けじめ

 何も気づかわずに魔法を数発はなってしまえば済む話ではある。

 ただそれをすると後で聖女様が目を覚ました時に悲しい顔をするような気がした。私にも譲れない部分はあるから、なんでもかんでも殺さないで済ませるわけではない。しかし、最低限の良心として心の中に聖女様を住まわせるようにしていた。

 例えばあちら側にいる兵士について考えると、『敵に回っているのだから殺して当たり前』というのが私の考え。『命令に忠実なだけで悪いことをしたわけではない、彼らにも家族がいるし』というのが聖女様の考えだ。


 さてどうしたものか。


 あまり時間をかけると、私の体調的によろしくない。

 やはり後顧の憂いを断つために、さっさと殺してしまうべきか。


 そんなことを考えていると、広場への入口が騒がしくなってきたので、そちらに目を向ける。

 装備が整った兵士たちが数十人なだれ込んできたのが見えた。


 そろそろタイムリミットだ。

 最低限やらなければいけないことは、聖女様の状態の確認をすることと、できれば武器を取り戻すことだ。先ほど確認したが、私の細剣が王の腰に収まっているのが心底気に食わない。


「国のために素直に死んでいればよかったものを! この化け物め!」

「黙りなさい、ギルマン侯爵。あなたの命は今私の手の上にあることを忘れないことね」

「強がりを……。見ろ、騎士団長ら精鋭たちが帰ってきたぞ! 剣のない今、奴と学園長さえいれば、流石のお前も対処できまい」

「……ふぅん」


 よく見てみれば広場に入ってきたのは騎士団長達らしい。中にはアルク王子も紛れ込んでいるのが確認できた。


「おお、アルクも戻ってきているな。まったく、あれだけ意気込んで出かけてすれ違っていたのか。土壇場で間に合っただけよしとしよう」


 王が何か勘違いをして偉そうなことをほざいたのが聞こえた。自分達がまだ有利だと勘違いしている節がある。折角だからこの状況を使って奴らの本音でも聞いておくとしよう。


「陛下、私の武器を返してくださるかしら」

「これは元々国宝を削り出して作ったものだ。儂の腰にあるのがふさわしい」

「そう。ところで、魔族との同盟の話、アルク王子からきいているかしら?」


 国王は私の提案を鼻で笑い、こちらを見下した表情で答えた。


「魔族との同盟? 我々の奴隷として生きるのならともかく、対等な立場になどするわけがあるまい。戯言も大概にせよ、そんなことをアルクが申し出ていたら、すぐさま廃嫡しているわ」


 騎士団長達が王たちの背後にたどり着き、逃げ道を塞ぐように整列する。彼らがまだ敵側に回る可能性はなくもない。私はいざという時には全てを焼き尽くしてこの場から立ち去るつもりだ。戦力を考えると、裏切られた場合は流石に手加減をしている場合ではない。


「私が先手を、ラインハルト殿はそれに続いてくだされ! あのにっくき娘に死を!!」


 学園長により数十本ものスクロールが床にばらまかれ、そこから一斉に水の蛇が生まれ、床を這い私達の方へと這いずってくる。相変わらず魔法陣頼りの応用力のない魔法だった。

 私がそれを相殺するために魔力を練ろうとした瞬間、眼前に燃え上がる蜥蜴、イツァムが飛び出してくる。イツァムにぶつかった水蛇は、瞬く間に音を立てて水蒸気となり、宙へと霧散していった。


「いいタイミングね」

「鳥を食べ終わっちゃったからねぃ」


 突然王たちの陣営から醜い叫び声が聞こえてきた。


「イツァム、見えないわ」

「あいあい」


 しゅるしゅるとイツァムが小さくなると、視線の先に右腕を切り飛ばされた学園長の姿が見えた。剣を振り切っているのは騎士団長であるラインハルト。どうやら彼はこの状況であっても私に味方するつもりらしい。先の言葉は嘘ではなかったということか。悪い気分ではない。


「な、なにをしておる、ラインハルト!!」

「いい年をした爺さんが、若い女性にいつまでも嫉妬をしていては醜いですなぁ」


 転げまわる学園長と、一喝する王に対して、ラインハルトは飄々と言い返した。


「古い貴族の甘言ばかり聞き入れて軍をないがしろにし、若い才能を従えようと画策。聖女様を盾に重税を課し、国民を蔑ろにする王には、心底うんざりしていたんですよ。俺はフィオラ嬢につきますよ。新しい可能性に賭けましょう」

「愚かな……。アルク! お前もそちら側か!?」

「私はもう少し穏便に進めるつもりでいたんですが……。父上、魔族は協力できる相手です。今からでもお考え直しを」

「ええい、馬鹿者め! 惑わされたか」


 私は彼らが話をすすめている間に、聖女様をルブルに任せて歩みを進める。


「陛下。剣を返していただけますか?」


 顔を真っ青にして足を震わせているギルマン侯爵はもう何の役にも立たないだろう。床で転がって腕を抑える学園長も話にならない。今まともに会話が通じるのは国王くらいだ。

 私が一定の距離まで近づくと、あろうことか国王は剣を抜いて私に突き出してくる。決して悪い腕ではなかったが、さび付いた腕に斬られてやるほど私はお人よしではない。

 兵士から借りた剣を抜いて、その先端同士を絡ませ空中に巻き上げる。呆然とする王をしり目に、私は落ちてくる剣を片手で受け止めた。

 しっくりと手に馴染む私専用の剣。使いこなせない者の腰にあってももったいない。


「お返しいただきありがとうございます、陛下」


 視界の端に国王を置いて逃げ出そうとする愚か者の姿が見えて、私は兵士から借りた剣を投擲した。逃げ出す場所などないのに、往生際の悪い。

 投げた剣はギルマン侯爵の太ももを貫き、悲鳴を上げさせた。


「陛下、メセラは何でずっと眠っているのかしら? もしあのまま目覚めないようでしたら、私にも考えがあるのですが」

「……薬を嗅がせているだけだ。時間が立てば目を覚ます」

「噓でしたら殺しますわよ」

「……その王を王とも思わぬ態度が気に食わなかった。最後まで不愉快な娘よ。今更噓などつくものか」


 一先ず信用することにしておこう。

 王を越えて後ろにいるアルク王子と騎士団長に声をかける。


「この場は任せるわ。いいようにして頂戴。私はメセラを連れて山へ帰るわ」


 最後まで裏切らなかったのだ。少しくらいは信用してもいいだろう。アルク王子にけじめを任せることで、今後動きやすくなるかもしれない。

 私は振り返ってレペテラ君の方へ歩く。

 景色がゆっくりと歪み、足が柔らかい砂の上を歩いているような感覚になってきて、これはまずいなと自覚した。

 顔を顰めると、レペテラ君が駆け寄ってきてくれているのが見える。体の力がふっと抜けて、レペテラ君顔が近づく。

 ああ、レペテラ君を押しつぶしたりしていないだろうか。怪我をさせていないといいのだけれど。

 それだけを少しだけ心配しながら、私の意識はぷつりとそこで途切れた。

 



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