合法?
翌朝目が覚めて、朝一番に顔を洗うレペテラ君を確認しに来て私は首を傾げた。
確かに銀の髪とあの細い腰はレペテラ君なのだけれど、昨日より明らかに背が高い。一晩で十センチも身長が伸びることなんてあり得るのだろうか。
顔を拭いて振り返るレペテラ君は、やっぱりちょっと成長していて、可愛いというより、中性的な艶やかさみたいなものを手に入れていた。
「あ、おはようございます。あ、わ、血が」
さっと寄ってきたレペテラ君が、顔を拭いていた布で私の鼻の辺りを押さえる。
「すみません、顔を拭いたのしかなくて。今新しいのを……」
「大丈夫よ」
むしろこれがいい。出血量は最初より増え、とめどなく情熱が溢れてきているけれど、それはもう仕方のないことだ。水に濡れた髪が朝日に反射してキラキラ輝き、白く長い指が僅かに私の血で汚れている。
汚してしまった。真っ白なキャンパスに、一滴の絵の具を落としたような。やってはいけない背徳感を覚え、背中にぞくぞくとした何かが走る。
しっかりと出血が止まるまで上を向き、黙って不思議な歓びに浸る。
反省。でも不可抗力だったから。
鼻に布を押し当てたままレペテラ君の方を向いて尋ねる。
「背が伸びたように見えるわね。私とそう変わらないわ」
「はい、なぜかそうみたいで……。角が生えてから姿が変わらなくなっていたので、もう背は伸びないと思っていたんですが……。へへ、視線が合って嬉しいです」
布を当てたままにしておいてよかった。破壊力がありすぎる。昨日一昨日真面目に過ごしていたご褒美なのかもしれない。
「そういえば、レペテラ君って幾つなのかしら?」
「はい、十五くらいになるはずです。お姉さんは?」
確かに今の姿なら辛うじてそれくらいには見えるかもしれない。ということは、タッチしても許されるのでは? 私は確かに約二百歳だけれど、肉体年齢的には十七歳だ。二歳差は許容範囲なのでは?
「二歳年上ね」
「同じくらいなんですね、嬉しいです……あっ」
レペテラ君が何かに気がつき声を上げる。振り返ると聖女様が建物の隅からこちらをのぞいていた。目元を手で隠しているのに、指に隙間が空いていて、完全にこちらを目視できるようになっている。
「……メセラ、何をしているの」
「……私、何も見てないです。そのままいい雰囲気でお話を続けてください」
「できるわけないでしょう」
私は手を洗って布を軽くすすぎ、絞る。
「もうすぐ出発するんだから、こんなところでのんびりしていないで早く準備をしないと」
「あ、準備は終わったんです。そろそろ出るので、声をかけに」
「……そう」
私は聖女様に歩み寄って頬に軽く手のひらで触れる。王国では私が手を少し上げるだけでみんなが怖がって体を強張らせる。聖女様だけが私の動きを笑顔のまま、何の疑いもせずに受け入れてくれる。
「どうしたんです?」
「アルク王子は、あなたのことが好きだから、あまり気を抜きすぎてはだめよ。それと、私がいないとわかったら、もしかしたらあなたに牙を剝くような輩もいるかもしれないわ。身の危険を感じたらすぐに逃げてきて。あなたが森に入ったらできるだけ早くわかるように、ルブルに頼んでおくわ」
私はルブルの情報を集める能力を認めている。聖女様のためだったら、気に食わないけれど多少頭を下げてもいい。
「何かあれば逃げるけど、多分大丈夫ですよ。それにアルク様は私のこと好きじゃないと思うんです。小さなころから知ってるから、気にしてくれてるだけですよ」
何度か嫉妬で殺されている身としては強く否定したいところだけれど、今は何の証拠もない。聖女様がそういうのならばと、それ以上の追及は避けた。
外まで見送りに出ると、ゴレアスとアルク王子が並んで立っていた。無口で威圧感のあるゴレアスに対して、アルク王子はややびくついているようで面白い。突然手を上げて叫んだりして、驚かしてはくれないだろうか。
そんな妄想をしている間に、準備を終えた聖女様がその二人に並んだ。
「しばらくしたら、魔族の住む森から最も近い村に旗を立てる。順調なら青、相談したいことがあれば黄色、緊急事態なら赤だ。立てておけば、情報を得ることはできるだろう?」
「構わないわ」
「フィオラ嬢に関しては、魔物が増えてきたので森の中でそれを倒していることにする」
「行方不明でいいですけれど」
「世界でも有数の戦力が突然行方不明になったら、不要なトラブルが色々と起きるんだ。理由をつけておいた方が角が立たない」
「……なら仕方ないですわね」
言われればわかる理由でもある。私もさる日には国母となるために政治について学んだことがあったのだ。ほとんどそんなこと忘れてしまったけれど。
きりっとした表情で会話をしていたアルク王子だったが、突然小さな声になり、こそりと私に相談する。
「あの、このゴレアスさんはなんで私の隣にいるんだい?」
「メセラの護衛ですわ。森の途中までですが」
「フィオラ嬢の目の届かないところに行って、攻撃してきたりしないかい?」
「本気でそう思っているのならば、今すぐメセラをここにおいて国へお帰り下さい。私も戦争の準備をいたしますので。慈悲としてあなたが森から出るまでは待ってあげますわ」
「嘘嘘冗談、護衛ありがとう!」
「面白くない冗談ですわね。それにあなたのための護衛じゃありません」
「……はい。それじゃあ、そろそろ出発しようかな。フィオラ嬢も、もし国に帰りたくなったらいつでも戻ってくるといい」
「…………」
私はそれには返事をせずに、徐々に離れていく背中を黙って見送る。アルク王子は変わっている。これだけ冷たくあしらわれ、ひどい目にあわされて、聖女様という恋の相手がいるというのに、なぜ私のことを気づかったりするのだろう。
今回彼に対していつもと違うことをした記憶はないのだけれど、前までよりも幾分か好意的であるように思えた。
「そういえば……。レペテラ君、今日は魔物の日ね」
「はい、そのはず、なんですけど……。魔力に余裕があってまだ数日は持ちそうなんです」
「体が成長したからかしら?」
「そうかな。そうだとしたら嬉しいです。フィオラお姉さんに迷惑をかける数も減りますし」
迷惑というが、私としてはそんな気持ちはさらさらない。
元々ここにいる理由は、可愛いレペテラ君の苦しみを減らしたいと思ったからだ。それに……。
「私は洞窟でレペテラ君と二人きりになるのが嬉しいのだけれど」
なんと言っても独り占めしている感じがする。私だけが知っているレペテラ君の表情、寝顔。レペテラ君の調子が良いのは大変結構だが、それを見られる回数が減るのは、実はちょっと寂しい。
「えっと、その、はい……」
レペテラ君がその白い頬を赤く染めて、わずかに俯いた。
……あれ、これもしかして照れているのかしら。
滅茶苦茶可愛い。
今日はサービスが多すぎる。念のためと言われ聖女様から預けられた布を鼻に押し当てる。
見る間にそれが赤く染まっていくのを、私は抑えることができなかった。
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