失策
階段を上がると、すぐさま警備している兵士を物音を立てないように引きずり倒して意識を刈り取る。
廊下の奥を見ると、確かに一番奥にだけ兵士の格好をしたものがいて、ぼんやりとしているのが見えた。やる気はあまりなさそうだ。
一人は窓の外を眺め、一人は寄りかかってうとうとしている。
これなら魔法を使うよりもこっそりと近寄って昏倒させる方が簡単だ。忍び足でゆっくりと廊下を進んでいく。幸いなことにこの階には花瓶が多く置かれていて、近づくときに陰にすることができる。
警備上問題がありそうだが、なぜどけなかったのか。
香りの強い花ばかり活けてあるせいで、鼻が曲がりそうだ。
そっと近づいて部屋の前の兵士たちを昏倒させた。声を上げる間もなく、といえば格好はつくが、二人ともあまりにやる気のない態度だったのでさほど難しくもなかった。
扉をゆっくりと開ける。ぶわっと廊下同様、むせかえるような花の香りが広がり眉を顰める。中は薄暗く良く見えない。天蓋のついたベッドがあるものの、誰も使っていなさそうだ。
不意に、花の匂いに交じって、魔術インクの香りが漂ってきて私は失敗に気がつく。
まずいと判断し、扉を閉めた直後、城中に警報音が鳴り響いた。
おそらく扉の裏に魔術インクで魔方陣が描かれていたのだ。こういったちまちました魔法の研究は、【塔の頂】と呼ばれた学園長の得意とするところである。
あの禿頭で髭を生やした学園長は、魔方陣を使うことに関してだけは、私より優っていると言える。
ただ音を鳴らすだけの魔法。きっと扉を開けると作動する類のものだ。すぐさまこの場から離れようと廊下を戻り始めると、どかどかと足音がして階段から兵士たちが現れた。
突破することは難しくないが、少し時間がかかる。
これからまた聖女様の居場所を探って救出するのはあまりに難しかった。
先ほどの兵士に騙されたのか、それとも警備の兵士にも知らせずに行われたことなのか。一瞬そんな考えが頭をよぎったが、今はそれどころではない。
ここにいないとすればどの部屋にいるのか。もはや殲滅して総当たりしていくしかないのか?どちらにせよ、まずこの場を抜けることが肝要だ。
魔力を使って巨大な炎を練り上げようとして気がつく。魔法の使用が何かによって阻害されている。いつも通りの魔法を作ろうとしているのに、生み出される炎が指先くらいにしかならない。
忌々しく思いながら炎を消して、気がつく。今いる位置にいたるまでの扉のすべてがぼんやりと光、この空間の魔力をかき乱していた。
迂闊だった。
それぞれの部屋に魔力の集まりを妨害するための魔方陣が書かれているようだ。
魔術インクの独特の匂いに気付かせないために置かれた花々。
わざと気を抜いた兵士を配置して、私をこの廊下の奥まで誘い込み、扉を開けさせて追い詰める。
腹いせに地面に寝転がる兵士の息の根を止めてやろうかと思ったけれど、馬鹿らしくなってやめる。二人命を奪ったところで何も変わらない。きっと人質にする価値もないのだろう。
剣を抜く。
突破できないことはない。しかし、増々時間がかかるのは間違いなかった。
こちらに走り出した兵士たちに向けて、私も距離を詰める。
花がいけられた高そうな花瓶を、片手で兵士たちに放り投げる。八つ当たりではない、相手の先頭の勢いを軽減させるためだ。割れた花瓶は足元で、彼らの動きを阻害してくれることだろう。
二つ目の花瓶を投げて、いざ接敵というところで、廊下中に響く声が聞こえた。
「とまれフィオラ!! 兵たちもだ!!」
私にそれを聞く義務はない。そのまま戦闘にいる兵士の太ももを細剣で貫いてから数歩後ろに下がる。
兵士が痛みに叫び、幾人かの顔に恐怖が見えた。これで少し戦いやすくなる。
「ええい、道を開けろ!!」
聞きなれた父の声に、兵士たちが道を作る。怪我をした兵士も仲間たちに引きずられて左右にはけた。
父、ギルマン=ノヴァ侯爵が、聖女様の首に短剣を突き付けて私の前に立っていた。
一瞬で頭が沸騰するような感覚がして、反射的に魔法を練って炎を飛ばす。小さなそれは、父の前髪を燃やしただけですぐに消えた。
「ふっ、ふざけるな、フィオラ! 聖女が目に入らないのか!?」
「…………見えてますわ、お父様。いったい何の真似ですの?」
「ふ、ふふ。見ての通りだ。国に逆らった娘を捕えるため、こうしてわざわざ出向いてやった。娘の躾は親の仕事だからな」
「そうですの。……今すぐメセラからその汚い手を放しなさい」
「立場をわきまえろ。お前は物心ついた時からそうだったな。親を親とも思わぬ物言い、命令。しつけをしてやろうと思えば魔法と剣で脅す。なんという化け物を生んでしまったかと嘆いたものだ。しかしそれも今日で終わりだ」
「物分かりの悪い父上ですわね。なぜ私より劣った者に従わねばいけないんですの? 小さな子供に鞭を振り下ろそうとすることが躾ですの? 畜生を父と呼んであげたことだけでも感謝してほしいものですわね」
「……聖女を殺すぞ」
「国の希望を恨みで殺すんですの? ……殺したときがここにいる全員の命日ですけれど、もちろん覚悟はできてますのよね?」
「私はこれでも幼少期からのお前を見続けてきたのだ。強がりはよすんだな」
聖女様の首に短剣が僅かにめり込み血が流れる。
それなのにピクリとも聖女様が動きを見せないのが心配だった。
顔色は悪くない、呼吸はしているように見える。
何らかの薬か魔法で眠らされているのだろうか。
許せない。剣を握る手に力がこもる。
「剣を捨てろ」
魔法さえ自由に使えれば、救出の賭けに出る価値はあったが、今の状態では不可能だ。
私は剣を放り投げ、笑った。
「……本当に卑怯で、救いようのない獣ですわね。恥ずかしくないんですの?」
私の挑発を無視して、ギルマンは兵士たちに指示を出した。油断して近づいてきたら組み伏せてやろうと思っていたのに、本当に私のことをよく観察していたのかもしれない。気持ちの悪い。
金属でできた手かせと足かせを持った兵士たちが私に近づいてくる。
その表面には何かの呪文が彫り込まれており、これからも魔術インクの匂いが漂って来ていた。
かたい金属の音がして、手足に冷たく重い枷がつけられる。
魔法を練ろうとすると、案の定上手くいかなかった。
周りに居る兵士たちは恐る恐る作業をして離れていった。
ギルマンの高笑いが廊下に響く。
それでも聖女様はピクリともその身体を動かさなかった。
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あけおめです。
新年早々明るくない話書いてごめんなさい!!!
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