守りたいもの
明かりのない地下牢の壁には、巨大な魔法陣が描かれていた。鉄格子を挟んだ向こう側の壁にあるので文字通り手も足も出ない。
閉じ込められて三日。最低限の水しか与えられていないので、本来であれば思考が鈍ってきてもおかしくない時期だ。
手錠を前で掛けられているのが幸いだった。服の中に隠してあった、携帯食の蜜飴を口に含みながら私は考える。
この地下牢は、恐らくここ数年で作られたものだ。
魔法に対して強く警戒しているところを見ると、最初から私を閉じ込めるために作られたと考えても、自意識過剰ではないだろう。
いくら侯爵といえども、王の許可なく城にこんな空間を作れるはずがない。私の存在が邪魔になって、どこかで失脚させる機会を探っていた、というところか。今回の私は飛んで火にいるなんとやらだったようだ。
そろそろ動かないと、流石に飴だけでは体がもたない。しかし、聖女様の居場所が分からない限り、脱出してもあまり意味がない。
八方ふさがりの状態だった。
しばらくの間目をつぶって悩んでいると、天井の蓋が空いて、三人の影が階段を降りてくる。
予想していた通り、国王と侯爵、それから学園長だった。
「流石の化け物も、丸三日も水しか与えていないと起き上がる元気もないか?」
壁に寄りかかって目を閉じていた私を侯爵が嘲笑する。立場の弱い者にはとことん強くなれる、とても頼りになる侯爵だ。反吐が出る。
「魔法陣は完璧ですな。あの娘がこうして床に座ることしかできぬのは……、こう言っては何だが、気分がいい」
「はは、学園長様も人が悪い」
「侯爵様こそ」
何がおかしいのか。目を開けて睨みつけると、二人が一歩足を引いたのが分かった。これだけ厳重に閉じ込めておいて、まだ私の挙動一つが恐ろしいらしい。大した臆病者っぷりだ。
「フィオラよ。他国に轟くほどの勇名、殺すには惜しいが、そなたはあまりに好き勝手しすぎた。そなたを殺すだけの力があるとわかれば、他国も容易に我が国へ手出しはせぬだろう。……国のために死ね」
「……一人の」
声を出してそれが掠れていることに気付き、眉を顰める。数日会話をしないだけで、音を発することも容易でなくなるらしい。私が弱っていると思ったのか、王の後ろでにやつく二人の顔が腹立たしかった。
「たった一人の女の名で保つような国ならば、近いうちに滅びるのではありませんか?」
「……そなたは大々的に処刑する。処刑する前にこれまでの功績に免じて、一つだけ願いを叶えてやろう。可能な限りだがな」
「王よ、娘は化け物です。そんな温情をかける必要はないかと」
「そうですぞ。葬るにしても万全を期すべきです」
「水しか与えておらず、魔法陣は完璧なのだろう? 何をそんなに恐れる」
王は甘い。他の二人は私と対峙したことがあるから、恐ろしさを本能で理解しているのだろう。
しかし王に臆病者と思われたくない二人は口をつぐんだ。
「でしたら……、死ぬときは聖女様が見える場所で」
「……聖女を人質に取られて死ぬのだ。それくらい許してやろう」
私を馬鹿にするように笑い許諾する王。全能にでもなったつもりだろうか。その余裕が腹立たしかったが、くれると言っている機会はきちんと貰っておこう。
「処刑は明日だ。精々今までの自分の行動を悔いるがよい」
私は返事をせずに目を閉じた。
明日、何かしらの解決をすることができたとしても、次のレペテラ君の魔物の日までには間に合いそうもない。約束を破ることになると思うと、心が痛かった。
◆
レペテラはルブルに抱きかかえられて、まっすぐ王都へと向かっていた。
フィオラを送って帰ってきてからというもの、ルブルの様子が少しおかしかった。
特に何もなかったと報告してきたというのに、どうもそわそわしている。
翌日の夕、いい加減落ち着かない様子にしびれを切らしたレペテラはルブルのことを問い詰める。
するとなんと、森の際で王国の何者かに待ち構えられていたというではないか。
潜入できるような状況ならばともかく、既にばれている王国にフィオラ一人を乗り込ませたことになる。
フィオラがとても強いことを理解していてもなお、レペテラはじっとしていられなかった。
何かできることがあるんじゃないのか。しなければいけないんじゃないのか。
ルブルにお願いをして、レペテラは夜の空を旅立つ。
ゴレアスには念のため風の妖精を連れて、森の際まで進んでいてもらうことにした。
ほんの数か月一緒にいただけのはずなのに、フィオラが来てからのレペテラの生活は一変した。
どこか気まずく思っていたルブルとの関係が円滑になった。
ひどく嫌われていたはずのゴレアスが仲間になった。
先が見えず、死を願うことしかできないはずの未来が開けた。
生きていいのだ。人を傷つけずに済むのだ。仲間たちを守れるのだ。
フィオラは自分のことを見て楽しそうに、優しく穏やかに過ごしてくれる。何もしていないのに、出会った時からずっと与えられてばかりだった。
聖女であるメセラに会った時に少しだけわかったことがあった。
もしかしたらフィオラが、自分とメセラを重ねていたのではないかと。
対極の存在であるはずの自分とメセラの、どこをどう重ねたのかわからなかったけれど、向けられる笑顔が似たものだったから、そうなんじゃないかと思った。
気づいた時もやもやとした思いに駆られたけれど、それはフィオラを嫌う理由にはならなかった。むしろもっと頑張って、自分を見てもらわなければと意気込んだものだった。
フィオラと釣り合うように、と考えてから、何を思っているのだろうと恥ずかしくなったのが昨日のことのようだった。
王都が近くなった頃、地上にアルク王子の姿を見つけて、そこにフィオラの姿を探したが見つからなかった。下から手を振られたが、フィオラの姿がないのなら降りる意味はない。
一刻も早くその姿を見つけたくて、レペテラは申し訳ないと思いつつも、そのままルブルに先を急がせた。
王都上空につくと、妙な人だかりができている。
たくさんの人が自分達を見上げる中で、レペテラはフィオラの姿を見つける。
高い台の上に、フィオラが胸を張って立っている。
手足に枷をはめられて、体が幾分か瘦せてしまっていたが、その堂々とした態度は、確かにフィオラだった。
レペテラは生まれて初めて頭に血が上った。
目の前が真っ赤に染まったような気がして、その数瞬の間、魔物が出てくる扉を制御することを忘れた。
目が八つ、鋭いかぎづめのついた足が三本、尾に蛇を生やした鳥が数十羽、不気味な鳴き声を上げながら空に飛び出していくのを見て、レペテラは我に返った。
高台にいるフィオラと目が合う。
『仕方ないわね』
フィオラがそう呟いて、うっすらと笑ったのが見えた。
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