わからないこと

 正直な話をすると、王子がなぜ国に帰らないのかが分からない。魔物が溢れてるわけではない今ならば、一人で森を踏破できるだけの実力くらいはあるはずだ。

 いつか来るかもしれない討伐でしっかりと聖女様を護衛できるよう、私ができる範囲では鍛えてやったのだから。

 長く一緒にいると情が湧いてくるもので、たまに気を許しそうになることもある。でもそれをするとずるずると絆されてしまいそうで、また婚約破棄されたときにひどく傷つきそうで、王子には冷たい態度を取り続けてきた。

 もしかしたら今回は私との婚約を維持し続けるのではないかと思える周回もあったのだけれど、今までそそうなったことは一度もなかった。

 時期は違えど、必ず婚約は一度結ばれ、破棄される。

 恋とか愛とか、そんなものでなくても、懐に入れた相手から拒絶を突き付けられるというのは、嫌な気持ちになるものだ。そんな気持ちを抱えて態度を変えるくらいならば、最初から近寄らない方がいい。

 

 そう考えているからこそ、中途半端に周りをうろつかれるのは鬱陶しかった。

 それならほかの候補を鍛えればいいという案もあったが、そう簡単にはいかない。それに鍛えておかないと後で無理やりついてきて足を引っ張るのだ。権力というのは面倒くさい。

 ブレイブソードに認められ、鍛えれば一定水準以上に到達することが約束されており、聖女様を守る気概も十分にある他の候補。そんなものを探すくらいならば、私が複雑な思いを抱え、王子にも嫌な思いをさせるのが無難な選択だ。

 恨むのなら、他の周回の時に私を裏切った自分を恨んでほしい。


「おい、小娘。あの聖女と男は信用できるのだろうな?」

「聖女様は大丈夫」

「男は?」

「さぁ? だめそうだったら殺せばいいのよ」

「元婚約者なのだろう? お前、私よりよほど人に冷たいのではないか?」

「……そうかもしれないわね」


 私はレペテラ君の手を引き、聖女様に声をかける。


「屋敷に入りましょう。いつまでも外で話していても仕方がないわ」


 二人は少し後ろを気にしながら私と一緒に屋敷へと歩む。

 

「やぁやぁ、私こそは魔王様の側近、鳥の魔族ルブル=アルグ=ホーミン=スッタットヘイム十二世! 貴様の名と身分、そして来訪目的を述べよ」

「何で私だけ、こんな目にあっているんだい?」

「やかましい、粛々と問われたことに答えよ!」


 騒がしく鳴く声が聞こえてくるが、きっと何とかするだろう。できなければそれまでだ。現時点では恐らくルブルの方が強い。戦力が欠けることはないはずだ。


「あの、大丈夫でしょうか?」

「……ルブルの方が強いし、あの男は意外と口が上手いから大丈夫よ」

「もし怪我をしても私が治します」


 聖女様は能力強化と、武器への加護、そして癒しの力を使うことができる。後方に一人いるだけで、チームとしての戦力と継続戦闘能力が跳ねあがるのだ。

 だからこそ、弱点にもなりうるのだけれど。


 あとははっきりしない力。

 聖女様が存在するだけで、魔物の動きが鈍化する。


 そもそも魔物というのがよくわからない。魔族と魔物は近しいものだと思っていたのだけれど、長く生を繰り返す中でそれが正しくないことはもうわかっていた。

 魔族はこの世界にあるものから派生した存在。見ればなんとなくなんの魔族かが分かる。

 魔物は歪で混ざり合い、人に牙をむくもの。何から生まれたのかもわからない。ただ、古来より人が増長した時や、争いが激化したときに現れるとされている。そんな時はいつも、魔王が共に生まれる。


 そうだとしたのならば、魔王は一体何の魔族?

 レペテラ君の容姿は人のものに近い。相違点は頭に角が生えているくらいなものだ。能力的に言えば、魔力が高く、魔物があふれ出すのを押さえることができる。


 だとしたら魔王というのは……。

 魔王と聖女に使命があるとするのならば……。


 考えながら屋敷の扉を開けると、妖精が飛び出してきて私たちの周りを飛び回る。


「おかえりおかえり!」

「るぶるしかいないからつまんなかった」

「しらないひとがいる!!」

「そうじおわったからあそぼう」


 思考が霧散して顔を上げると、左右から心配そうな目を向けられていた。私はゆっくりと首を横に振って、妖精達に答える。


「まだ帰ってきたばかり。せめて埃を落としてからにして」

「わかったてつだう」


 クルルが飛んでいき、屋敷を掃除する用のはたきを手に持って戻ってくる。


「……クルル、まさかそれで私たちの埃を払う気かしら?」

「うん、てつだう」

「だめよ」


 しょんぼりと肩を落としたクルルに続けて声をかける。


「でもありがとう。自分達だけで遊んでなさい。明日は構ってあげるから」


 妖精達は元気良く返事をして屋敷の中に散らばっていく。きちんと順序だてて伝え、次遊べる時を指定してあげれば案外ちゃんと言うことを聞く。聞き訳の悪い子たちではないのだ。


 扉が閉まる前に振り返ると、いつの間にか戦い始めた二人と、呆れた様子でその場から立ち去るゴレアスの姿が見えた。互いに本気でやり合っているわけではなさそうなので、死にはしないはずだ。

 しゃがんでレペテラ君の服の埃をはたきながら相談をする。


「メセラは一先ず私の部屋に案内していいかしら?」

「はい。空き部屋の掃除が済むまではそうしてください」


 両手を上げてされるがままになっているレペテラ君は可愛い。

 可愛いのでそのままぎゅっとしたいところだけれど我慢する。

 今抱きしめると、ほこりを払った意味が無くなってしまう。というか、過度な接触は良くない。今触っているのは、ほこりを払うため。それに乗じて体中を弄り回すためではないのだから。


「こんなものかしら。レペテラ君、先に部屋に戻って着替えてくるといいわ」

「わかりました。着替えたら食堂で待ってますね」


 ぱたぱたと早足で去って行くのも可愛らしい。早く着替えて、すぐに合流したいと思ってくれているのだと思うと愛おしさすらある。


「はぁ~~~~」


 聖女様が間の抜けた声を出したので、よくわからず振り返る。


「何かしら?」

「いえ、アルク様が言っていた表情って、今みたいなのかぁって思ったんです。私にもそんな表情向けていたんでしょうか?」

「……何を言っているの?」

「いいえー、いいものが見れたなと思ったんです。ほら、フィオラさんも埃を落としちゃいましょう」


 ポンポンと肩回りから軽くたたかれながら、私は首をかしげる。聖女様がいったなにを言っているのか、私にはさっぱり分からなかった。

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