満たされて
好きな人が他の女を見るのが嫌だった。
最初はただそれだけだったはず。あれだけ酷い目にあったのに『次があれば』と三度も同じようなことを繰り返した私は、確かにあの父親の娘だったのだろうと思う。
上手くいかなければ叩いてできるまでやらされたのは、もちろん愛情からではない。政治の道具として利用したかったからだ。
それくらいは理解できていた愚かな私は、親の愛を求める代わりに、アルク王子からひたすらに愛されようと努力することにした。汚いやり方ばかり見て育った私は、結局失敗したのだけれど。
四度目の私。どう頑張ってもアルク王子から愛を貰えないのだと絶望した私は、はじめて人から想われた。それも相手は自分が虐げ続けてきた聖女様だったというのだからとんだお笑い草だ。
五度目には聖女様に先に愛を伝えた。悪くない毎日だったはずなのだが、婚約者であるアルク王子は、自分を蔑ろにして聖女様ばかり追いかける私が気に食わなかったらしい。魔法も剣術もそれなりに頑張って鍛えていたのだけれど、暗部のもの達に襲われた死んだ。死ぬのは構わなかった。ただその時に聖女様を巻き込んでしまったことだけが私の後悔だった。
六度目の人生。暗殺から身を守るために鍛錬を繰り返した。やはりアルク王子に対して、一番怒りを感じていた人生だったように思う。学園を無事卒業できたものの、あふれ出してきた魔物の原因を探る旅の途中で、アルク王子に見捨てられた。あの時に卑屈な笑みは今でも頭にしっかりと残っている。
私に向けて手を伸ばしてくれた聖女様を連れて逃げていったアルク王子。あのあと聖女様は無事だったのだろうか。
七度目には相当強くなってきた。それでもやはり数には勝てずに、聖女様を守るために命を投げ出した。魔物が強い、というよりは、一人では殺しきれないのが問題だった。次の人生ではもっと魔力を鍛えようと誓った。もはや次の人生が当たり前になっていた。
八度目、まだ魔力が足りない。鍛えているうちにアルク王子のことがどうでもよくなってきた。旅立つ前に国宝である熔岩龍の牙で作られた剣を授けられた。これが手に馴染み次から積極的に手に入れるよう努力した。
九度目の時、守護者の大半を撃破した。それでも私が負けたのは大量の魔物が山からあふれてきたからだ。魔力を振り絞って対抗したが、それが切れた瞬間に蹂躙された。聖女様は先に逃がしたけれど、きっとあれでは助からなかっただろう。
十度目。魔物が増える前に魔王の討伐に向かった。いよいよ山へたどり着くという時に、後ろに控えていた聖女様が人質に取られた。トーレンが森に擬態をし、ずっと私達の隙を窺っていたのだ。私は迷わず駆け寄り、自分の身体を犠牲にして聖女様を助け出した。もしこの後平和が訪れたとして、聖女様がいない人生ならばあまり意味がないと思っていたからだ。
死ぬ直前に、聖女様の怒った顔を見た気がする。もう何も聞こえなくなっていたけれど、不思議なことに敵の攻撃がやんでいたのを覚えている。
遠くから足音が聞こえて、そうだ。今よりも少し背の高いレペテラ君が、必死に何かを叫んでいるのが聞こえた。頭に角が生えていて、綺麗な顔をゆがませて、なぜだか泣きそうな顔をしていた。敵が死ぬのを見て何をしているんだと思ったんだった。チャンスなのになぜ攻撃してこないんだと思ったのだった。
トーレンの動きが再び活性化して、聖女様とアルク王子を襲う。
レペテラ君が腕を広げて後ろに聖女様をかばって、それからそれから、どうなったんだろう。
十一度目に目を覚まして私は思った。優しい人の悲しむ顔も怒った顔も、もう見たくない。全部一人でやろう。全部一人で終わらせよう。
死ぬ直前のことは、いつもあまりよく覚えていない。印象に残ったあの悲しい顔は、聖女様のものだったのだろうか。それともレペテラ君のものだったのだろうか。
