はあまり力がないのでお役に立てないかもしれませんが」
「応援してくれるだけでやる気が出るからいいのよ」
「で、できることはやります」
「暖炉にイツァムを住まわせておけば、薪も必要なかろうな」
本当に見ていてくれるだけでいいのに。そうしたらルブルを馬車馬のごとく働かせて完成させるのに。
イツァムというのは一月ほど前、山の火口で捕まえたトカゲ……、火の守護者のことだ。孤独を好み偏屈だと聞いていたのだけれど、私が火の魔法を使ったとたん、ころりと態度を変えて着いてくるようになった。
ゴレアスにあわせてか、私のことを姫と呼び、どこにでもついてくる。そう、本当にどこにでも。かなり鬱陶しいので今は東の森の警備をさせているが、命令をしたら喜んですっとんでいったので、本人も嫌がってはいないはずだ。
聖女様がいなくなってから数日後の朝、レペテラ君の背は元の大きさまで縮んでいた。かなり落ち込んで肩を落としていたが、それも可愛くてつい撫でまわしてしまった。
また大きくなっている間、魔物を抑え込める期間が少し長くなっていたように思う。体の成長に合わせて、魔力の総量も増えたと考えるのが普通だろう。
その代わりに生まれてきた魔族は今までのものより少し強くなっていた。誤差の範疇ではあったけれど。
色っぽいレペテラ君も素敵だったけれど、今の可愛らしいレペテラ君もとてもいい。今の愁いをおびた横顔は、宮廷絵師に描かせて一生保存しておきたい。一人攫ってこようかしら。
大きな羽音がして、南の森からルブルが飛んで戻ってくる。葉を散らしながら着地し、余裕のある足取りで私たちの方へ歩いてきて、ハットを取ってレペテラ君へ頭を下げた。
「魔王様の側近ルブル=アルグ=ホーミン=スッタットヘ」
「報告」
「……口上の邪魔をするな小娘」
「早く報告なさい、ルブル。あなたの名前はもう覚えたわ。あなたは私の名前を覚えていないようだけれど」
ちくりと刺してやると、ルブルは悔しそうな顔をした後に報告に移る。
「旗が立っておりました。色は赤、遠方より兵が集まっているのが見えましたな。失敗して待ち構えられている、あるいはあの男が裏切ったと考えるべきですな。多少骨のありそうな奴だと思っておりましたが、所詮は人間」
「……裏切っていたら、赤を掲げるかしら」
「……そうですね、順調だと報せておいた方が警戒もしませんし」
アルク王子は確かに抜けた部分があるのだけれど馬鹿ではない。それに聖女様を裏切るような真似をしたことはない。
もし裏切って聖女様に危害を加えるようなことがあれば、私が王国のすべてを焼き尽くすこともおぼろげながら理解しているはずだ。……逆に言うと、聖女様を人質に取られると私が動きづらいこともわかっているのだけれど。
「どちらにしても、一度見に行ったほうがよさそうね。今日の夜はレペテラ君の日ね。魔物を始末して明朝には出立するわ」
「姫一人で?」
「そうね。あなたがいたら悪目立ちするもの」
「森の際までは送っていこう」
「私一人で行くわ」
「……大丈夫ですか? 罠かもしれませんよ?」
「罠なんだとしたら、ちゃんと首謀者を仕留めないと。早めに潰せることに感謝するべきね」
心配そうな視線を向けられていることは分かっていたが、レペテラ君を連れていくのは危ない。人間側にも闇に紛れるのが得意なものはいる。自分だけならともかく、同行者までをも絶対に不意打ちから守れるとは言えない。
「ルブル、一つだけ頼むわ」
「なんだ小娘」
「私を森の端まで連れて行って頂戴。次のレペテラ君の日までには、ここに戻ってきたいの」
「……そういうことなら仕方がない」
ルブルの承諾を得て、少し冷めたお茶を一口。数日の間レペテラ君から離れることになる。その姿を少しでもこの目に焼き付けておきたい。
ちょっと困った顔のレペテラ君可愛い。
明朝、私を俵の様に持ったルブルが空に舞い上がる。こんな扱いをされる日が来るとは思わなかった。非常に不愉快だけれど、抱き上げられるのもそれはそれで不快なので諦めよう。
「レペテラ君、ゴレアス、行ってくるわ」
「フィオラお姉さん……、気を付けて」
「姫、ご武運を」
「大丈夫よ。私一人でも王国民を皆殺しにできる自信があるわ」
「物騒なことを言うな小娘、では行くぞ」
地面が離れていき、顔を風が撫でる。懐に懐炉を入れているので寒くはないけれど、風の当たる素肌の部分はやはり冷える。
「……ルブル、私は寝不足だからつくまで寝るわ」
「この状況で寝るだと!? 落ちたらどうする!!」
「落とさないで。信用してるわ」
目を閉じて王国のことを思い出しながら作戦を練る。結局臨機応変に動くしかないのだが、あらゆるパターンを想定しておくことは、判断の速さにつながるから無駄ではない。
しばらくすると段々と頭にもやがかかってきて、思考がぼやけてくる。
「小娘、本当に寝おったな。……信用、信用か」
ルブルが何かを呟く声がぼんやりと耳に入ってきたけれど、きっと目が覚めた時の私は覚えていないことだろう。
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