救出
兵士に両脇を抱えられるようにして、暗い階段を上がる。足をできるだけ自分で動かさないようにして、油断させるのが面倒くさかった。
食事を四日も抜き、得意の魔法陣の手枷をつけてなお、鉄格子を挟まなければ私と対面できない権力者達。大した臆病者っぷりだった。
もし王が近づいてくれば何とかして人質に取ってやろうと思っていたから、判断としては正解かもしれないけれど。
馬車に乗せられ、兵士たちと共に街の広場へと運ばれていく。街の広場では様々なイベントが日夜催されている。その中の一つが処刑だ。確かに私を公の元に殺すつもりでいるらしい。
数十分の移動の後、私はまた両脇を抱えられて、足を引きずるように広場の高台へと連れていかれる。ぐるりと見渡すと、数十メートル先に作られた貴賓室に、目を閉じたままの聖女様の姿を見つけることができた。
侯爵の癇に障る演説が聞こえてくる。
「我が娘フィオラは、魔族に味方し、今や我が国を滅ぼそうとしている。私は我が娘のそんな姿を見ていられなかった。涙を呑んで、親として生きることよりも、この国の貴族の一人としての責務を全うすることを選んだのだ」
よく言う。私の機嫌を窺うことと、こそこそと鼠のように謀略を推し進めることしかできない癖に、いっちょ前に人間みたいな語り口だ。
聖女様は椅子に座っているように見えるけれど、その演説にすら何の反応もない。私の今の状況に対して、ただ目を閉じて祈るような人間でないことは、私が一番知っている。
居場所さえ分かれば、もう弱っている演技は必要ない。
「……離しなさい」
「な、なにを」
「死にたくなければ離しなさいと言っているのが分からないのかしら?」
しっかりと地面に足をつけて、両脇に立つ兵士に忠告をする。私に対して終始怯える姿を見せていた兵士たちは、体を震わせてそっと私から距離を取った。
貴賓で立ち上がった侯爵たちが、唾を飛ばしてわめいているのが見えて笑う。
さて、動こうかと思い始めた瞬間に、広場がにわかに騒がしくなり始めた。処刑を眺めに来た民衆たちが空を見上げ指をさす。ふと私もそちらに目を向けてみると、しかめ面のルブルに抱えられ、目を大きく見開いたレペテラ君がそこにいた。
一瞬空に亀裂が走り、その割れ目から見たことの無い魔物が漏れ出してくる。一体ずつは大した強さがありそうには見えないが、人の半分ほどの大きさを持つそれが群れで現れると、あっという間に辺りが混乱し始めた。
レペテラ君のあの表情は多分怒っているのだ。
怒りのあまり、魔力の制御が上手くいかなくなってしまったらしい。
「仕方ないわね」
きっとあの怒りは私のためだ。笑いごとでも何でもないのに、その怒りが心地よくて、私は思わず笑ってしまった。
ああ、嬉しい。山で待っていて欲しかったけど、私のためにあんなに必死になってくれたレペテラ君に、そんなことを言う気にはなれない。人から怖がられ、身を危険にさらしてまで助けに来てくれた。
私には、無事に聖女様を助け、レペテラ君と共に帰る義務がある。
「イツァム」
私が名を呼ぶと、小さなトカゲが私のポケットから這い出して、体中を歩き回る。そのトカゲが足かせ手枷の表面をはい回ると、その表面はどろりと溶け出し、あっという間に魔法陣の効果を失わせた。
私は間髪入れずに魔法を発動させる。炎の蛇は空に高く上がり、そのまま貴賓室へと襲い掛かった。なにかしらの魔法陣で警戒していたようだが、魔法の蛇は音を立てながら次々とそれを食い破り、最優先で聖女様の周りを囲った。
「流石、姫の魔法は食いでがありそうだ。いいなぁ、僕にもあとでその魔法を食わせておくれよぅ」
私の傍らで、馬車ほどにまで肥大化したトカゲ、火の守護者であるイツァムが媚びた声でおねだりしてくる。大きさと温度を自由に変えられるこのトカゲを懐に入れて連れてきたのは正解だった。
おかげで安心して牢獄の生活を過ごせたというものである。
「もちろん構わないわ。でもその前に、あの魔物を全部喰らってしまいなさい。私は、屑どもを殺してくるわ」
「あいあい、姫のおっしゃる通りに」
歩く先々に炎の残滓を残しながらイツァムは駆ける。その行く先を阻むものは誰もいなかった。体から立ち昇る熱と、真っ赤な体に立ち向かう勇者はこの広場にはいない。イツァムの火炎の舌がベロンと伸びて、空で喚く魔物が一体捕まり、口に入る前に高い断末魔の叫び上げて燃え上がる。
そのまま魔物を丸呑みしたイツァムはぎょろりと目を動かし、空に飛ぶ魔物を探して地面をはい回った。
広場は必至で逃げ回る民衆で大混乱だ。
「……剣を貸しなさい」
腰を抜かした兵士達に告げると、二人ともが我先にと慌てて剣帯を震えた手で外し始める。先に外し終えた兵士が私に向かって差し出した剣を受け取り、私はゆるりと歩き出す。
流石に体が少し重い。少し悠長に待ちすぎただろうか。
しかし、この場面にならないと聖女様の居場所が分からなかったのだから仕方がない。
街の各所へ逃げ出した民衆たちだったが、誰一人として高台の方へは逃げてきていなかった。
侯爵、素晴らしい演説だった。
みんなが皆、私を魔族の仲間だと、この騒ぎの首謀者だと考えているから、私のいる方には逃げてこないのだ。
待っているといい。
今、思い知らせてやる。
ばさりと影が頭上にかかり、聞きなれた声が投げかけられる。
「フィオラお姉さん、どこに行くの!?」
「レペテラ君。助けに来てくれたのね、ありがとう」
「えっ、その、は、はい……!」
照れるレペテラ君がかわいくて心穏やかになってしまっていると、ルブルに乱暴が口を挟んでくる。
「魔王様……! 今は緊急事態ですので、お話割らせていただきますぞ。小娘、聖女を助けるのだろう?」
「ええ、そうよ」
「ならば走れ、何をのんびりしている」
「別にのんびりしているわけじゃないわ。人間って数日碌な食事をとらないと、すぐには体に力が入らないのよ」
「ええい、ちゃんとピンチに陥っていたのか、まったく!!」
ルブルが舞い降りてきて私を抱き上げる。
右腕にレペテラ君、左腕に私。
とても主人やレディを運ぶ姿勢ではないのだけれど、今回は不問にしてやる。
「聖女のところまで飛ぶぞ」
「役に立つわね、ルブル」
「うるさい、黙っていろ!」
少し時間がかかるだろうと思っていた移動だったが、空を飛べば一瞬だった。貴賓室へ風と共に飛び込んだルブルは、その勢いのまま聖女様を囲む炎に苦戦している兵士たちを蹴り飛ばす。
吹き飛んだ兵士は転がって壁にぶつかり、完全に動かなくなった。死んではいないが無事ではないだろう。
私達から一斉に距離を取った兵士たちは、王たちの前に並びこちらを警戒している。判断としては間違っていないのに、侯爵は後ろで戦えと喚いているのが見えた。
魔法を消して聖女様の傍に駆け寄る。
呼吸はしている。怪我もなさそうだ。
安心したら、ぐらりと視界がゆがむ。地面が揺れるような感覚があったが、弱っていることを見せたくなかったので、歯を食いしばってその場に仁王立ちした。
やはり体力の摩耗が激しいらしい。私は大きく息を吐いて、対面する兵士たちを睨みつけた。
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