しもべを増やす
森を出た私を迎えたのは、装備を整えた兵士たちだった。
暗部だけではなく軍までを差し向けてみるとは、いよいよ本気で私相手に戦争をする気になったらしい。もしかしたら私は甘かったのかもしれない。いくら力を見せつけたとしても、痛い目に合わないとわからない者はいる。
私だって別に快楽殺人者ではないのだ。
国を守るために兵士になった者達を殺しまわって楽しいわけではない。
深いため息とともに、抜き身の剣を天に掲げ、その先から蛇の形をした炎を作り出した。この蛇はどこまでも長く伸び、大勢の敵を囲み、そして絞め殺す。
とは言っても本当に圧迫されて死ぬわけではない。ただ、炎をゆっくりと潜り抜けて、焼けて死ぬだけだ。
先頭に立っているのは騎士団長だ。
私の実力は分かっているだろうに、部下を巻き込んで死にに来たのだろうか。小娘に負けたことがそんなに許せなかったのか、それとも職務に忠実なのか。
「フィオラ嬢、問いたいことがある!!」
立派な体格から発せられる声は空気を震わせて私に届いた。これから殺す人間と問答する趣味はないのだけれど、同じ王国に所属したもののよしみだ。これまでの人生で、彼から嫌なことをされたこともない。
「なにかしら。くだらないことは聞かないで」
ほっと胸をなでおろした騎士団長。私のことを言葉の通じない化け物とでも思っているのだとしたらひどく不快だ。
「アルク様はあなたが聖女様を洗脳し、魔族側に取り込もうとしてるとおっしゃった! それは事実か!?」
「団長!? まず私に話をさせてくれる約束では!!」
「申し訳ないが、アルク様には黙っていてもらいたい。俺には一人の武人として確かめたいことがあるのだ!」
兵士達がどよめき、その後方から聞き覚えのある声がする。アルク王子が何か言い訳をしようとしているが、一先ず団長と言葉を交わすことにした。
「何の話かしら。私がメセラのことを洗脳? メセラのことを騙して利用しようとしてるってことかしら? 馬鹿を言わないで、今までの人生で一番不愉快な言いがかりだわ」
「そうか、やはりそうか」
「いや、だから、ちょっと通せ、お前ら!」
何かに納得し深く頷いた団長の横に、兵士をかき分けてきたアルク王子が姿を見せる。
「団長はフィオラ嬢に恨みを持っていたからこの軍のトップに選ばれたのでは!?」
「……アルク様。それは奴らが勝手に解釈しただけです」
「プライドをへし折られてフィオラ嬢に復讐するために、一度軍から退いてまで修行をして戻ってきたのでは!?」
「フィオラ嬢と俺を煙たがっていた者達が面白おかしく話しただけではないですか? 己の未熟さを痛感して修行していたにすぎません。戻ってきたら妙な話になっていたから、真実を確かめるためにこうして精鋭だけを連れてやってきたのです」
よくわからない話になってきた。もしかして悪いのはアルク王子だけなのではないだろうか? もしかしてもしかすると、本当にアルク王子を殺せばことが治まるのではないだろうか? 私と聖女様の中に嫉妬して、また殺そうとしている? 今回はそれ程見せつけたりしていないはずだが、山に聖女様が残ると言ったあたりで、嫉妬の炎が燃え上がってしまったのだろうか。
騎士団長が剣を抜き、たった一人で私の方へと歩いてくる。
「なんのつもりかしら?」
「疑うわけではありません。俺の知っているあなたが、卑怯な手を使うとも思っていません。ただあなたの強さ、今一度確かめさせてもらえませんか?」
騎士団長の顔が僅かに歪み、何かを期待する表情がそこに見える。私は体の力を抜いて、自然体で剣を構える。
「あなた、状況に便乗してただ修行の成果を見せたいだけではないかしら?」
「まさか、そんな。……ぜひお付き合いいただきたく」
「仕方ないわね、付き合ってあげるわ」
「もし負けても、捕えたりするわけではないのでご安心を」
大剣を構え走り出した団長は、どうやら私に勝つ気らしい。
ここで負ける私に価値はない。
相手をしてやるか、くらいだった気持ちが一気に燃え上がる。
思い知らせてやる。
◆
騎士団長の剣技は確かに以前とは比べ物にならないほど洗練されていた。
何度かひやりとした場面すらあったくらいだ。いっそ魔法を使って殺してしまえば楽なのに、あまりに純粋に戦いを楽しんでいる様を見ると、それもする気が起きなかった。
「ラインハルト団長、これで満足かしら」
「……勝てないですか。流石フィオラ嬢」
「称賛はいらないわ。敗者は黙って従ってくれれば結構よ」
「今回も魔法を使わなかったですね」
「……殺し合いじゃないのだから、あなたと同じ条件で勝たなければ意味がないでしょう」
「フィオラ嬢、無辜なる王国民を害するような計画はおありで?」
「わざわざそんな下らないことはしないわ。私は、私が好きな人のために生きているだけよ」
突然大笑いをして剣を投げ捨てたラインハルト団長は、振り返ってアルク王子に向けて声を投げかける。
「聞きましたか、アルク様! 皆の衆! 俺はフィオラ嬢について行くぞ。辛気臭く陰口をたたく奴らも、日陰で悪だくみばかりする奴らももううんざりだ! 従うものはその場で武器を掲げろ!」
辺境の村に兵士たちの雄叫びが上がる。誰もが武器を掲げ、団長の言葉に従っていた。これは私ではなく、ラインハルト団長への信頼によるものだろう。不思議な高揚感はあるが、私が受け止めるものではない。
「アルク様、申し訳ありませんが、あなたはこの村で拘束させてもらいます。この件の黒幕についてもキリキリ吐いてもらいますよ」
「待て、待て。話せばわかるはずだ。私も最初からフィオラ嬢に何とかしてもらおうと計画を立てていて、別にあちら側についたわけじゃないんだ。おびき寄せるつもりだったら黄色い旗を立てている! フィオラ嬢ならわかるだろう!?」
私は懇願するように私の方を見たアルク王子にゆっくりと近づいて笑顔を作る。
「良かった、わかってもらえたか」
「……それではキリキリと詳細を吐いてくださるかしら?」
「え?」
「あなた約束しましたわよね。メセラから目を離さず、絶対に守ると。この場にメセラがいないのは、いったいどういうことなのかしら?」
アルク王子の顔色がさっと青くなるのが見えた。
そんな一発芸をしたところで何の言い訳にもならなくてよ?
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