半分だけ

 まず言い訳を聞く前に往復びんたをして意識を奪ってから、アルク王子を引きずって騎士団長と兵士たちから距離を取った。

 地面に放り投げて足で脇腹を小突くと、アルク王子が体を丸めて目を覚ました。まともに喋れるようになるのを少し待つことにする。


「ち、違う、話を聞いてくれフィオラ嬢」

「何が違うのかしら? 今のはこの場にメセラを伴って来ていないことに対する仕置きでしかないのだけれど。話はちゃんと聞いてあげるわ」


 呼吸を整える間に息も絶え絶えに言い訳開始なんて、よほど私は話が通じないと思われているのだろうか。失礼な。裏切者から情報を聞き出す前に殺すわけがないのに。

 地面に這いつくばるアルク王子を、しゃがみ込んで眺める。芋虫みたい。

 やがて上半身を起こす。私の表情を見るやいなや、また顔色を悪くして叫ぶ。


「その微妙に微笑むのをやめてくれ! 怖い!」

「あら……。殺していい大義名分ができたからかしら」

「私を殺したら、後継ぎがいなくなって面倒なことになるだろう!」

「あなたの弟がいるわ」

「あいつは遊び人だぞ!?」

「裏切者より、百倍ましよ」

「裏切っていない!」

「なら早く話しなさい。聞いてあげると言っているのだから」


 立ち上がって見下ろすと、アルク王子はごくりと唾をのんでから語り出した。


「父上は私達が探しに行くをつけて、森に偵察兵を放っていたらしい。帰りにゴレアス殿と一緒にいたのがばれた」

「もしかしてわざわざ断りを入れて追いかけてきたのかしら?」

「王位継承者が何日も失踪するわけにいかないだろう! かまをかけられて不審に思った私は一度黙ったが、メセラ嬢は魔族には会っていないと明言してしまった。公式の場で途中で割って入るのが難しかったんだ。聖女様は優しい父上の顔しか見たことがなかったから、油断していたに違いない」


 確かにあれは古だぬきだ。優しそうな顔をして、平気で人を出し抜こうとしてくる。それくらいでないと王は務まらないのかもしれないけれど、私の両親や暗部を手足として使っているのだから、それ相応にあくどい。だから度々脅しをかけておいたのだけれど、ここにきて裏目に出たのかもしれない。


「そこで私まで捕まってしまうと、今の状況を打開することができない。だから私は恥を忍んで、メセラ嬢がフィオラ嬢に洗脳されていることにしたんだ。結局私への警戒も強く、メセラ嬢を救い出すことは未だにかなっていないけれど、こうしてフィオラ嬢と合流することはできた」

「……私を悪者にしたってことね」

「い、いや、父上もフィオラ嬢の両親も、周りに居た者達もみな口をそろえてフィオラ嬢のことを悪魔と呼んでいたので、今更だと思ったのだ」


 悪魔? 悪い魔族、ということだろうか。魔王様に肩入れしている今、確かにその呼称は的を外してもいなさそうだけれど。


「私一人では助けられないから、フィオラ嬢を呼び出して討伐するという名目で、戦力の逐次投入をさせ、敵対するものを端から撃破してもらい、そのまま城へ乗り込みメセラ嬢を救出するという作戦だったのだ!」

「騎士団長はあんな感じだったのだけれど?」

「う……、それは私も見誤っていた。私が呼び出された場にいたので、てっきり彼もメセラ嬢に恨みを抱いているものかと。他の貴族たちもそのような体で話を振っていたし……」

「わかったわ」

「そ、そうか。では一緒に」

「そして今私は、この話を信じるべきか、それとも後顧の憂いを断つためにここにいるもの全員を殺してから城に向かうべきか迷っているわ」


 ぽかんと口を開けたアルク王子をじっと見つめる。

 先ほどのが演技だったら? 連れて歩いて後ろから刺されたら? 私が乗り込む前提で準備をされていたら? 私は他人を信頼できない。完全に信頼できる相手というのは、裏切られてもいいと思う相手だけだ。私は、アルク王子も、騎士団長も、裏切ったら殺したくなる自信がある。

 特にアルク王子には何度も何度も何度も、裏切られた経験がある。今は別の人格だとわかっていても、ふとした時に考えてしまう。こいつは裏切るんだという思いが、心の底に深く根を張っている。

 何度されようと、数度の人生で恋をした相手から裏切られるのは、心が苦しくなるのだ。今更未練も何もないつもりでも、苦しくなるのだ。次の人生の初対面の時、衝動的に、裏切られる前に殺してしまいたいと思う程には。


 アルク王子は体の力を抜いて俯いた。


「そんなに私は、信頼に値しない男だろうか」


 わからない。私は今世のアルク王子だけを見れている自信はない。私にとってはという話であれば、信頼には値しない。


「……確かに私は、フィオラ嬢に嫉妬していたし、恐ろしいと思っていた。それでも幼いころから私に遠慮せずに接してくれたあなたを、尊敬し信頼もしてきたつもりだ。…………今回の件についても、私の力不足から至ったことではあるが、できうる限りの対応をしてきたつもりだ。それでも、そうなのなら、仕方ない」


 アルク王子は顔を上げて泣きそうな顔で笑った。


「私を今ここで殺してくれ。騎士団長は、本当に私の計算外だ。彼らと兵士のことは殺さないで欲しい」


 私は剣を抜いて構える。アルク王子へゆっくりとその切っ先を向けると、アルク王子に表情が徐々に強張って、冷や汗が垂れてくるのが分かった。


「じゃあ、あなたのことだけ殺すわ」


 アルク王子は地面に座ったままじたばたと後ろに下がりながら喚いた。


「今の、今の流れでさ! 何でそう言う決断ができるのだ、フィオラ嬢は!! 素敵、見直したわってなるところではないのか!?」

「浅はかね。あなたが女生徒を口説いている姿は何度も見ていますの」

「あ、成程、今後はそういう行為は一切しない。フィオラ嬢はそれに嫉妬していたんだな!」


 私は無言で王子の前髪を燃やす。地面を転がりまわってそれを消す王子を無視して、ため息をついて振り返った


「今回は半分信じてあげるわ。騎士団長達とあなたはここに残して、私だけで城に行く。途中で一人でも報告に出ていたり、ついてきている様子があったら全員殺すわ。騎士団長に伝えておきなさい。上手く伝わらなくても、あなたのせいよ」


 私はいくつかの情報を聞き出した後、アルク王子を置いてそのまま城に向けて歩き出す。一人でどこかへ向かう私に、兵士たちがざわめいているのが聞こえたが、それをどうにかするのはアルク王子の仕事だ。

 精々苦労したらいい。

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