今更レペテラ君に出会っていたことを思い出した私は、まどろみの中からゆっくりと意識を浮かび上がらせる。この感覚は、いつもの新しい人生が始まるときのものに似ていた。
今度は助けられたのだろうか。
私死んだのだろうか。
どちらでも良いけれど、彼女と彼が、悲しい顔をしていなければいいのだけれど。そう思いながら私はゆっくりと目を開けた。
「フィオラお姉さん……?」
わずかにぼやける視界。
ルビー色の双眸が私をじっと見下ろしている。
長い銀色の髪が垂れて私の頬をくすぐり、白く細い指がそれをかき上げる。
「良かった、目を覚ました……」
左手をしっかりと両手で握ってレペテラ君がそう呟いた。その美しい顔にくらりと、また意識が揺れたけれど、心配させまいと辛うじてそれに耐える。
おなかの上に何かのぬくもりを感じて、わずかに首をもたげて見ると、聖女様が私のお腹の上に腕と顔を乗せて眠っていた。その顔の下には私の右手が入り込んでいて、動かそうとするとわずかに痺れていることが分かる。
……甘い痺れだ。いくらでも使ってもらって構わない。
「……生きているみたいね、私」
レペテラ君は柳眉を逆立てて珍しく厳しい顔を作る。
「当たり前じゃないですか。いくらフィオラお姉さんが強いからと言って、やっぱり一人で行かせるべきじゃありませんでした。何かあったらどうしようかと……。次に何かあったら、絶対に僕も一緒に行きます」
ぎゅっと強く手を握られて、思わずお願いしたくなったけれど、レペテラ君のことを危ない目にあわせるのはごめんだ。私は誤魔化すためにうっすらと笑い答える。
「レペテラ君、随分と私に入れ込んでいるわね」
「はい、そうです。メセラさんにもフィオラお姉さんのことを頼まれました」
いつもだったら照れて目をそらすくらいすると思ったのに、今日はやけに男らしい。自分の頬が少し赤くなるのを感じて、私はいたたまれずに右腕をそっと動かした。
聖女様が小さく声を出してもぞもぞと動きだし、顔を上げて口元をぬぐう。
おなかがちょっと湿っぽいのは、どうやら涎を垂らしていたかららしい。
「……フィオラさん! 良かった、目を覚ましたんですね」
「ええ、ちょっと寝不足と栄養不足だっただけよ。そんなことよりメセラは……」
「そんなことじゃないです! 本当に無事でよかった……」
右手を強く握られると、びりびりと痒いような変なしびれがくる。今だけはもうちょっとだけ優しく握って欲しかった。
「ええっと、まずはお医者さんを呼んで……、あ、ご飯! 消化のいいものを用意してもらわないとね」
「ルブルも呼んでこようかな、心配してたし」
私の身体の上で二人が相談事を始める。内容は私の心配をすることばかりで、なんだか勘違いでなければ、随分と愛されているのではないかというような気がしてきてしまった。
嬉しくて、幸せで、顔がゆるりとほころんでいくのを感じる。それを嚙み締めていると、二人が会話をやめて私の方を見ていることに気がついた。
二人してキョトンとした表情をしているのが愛おしくて、思わず二人ともを一緒に抱き寄せる。
ああ、そうか。
これが愛されるということか、愛するということか。胸の奥がじんわりと満たされていく感覚がして、私は一言だけ、心の底からあふれた言葉を二人に送った。
「……二人とも、大好きよ」
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ここまでご覧いただきありがとうございます。
この話をもって『悪役令嬢、十回死んだらなんか壊れた』は一段落とさせていただきます。
ただ国の行く末も、この三人のこれからも、世界の謎もまだ書けていません。
先の構想もあるので、番外編をいくつか書いて、またすぐ再開するかもしれません。
その時は、どうぞまたよろしくお願いいたします。
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