真面目な交渉①

「魔王様、このルブル、小僧を負かしてやりましたぞ。武装も解除させて、この通り!」


 アルク王子は想定通りルブルに負けたらしい。ほんの少しルブルの服が焦げ付いているのを見ると、魔法を使って一矢報いたのだろうが、装備はぼろぼろになっていた。ブレイブソードは確かに装備していないが、外にでも放り出してきたのだろうか。

 あれは王家の勇気あるものしか持ち上げられないらしいから、盗られる心配はないだろうけれど。そういえば今回はブレイブソードを使えるようになるのが随分早かった。仕組みは分からないけれど、旅に出る頃にはいつも大抵使えるようになっている。今回はいったいどんな勇気を振り絞ったのだろうか。

 

 アルク王子はぶすったれているが、魔族に負けたのに命があることを喜んでほしいものだ。トーレンとの戦いだって、私が間に合っていなければ命を落としていた可能性が高い。

 聖女様がアルク王子の傷を癒し、そのままルブルの方へ近づいていく。


「なんだ聖女、私に近づくな」


 ルブルが後ずさりして、距離を一定に保つ。別に聖女様は相手を害しようなんて意志はないはずなのに、疑り深い奴だ。


「服が焦げているので、どこかにやけどをしていないかと思ったんですが」

「はん! 私があんなへなちょこの攻撃で怪我をするものか」


 アルク王子が悔しがっている姿を見るのはちょっと面白い。私に負けても当たり前みたいな顔しかしなくなっていたので、久しぶりすぎて新鮮でもあった。


 キッチンでルブルが料理をしている間に、アルク王子にもう一度確認をする。


「ここに来たことは忘れて、早く国へ帰ったらいかがですか? 今なら帰り道にまだ守護者が誰もいないかもしれませんよ」

「……フィオラ嬢が出奔したのを見逃したうえ、メセラ嬢までおいて帰れと? 最低限の連絡はして国を出てきている。このままおめおめと国へ帰れると思うのかい?」

「あなたの事情など知ったことはありませんが、ここに居座る気なのであれば協力してもらうことになりますよ。もしやスパイを生かしたまま置いておくほど、私が優しいと思っていらっしゃる?」

「いや、思ってない」


 即答されるとそれはそれで少し腹が立つが、妙な甘さを期待しているわけではなさそうなことは分かった。


「しかし、必ずしもそちらの陣営に入る必要はないだろう。王位継承者として、魔族と対等な交渉をしてきた、それだけで私の立場は多少良くなる」

「……対等な交渉? 生殺与奪の権利を一方的に握られているものが、対等とおっしゃいました?」

「それは、その……」


 にらみつけるとしどろもどろになる王子に、私はため息をつく。有利に交渉をすすめるためには、まず優位性を明らかにする必要がある。


 こちらが上、そちらは下。


 最初にそれをはっきりとさせておきたい。


「……本当に交渉、できますか?」


 静かな声で助け舟を出したのはレペテラ君だった。まだ格付けの最中だったのだけれど、これを邪魔するのは憚られる。


「もちろんだとも!」


 王子はレペテラ君の提案にすぐさま飛びついた。

 私のやり方は、人間の、それもとりわけ中枢に巣食う汚いもの達のそれだ。もし他の方法があるのなら、レペテラ君がそれを選ぶのならば、私は一先ず沈黙する。


「王国はこの山と大森林を挟んで帝国との領土が曖昧になっていますよね?」

「確かにそうだ。ただ、我々に言わせればこの森と山は王国のものだ」

「しかしどちらの国も、この広い森を制圧するほどの戦力は有していない。違いますか?」

「…………」


 沈黙は肯定だった。王位継承者としてはそれを認めることができないのだろう。それを汲むことができたのか、レペテラ君は苦笑して続ける。


「僕達魔族は、この森と山が、現在王国のものであると認めます」

「……何?」

「その上で、王国が、実効支配をしている僕たちに、この森と山を魔族の領土として譲渡する、というのはどうでしょうか?」

「それは……、いや、あるのか……?」


 アルク王子が悩みはじめ、そのまんざらでもない反応に、レペテラ君がほっと息を吐く

 実のところ問題は山積みなのだけれど、挟まれた国のどちらもを相手にしなくても良くなると考えれば、魔族にとってはメリットしかなかった。事実として交渉して、王国と帝国の関係が完全に悪化した後に、細かいところを詰めていければいい。

 そうなってしまえば、もう王国は魔族と一蓮托生になる。

 無茶な条件を突き付けられても、断ることが難しくなる。


 問題はアルク王子がそれに気づかなかったとしても、王国の海千山千の古だぬき共が、それに気づかないはずがないということだ。


「……譲渡するだけでいいのか?」

「もちろん、その後国民、つまり魔族全体に危害を加えることは禁止してください。僕たちを人間と同じ法の下に守ってもらいます」

「……それは、難しいかもしれない」


 流石にそこまで馬鹿ではなかった。

 精霊や妖精のような魔族は、人にとって便利な道具でしかない。例えアルク王子一人が、彼らを人と認めたとしても、貴族は、国民はそうならない。


「だがしかし! もし私が王になればその時は、できる限りそれに沿うように動こう」

「何年後になるのかしら、それは」

「う、ぐ……。十年は待たせない、つもりだ」

「なったからって、先王の権力は健在なはずよ。力を持つ貴族たちもいるわ」

「そ、それまでに、私がだれにも認められるだけの王になって見せる」

「空手形ね」

「約束をする」

「信じられないわ」

「……フィオラさん、信じましょう」

「レペテラ君、何も保証がないわよ?」


 レペテラ君の言葉に、私は流石に反対の声を上げる。無条件に信じることだけが人間関係ではないのだ。人はそんなに意志の強い生き物ではない。私は聖女様以外の人間をそこまで信じられない。


「それでも……、アルクさんは僕たちのことを理解しようと努力してくれています。これを信じなければ、僕たちが人と交渉することのできる道は限りなく少なくなりませんか?」


 端から戦って滅ぼしてしまってもいい、と考えている私にはない発想だった。


「上手くいくかわかりませんが、一度、僕に任せてもらえませんか?」

「…………いいわ。レペテラ君が、魔族の王だもの。私はそれを支えるだけよ」


 私には、どうしてもうまくいく未来は見えない。それでもレペテラ君がそれを望むのなら、彼の選んだ道で全力を尽くすのが、もしかしたら愛なのかもしれない。

 レペテラ君のかっこかわいい姿にくらっときた私は、そんな風に自分に言い訳をするのだった。

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