真面目な交渉②

 トーレンの件も結局は私が一人で始末してしまっても結果は変わらなかったかもしれない。でも大切なのはそこではないのだと思う。二百年近く失敗し続けてすれてしまった私が、最短距離で片づけて得るものは何もないけれど、レペテラ君が経験を重ねることには意味がある。

 伸びしろがあるレペテラ君を育てることこそが大切であるような気がした。


「こちらからも頼みたいことがある。私が王になるまでの間に、魔族をきっちりとまとめておいて欲しい。人が襲われることが続くようだと、交渉することが難しくなる」

「もちろんそのように努めます。しかし今回のトーレンの様に、人に狩られることに憤っているものもいます。人間が森に入って魔族を連れていくことに抵抗をしないわけにはいきません」

「できれば、魔族をまとめてこの辺りまで引き上げてほしい。そもそも精霊たちに意志があるなどと私たちは思っていない。この考えを広めるにしても、やはり時間が必要だ」

「お互いにできるだけ交戦をひかえるよう努力しましょう」


 もし魔族達をまとめることができて、彼らをこの山の付近でひとまとめにすることができたとしたら、きっと欲深な人たちは森の奥に入ってきて、精霊たちを求めるはずだ。

 そして貧しい人たちは、長く燃える木の精霊がいなくなった代わりに、必死になって冬に向けて木を切ることになるだろう。結果森は狭くなり、魔族と人の境界線はどんどん近づいていく。

 時間が経てばたつほどそれは加速するだろうけれど、果たして十年後それはどうなっているだろうか。


「……アルク王子。魔族の領土とする場所は、今の森の境界線に定めておいてください。こちらでも地図で確認しておきますが、そちらも国に戻ったら、きっちり確認をお願いします」

「ああ、わかった。別に誤魔化す気などないぞ」

「あなたになかったとしても、周りがそうとは限りません。私は人がどんなふうに他人を使い陥れるかよく知っています」

「フィオラ嬢……。君はまるで自分が本当に魔族であるかのような言い方をするね。王国に君の居場所はないのかい?」

「ありません。強いていうのであれば、メセラの隣であれば居てもいいですけれど」

「私が作って見せると言ったら?」

「信用なりません」


 アルク王子が悲しそうに目を伏せて拳を握る。悲しんでいるのか、それとも怒っているのか。どんな感情を抱いているにしろ、私はもう二度とアルク王子のことを信用しないと決めているのだから仕方がない。


「思えば、はじめてであった時から私は嫌われていた気がするよ」

「あなたのせいではありませんわ」

「なら……!」

「それでも、絶対に私はあなたのことを信じません」


 ここまで言ってもアルク王子は私に対して怒りの表情を見せることはなかった。小さなころから慣れているためか、それとも単純に度量が広いのか。


「いったい私の何が悪かったのかな」

「あなたに言っても絶対に理解できませんわ」

「……わかった、この話はやめる」


 私としてもこの話をしつこくされるのはきついものがある。何度も人生を繰り返しているなんて世迷いごとを信じてもらえると思っていないし、その中のいくつかで、私が聖女様を殺したことを明かす勇気なんかない。アルク王子だって、何度も私を殺したことを知らされたくなんてないはずだ。

 世の中には知らない方がいいこともある。これはその最たるものといえるだろう。


「ああ、そうだ。メセラ嬢のことは連れて帰りたいんだけれど」

「……本人に決めてもらってください」


 なぜいまさらそんなことを言い始めたのか。やはり聖女様のことを愛しているからなのだろうか。


「メセラ嬢だってずっとここにいるつもりはないのだろう?」

「……いえ。残ってこちらに協力するつもりでいましたけれど」

「なぜ!?」

「ええと、その……」


 聖女様はちらりと私の方を窺ってから、言葉を選ぶようにして答える。


「まず、国にはもう私の家族がいないのが一つ。フィオラさんがここにいるのが一つ」

「国全体が君のことを聖女として崇めている、それが帰る理由にはならないのか?」

「皆さんが私を聖女として扱ってくれるのは、いつか来る魔族との戦いに備えるためでしょう? ここにいることで戦いを避けられるというのなら、聖女としては残るほうが正しい判断だと思うんです」

「しかし、君の帰りを待つものもいる」


 聖女様は視線を彷徨わせ、少し迷ってからアルク王子の顔を見た。


「アルク様。私を待っている方というのは、どなたですか?」

「それは……、学園の友人であったり、君のことを支援する貴族だってそうだろう。もちろん国王も私もだ」

「友人は、フィオラさんと、それからアルク様、あなたくらいしかいません」

「そんなことは……。君が学園の子たちと歩いている姿を見たことがあるぞ」


 私は聖女様が答えに窮しているのを見て、ため息をついた。志は高いのに足元が見えていないのが、アルク王子の良くないところだ。聖女様が答えられないというのならば、代わりに私が答えてやるしかない。


「メセラが学園に来た時によってきていたのはいじめのため。最近周りに居る子たちは、身分の低い貴族の子たちが、その身を守るために寄ってきていただけです」

「……そんな話は聞いたことがない」

「悪い虫は、私が排除してたので」

「なぜフィオラ嬢だけ? 私だって幼いころから一緒にいたはずだ」

「私は聞かされて助けたのではなく、絶対にそういう輩が出てくると確信して見張っていたから気づいただけですわ。今となってはメセラの力は十分に認められ、高位貴族の子女も容易く手を出せなくなりました。代わりに傘のように使われているわけですけれど。そんな場所へ、一緒に帰れと?」


 アルク王子はいよいよ下を向いて、こぶしを握り締め黙ってしまった。しばしの沈黙が流れ、レペテラ君が心配そうにアルク王子を見つめる。やがて我慢できなくなったレペテラ君にくいっと袖を引かれて、私は仕方なく助け船を出してやることにした。

 レペテラ君ったら、優しんだから。

 慈悲の言葉を投げかけてやろうとした瞬間、王子が顔を上げて真剣な表情を見せた。


「それでも、一緒に帰ってもらいたい。これは私が王になるために必要なことだ。辛い思いをさせるかもしれないけれど、絶対に私が守る。今まで気がつかなかった分まで、君から目を離さず守ることを誓おう」


 ……どさくさに紛れてなに私の聖女様に告白しているのだろうかこの男は。聖女様が絆されてしまってはないかと確認のため視線を向けると、ばっちりと目が合ってしまう。

 過保護にしすぎたせいか、聖女様は困ったときに私の顔色を窺う傾向がある。それはかわいいのだけれど、今回は私情を交えて判断するのは、聖女様のためにならない気がした。


「メセラが決めて」

「……いいんですか?」

「ええ、その方がいいわ」


 聖女様の判断は――。

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