這入り込む
騎士団長と王子は、完全に信用されていたわけではないのだろう。まともな街道を進むと暗部の人間が所々に配置されていた。出会ってしまったものには先制攻撃をしてやり過ごした。
主要な道は使わず、街には立ち寄らない方がいい。
それでも私を倒した、あるいはつかまえた報告がいかないことで、暗部が現場の確認をしにいくはずだ。アルク王子と騎士団長が待機しているとはいえ、うまくごまかせるとは思えない。
暗部から城へ報告が行く前にたどり着かなければならない。
各地に配備されている暗部が連携すれば、すぐに城まで連絡がいってしまう。
休んでいる暇はなかった。
寝る間も惜しんで城まで走る。数日眠らなくとも、城に潜入して聖女様を救出するくらいのことはやってみせる。
アルク王子と別れて、二度目の朝日を拝む前に、私は街の地下を歩いていた。汚水の流れる真っ暗な地下道を、炎で照らして進んでいく。清潔とはいえず、嫌なにおいが漂っているが、歩くスペースくらいは確保されている。
汚物が跳ねるのでこんな場所では戦闘をしたくない。できれば誰も待ち構えていないことを祈りたい。
せめて王族の緊急脱出ルートに設定するのであれば、もう少し整備しておけばいいのにとも思う。あまり清掃に力を入れると秘密にできないという理由ならば、徹底していると言えるのかもしれないけれど。
突き当りまでたどり着くと、梯子を壁にかけて耳を澄ませる。大きな音は聞こえなかった。
頭上にはめられた薄い金属の板をずらせば、城の地下に出る。
地下牢の最奥に出るはずだから、もしそこに聖女様が入っていれば、速やかに脱出することもできるだろう。
面倒なのはそこにいなかった場合だ。
その場合は、どこかの部屋に軟禁されているような気がする。アルク王子が丁重に扱う様に嘆願したらしいから、客室のどこかに閉じ込められている可能性が高い。
王から恨みを買うようなことをすることが多かったので、いざという時のために城の構造は下調べをしてある。それほど時間をかけずに見つけることができそうだが、こっそりというわけにはいかなくなるだろう。
地下室を順に調べて周ると、案の定そこに聖女様の姿はなかった。
いつか見たことのある凶悪な面が地下牢に並んでいる。頬こそこけているが、まだまだ目をぎらつかせた犯罪者たちは、私の姿を見ると一斉に牢屋の端までその身を寄せた。
情けない声を上げて命乞いをするものや、頭を抱えて小さくなるものもいる。
様子を見るために階段を降りてきた牢番を待ち、意識を刈り取る。
まじめに仕事をしている兵士には悪いと思うけれど、鍵を取り、空いている牢屋に放り込んでおく。
「騒いだら地下で蒸し焼きにするわよ」
私の挙動を見て奇声を発し始めた犯罪者たちに声をかけて黙らせた。両手で口を抑える彼らに笑いかけてやると、彼らはぶんぶんと首を横に振った。立場をよく弁えているらしい。
「そうね、いい子にしていなさい」
地下牢は別棟になっているので、ここから城に入るのはまた難しい。階段を上がって牢番たちの待機所を制圧。全員を拘束し、そのまま城の庭に出る。まだ朝日は昇っていない。
厨房の裏口にかけてある錠前を焼き切り、忍び足で城の中へと入る。シンとした城内は、一見誰もいないかのように思えるのだが、フロアを移動するための階段は、兵士たちに警護されている。
聖女様がいそうなのはどこだろう。
地下牢にいないのであれば、上階にいる可能性が高い。
ルブルを連れてくればよかった。そうしたら窓から探して聖女様をさらって帰れたのに。
ふとルブルを頼ることを考えている自分に気がつきため息をつく。
そんな姑息な手段を使わなくても、私は聖女様を助けることができる。
ほんの少し手間がかかるだけだ。
正面突破して、そのフロアにいる兵士を脅して話を聞く。自分の守っているフロアに誰がいるかくらいは把握しているだろう。声をあげられると面倒だから、素早く制圧する必要がある。
少々間抜けだけれど有効な手段がある。
自分の背後に『声を上げたら殺す』と文字を浮かばせて、相手に気付かれる前に炎の首輪をかける。私に目が向いた瞬間に兵士たちはこの文字を読むことになる。
命を懸けてまで階段を守ろうとするものがどれだけいるだろう。
偶に兵士の訓練に付き合わされていたから、城内の警備を任されるくらいの位階の兵士は、みんな私の顔を知っているはずだ。
悲鳴を上げた瞬間にその首が飛ばされることも理解しているはず。
一つ目の階段でうまくいかなければ無理やり押しとおるしかないけれど。
うまくいった。
というより、私が顔を見せても兵士たちが妙な表情を浮かべただけで、攻撃する体制を取らなかった。文字を見て仰天しているのは分かったのだけれど。
とりあえず制圧しているうちに、上から降りてきた兵士も制圧する。更に降りてきた兵士たちを黙らせたところで、少し待ってもそれより上の兵士は降りてこなくなった。
「あの……」
恐る恐る小さな声で話しかけてきた兵士を睨みつけると、小さな悲鳴を上げて体を硬くする。
「なにかしら」
「聖女様を洗脳しているというのは本当でしょうか?」
「メセラの意志に反して操ろうなんて、私がするわけないでしょ。馬鹿にしてるのなら殺すわよ」
「……そうですよね、安心しました」
「は?」
「フィオラ様がそんなことをするわけないだろう、と騎士団長が言っていたのです。ともに凱旋するので、戻った時には内部を混乱させるよう申しつかっていたのですが、騎士団長はどちらに?」
……アルク王子はともかく、騎士団長は連れてくればよかったかしら。
「おいてきたわ、急いでたので」
「……そ、そうですか。聖女様は毎日フロアを変えております。今ですと四階です。階段を上がって左一番奥の客室にいるのではないかと。警備の兵士が立っておりますので。ただしその兵士は、我々の仲間ではありません。見たことの無いもの達ですのでお気を付けください。縄を解いていただければ、我々も協力いたします」
「……いらないわ、ここに残りなさい」
私に負けたということにしておけば、万が一私がしくじった場合も、兵士としてこの城で働く道が残されているはずだ。アルク王子のことは知らない。ラインハルト団長と反乱軍でも起こせばいいんじゃないだろうか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます