私の名を言ってみろ

 かなり手前から低空飛行をさせて、王国民にみられないように森に降りる。


「帰りはどうする」

「迎えに来て欲しいわね」

「魔王様のためだ、仕方あるまい」


 どこまでこちらの話が伝わっているのかが分からないから、まずは情報収集をしたい。時間をかけないで終わらせるには、まず村に立ち寄って、集まっている兵士たちから話を聞きだすのが手っ取り早いだろう。


「おい小娘。気をつけろよ」


 振り返ると真面目な顔をしたルブルが私のことを見つめていた。


「そんな気遣いも出来たのね。……でも不要よ」


 私は剣を抜きそれに炎を纏わせる。ルブルが体を強張らせぎょっとするのが分かった。


「誰に向かって話しているの? 私はフィオラ=ノヴァよ。たった数か月離れただけで、もうその恐ろしさを忘れたようね」


 四方から同時に短剣が投げられる。その刃の怪しい輝きは、猛毒を塗られているためのものだ。

 私は半歩前に踏み込み、前方からの短剣を払い、そのまま回転して残りの短剣も撃ち落とした。それと同時に剣の先から、短剣が来た方へと炎を放つ。

 がさりと音がして影が飛び出すが、私の制御下にある炎はそれを追跡し燃え上がらせた。地面に落ちてのたうち回る四人の影はやがて動きを止めた。


 万が一情報を持ち帰られても困る。

 私は近寄って、一人一人確実に止めを刺してまわった。


 王国の暗部。高位貴族御用達の暗殺集団だ。

 私も昔聖女様を弑するときに使ったことがある。小さな頃の私にも差し向けられたことがあった。利用価値があるので存在を許していたが、もう害にしかならない。

 ルブルが気がつけないとなると、場所がばれてしまっては、レペテラ君に危害を加える恐れがある。最もこういった者達は、人ごみに紛れるのが得意なのであって、山歩きが得意なわけではない。

 トーレンが生きていれば、自由に森を闊歩することはなかったはずだ。もう少し話の通じる奴であれば、あの木の守護者は生かしておく方が有効だったのに。


「さて、行ってくるわ。ルブル、念のため身の回りに気を使いなさい」

「……お前は、本当に簡単に同族を殺せるのだな」

「何? 冗談でも言っていると思っていたの?」

「それなのに私のことは殺さなかった」

「レペテラ君が悲しむかもしれないでしょう」

「そうだ、魔王様を悲しませるのは許せぬ。だから絶対に生きて戻ってこい」

「そんな気遣いは不要と言ったはずよ」


 ルブルは羽をはばたかせ、空に飛びあがり大きな声を出す。


「かわいくない小娘め! ありがとうも言えぬのか、まったく! いつか灸をすえてやるからな!!」


 ルブルの姿が段々と小さくなるのを見送り呟く。


「うるさいわね。どれだけ目立つつもりかしら、あのアホウドリは」


 近寄ってくる人の気配を感じながら、私は散歩をするようにゆっくりと村に向けて歩き出す。

 暗部の連中がたった四人で行動するとは思えない。もしそうだとしたら、今近づいてきているのは、その仲間であるはずだ。


 姿を現した数人が、仲間の死体を見つけてわずかに動揺する。以前は私に歯向かって殺されなかったという経験が、悪い方に作用していたらしい。今度も生きて帰れる算段だったのだろうか。

 なんにしても敵に動揺を悟らせるのは三流だ。


 悪行を生業にしている者が、二度も許されると思うな。


 私のゆったりとした歩みに、逃げ出そうとしたのが三流。

 立ち向かってきたのが二流。

 そもそも姿を見せずに情報を届けようとした奴が辛うじて一流。


 しかし誰も逃がさない。

 敵にかける情けなどないのだから。



 アルクとメセラは国に戻ってすぐ、王の元へと呼び出された。


「アルク、そして聖女よ。あの悪魔、もといフィオラ嬢を探しに行っていたらしいな」


 不穏な気配を感じたアルクは少し考え沈黙する。わざわざ呼び出され、物々しい警護の中で話をさせられているのはおかしい。下手なことは言わず、相手の反応を待つつもりだった。

 しかしメセラがそういった腹の探り合いが得意でないことを失念していた。


「はい。フィオラさんは山奥で発生した魔物を抑えているそうです。国のため、民のために離れることができないと、そう言っていました」

「ほう、成程。もしや魔族なんぞもいたのではないのか?」

「いえ、私が聞いた限りではそのような話はありません」


 危ういと思いながらも止めることができずに、アルクはもどかしく思っていた。ここでフォローを入れるとどうにもならなくなる。


「そうか。……ではお前たちと共に森の端まで来たものはなんだ? あれが魔族でないというのか? 随分と親しげだったが。仮にも聖女ともあろうものが、魔族と盟を結んだとでもいうのか!?」

「父上、弁明を! メセラ……、いえ、聖女はフィオラ嬢に操られております。前々から付き纏っていましたのも、その準備のためだったに違いありません。私を今回の旅に同道させたのもそのためでしょう。あちらについた時、私に対しても怪しげな呪文を使われましたが、このブレイブソードのおかげか、私は正気を失わずに済みました。無事この報せを持ち帰るために、奴らの言う通りになっているようなふりをしておりましたが、もういいでしょう」

「…………本当にか?」

「もちろん。私はあちらでフィオラ嬢、いや、あの悪魔を陥れるために一計を案じてきました。きっとあの悪魔さえ倒すことができれば、聖女への洗脳も解けましょう。ぜひ私に悪魔の討伐を御命じください」

「働き次第で信じよう。ものども、聖女を捕えよ」


 アルクが話し始めてから一言も発せずに目を丸くしてたメセラは、兵士に連れられてもなお、じっとアルクの方を見て黙っていた。


「……父上。聖女は操られているだけです。悪魔さえ倒せれば、これからの魔族との戦いの切り札になりえましょう。くれぐれも大事に扱ってください」

「……そうだな。まずはあの悪魔、国宝を奪い、我が国の誇りを傷つけたあの悪魔を倒すのだ。あんな者がいなくとも。我が国が帝国に劣らぬことを世間に示す、絶好の機会だ」

「はい、仰る通りかと」


 王の熱に酔ったかのようなセリフを聞きながら、アルクは思う。

 

『倒せるわけがない』

 

 アルクは自分の力より、王の権力より、聖女の奇跡より、なによりも、フィオラのその強さだけを信頼していた。 

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