安心する

「フィオラさん、私に一緒にいて欲しいですか?」


 いつものように微笑んだ聖女様は、私に問う。

 一緒にいて欲しいに決まっている。王国においては、私がただ一人気を許している相手だ。

 小さなころから見守ってきた。

 彼女のことを守ろうとしているのは、私の過去の贖罪の意味もある。しかしそれ以上に私が単純に彼女のことが好きだからだ。


 裏表のない性格、他者を思いやる心、意志を貫き通す強さ。

 何もかもを諦めて絶望しているときに、私に唯一の光を見せてくれたのが彼女だ。私の中のその気持ちは、もはや信仰心といってもいいくらいの感情だ。彼女の横にいるときだけ、私は陽だまりの中にいるような気持ちになれる。


 だからこそ、私が傍に居なくても守れるのであれば、傍にいない方がいいのだ。今や王国内で彼女に敵対するものはいない。いつか来る魔族との戦いは、私たちが協力することで避けて通ることができる。

 だったら、陽だまりに影を落とすような私は、近くにいない方がいい。

 いなくなった私を探しに来てくれただけで、満足するべきだ。


 言え。別に一緒に居たいわけではないと。それは自分で決めたらいいと。

 本当は、隣にいて欲しいけれど。それはきっと、多くを望みすぎだ。


「別に……」

「フィオラお姉さん」


 答えかけたときに、隣から声が聞こえてきた。レペテラ君が私のことを見上げている。


「僕は、堂々としているお姉さんが好きです」

「…………」

「下を向いて答えるのは、フィオラお姉さんらしくない気がします」


 レペテラ君に情けない姿を見せたことが恥ずかしく、しかしそんな姿を見せたのに好意を向けてもらったことで、感情がよくわからないことになってしまった。反省するべきなのか、誇るべきなのか。

 でも今やることは分かる。

 それはきっと、嘘をつかずに胸を張ることだ。


「ここにいて欲しいわ」


 聖女様は目を丸くしてから、優しく、慈しむような表情で私を見つめる。今まででは見たことの無いような顔だ。まだそんな表情を隠しているとは思わなかった。ぼーっと見惚れていると、聖女様が語り出す。


「フィオラさん、ちょっと離れている間に、良い方を見つけたんですね。心配して探しに来たのが恥ずかしいです」

「……レペテラ君は、確かに可愛くて賢くて、素敵だけれど。私は何も変わってないわ」

「いいえ。フィオラさんだったら『別にどっちでもいい』か『一緒に居たいわけじゃない』って言うと思ってました。頑固だから、きっとそう言うと思ってたんですけどねー」

「その方がよかったのかしら」


 聖女様は少し考えてから、ゆっくりと首を振った。


「どっちがいいとかはないです。でもそう言われたら、心配なのでここに残るつもりでした。……私、一度王国に戻ります。向こうで体裁を整えて、それからもう一度こちらに来ることにしようかな」


 勇気を出して胸を張ったのに、アルク王子と一緒に国に戻ってしまうらしい。理屈がよくわからないだけに少しショックだ。

 いや、それが正しい判断なのだとは思うけれど。


「レペテラさん、フィオラさんをお願いしますね。フィオラさんは、私のヒーローで、でも妹みたいな人なんです。寂しがりで、でも素直じゃなくて、とっても愛されたいと思ってます。……ずっと一緒にいたのに、私には遠慮して、甘えてくれないんですけどね」

「…………メセラ?」

「アルク王子に対してだけは他の人とは少し違う対応だったから、好きなのかなって思ってたんですけど、違ったみたいです。今はお任せしますけど、簡単にはあげませんからね。私もすぐ戻ってきますから、それまでフィオラさんのこと、よろしくお願いします」


 何かおかしい。私はいつだって冷静に、落ち着いて聖女様を助けてきたはずだ。寂しがったことも、甘えたいと思ったこともない。頼りになる姉ならともかく、妹? 私が?


「わかりました。頑張ります!」

「はい。戻ってきたときに元気がなかったら、私怒っちゃうかもしれませんからね」

「だ、大丈夫です! 僕もフィオラお姉さんが元気がないと悲しいので」


 混乱した頭にも、レペテラ君の可愛らしさは染み渡る。聖女様が陽だまりなら、レペテラ君は月光のような静かな笑顔を見せてくれる。そこは空気が澄んでいて、とても呼吸のしやすい空間だ。私が私のままでいても、もしかしたら許してもらえるんじゃないかと思えるような……。


「食事ができましたぞ。ささ、魔王様。私が腕によりをかけて作りました、どうぞご賞味くださいませ。こちらはですな、秘伝のたれを塗っては焼き、塗っては焼きを繰り返しました……」


 かつてないくらいにきれいな気持ちで満たされていた心が、ルブルの妙に高い声でかき回されて、めちゃくちゃ腹が立った。どう八つ当たりをしてやろうか考えていると、王子が当たり前のような顔をしてルブルに言い放つ。


「なぁ、鳥の魔族よ。私の分はどこだろうか?」

「コケーっ! 負け人間は自分で勝手にとってきて食べるがいい。勝者に給仕させようなど、五百年早いわ!」

「……ルブル、私とメセラの分は?」

「だから勝手にとって来いと……!」

「負け鳥、私とメセラの分を運んできなさい」

「ぐっ…………。ええい、ちょっと待っていろ! 魔王様、少々お待ちを」


 自分で言いだしたのだから、敗者はきちんと言うことを聞いてほしい。聖女様が私の方を見て苦笑し、席を立ってルブルの手伝いをしに行く。


「な、なにしにきた聖女」

「お手伝いに。私はルブルさんに勝っても負けてもいませんから」

「……お前、中々見どころがあるな。ものは相談なんだが、あの小娘の弱点など知ってはいないか?」

「弱点……、あるんでしょうか?」

「ルブル、聞こえてるわよ」


 鶏が絞められたような声がして、ルブルが無言で皿を持って戻ってくる。私を目を合わせようとせずに、テーブルにそれらを置くと、ルブルはすぐに厨房へ逃げかえった。


「……もしかして、本当に私には給仕しない気かな、あの鳥の魔族は」


 驚いたような顔をして呟くアルク王子に、私は小さくため息をついた。

 アルク王子。私あなたのそういうところが嫌いです。

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