閑話
目覚まし
二人を抱きしめているうちに、色んなことがどうでもよくなってきた。とはいえ、これからのことを考えれば、気を失っている間に何が起こったのかを知る必要はある。
名残惜しいけれどそっと二人を放すと、またくらりとわずかに眩暈がした。二人を心配させないために悟らせないよう気づかいながら呼吸を整える。
気を失ってしまったのは、牢内で警戒のため睡眠をできるだけとらないようにしていたせいだ。この眩暈は恐らく栄養不足のせいだろう。思っていたよりも私の身体は柔にできているらしい。
「ここは、城の中ね? どのくらい眠っていたのかしら」
石造りの重厚な造りを見る限り、山の中の屋敷でないことは確かだ。部屋の調度品もいやらしくない程度には整っている。おそらく賓客のために用意されている部屋なのだろう。
「丸一日眠ってたねぃ。まったく、僕がいたんだからさぁ、さっさとあんな部屋から脱出すりゃあよかったんだよ」
枕の横にいたらしいイツァムが肩まで登ってきて耳元で騒ぐ。未だ体調が万全じゃないせいで声が耳にキーンと響き、はたき落としてやろうかとも思ったが、今回の件で世話になったので雑に扱うわけにもいかない。
「メセラの居場所がハッキリしない以上迂闊に動くわけにはいかなかったのよ」
「姫はさぁ」
「それですフィオラさん! もっと早く脱出する術があったのならちゃんと逃げてください。そこのとかげさんから聞きましたよ。いつでも脱出できたのにしなかったと。私には利用価値があるんですからすぐに殺されたりはしません。もっと自分のことを大事にしてください」
体を大きく乗り出してイツァムの声を遮ったの聖女様だった。私のことを心配して言ってくれているし、もっともな話ではある。
冷静に考えれば体力のある早い段階で脱出し武器を確保。それから幾人か人を殺したうえで重要人物を人質にとり、聖女様と交換するように呼びかければ聞きとげられる可能性は高かっただろう。
でもそうして助けられた時、きっと聖女様は悲しむはずだ。
今回選んだ方法がもっとも被害が小さくてリターンが大きかった。また同じシチュエーションになっても、結局私は同じ方法をとってしまう気がする。
じっと返事を待たれて気まずくなった私は、顔を反対側に逸らす。すると今度はレペテラ君と目が合った。
「僕ももしそんなことがあって、フィオラお姉さんが自分を犠牲にして助けに来たら、多分悲しい……いえ、悔しいと思います」
「負け負け、姫の負けだねぃ」
「善処するわ」
心配してもらえるのは嬉しいけれど、やりませんと約束はできない。聖女様が口をとがらせて、レペテラ君は苦笑いだ。さてどうしたものかと考えていると、そーっと部屋の扉が開けられて、隙間からルブルが顔をのぞかせる。
私と目が合うと、ルブルはそのまま扉を大きく開き、胸を張って中へ入ってきた。
「ようやく目を覚ましたか小娘よ、随分と情けない姿だな」
「レディの寝室に入って最初に言うことがそれ? 相変わらず無作法な鳥ね」
「口の減らない。今回は私がいなければ危なかったろうに。何か言うことはないのか、ん?」
「そうね。役に立ったわ」
にまーっと笑ったルブルは、得意げに鼻の穴を膨らます。わかりやすく調子に乗っているようで、腹が立つというより呆れてしまう。
「褒めてあげるわ。今後も励みなさい」
「そうだろうそうだろう。そう思うのであれば今後はこの私に対する態度を……ん? おい、私はお前の部下ではないぞ、何だその物言いは」
「いい働きだったと褒めてあげてるじゃない。素直に受け取りなさい」
「ん? んんん? まぁ、そうか? 褒められているか」
首をひねり始めたルブルのことは放っておくとして、山へ戻るにもまずは体力の回復が必要だ。十分に休息はとれたので、あとは食事をとって体調を戻すだけになる。ここが城だというのなら、きっと頼めば食事もすぐに用意してもらえるはずだ。
問題は私を疎ましく思うものがいて、毒を入れられたりしないかだけれど。
考えていると、ドアが数度ノックされる。ルブルとは違って、作法をわきまえている相手なのだろう。病人の部屋だというのに来客が多い。
「どうぞ」
私のために用意された部屋なのだろうから、返事は私がするべきだろう。反応待ってから扉が開けられ、腰に剣を下げただけのラフな格好をした騎士団長ラインハルトが部屋へ入ってきた。
「目を覚ましたのですね。十分休めましたか?」
「眠気はないわね」
「では食欲は?」
「かなり空腹よ」
「用意させましょう、しばらくお待ちを」
戦うこと一辺倒の男だとばかり思っていたのだけれど、意外に気が利く男だ。レペテラ君と聖女様は一緒にこの部屋にいてくれるだけで、気持ちはお腹いっぱいになるのだけれど。イツァムやルブルはもう少し気をきかせてもらいたい。
「おなか減ってたなら言ってくれてもよかったのに……」
少し落ち込み気味の聖女様の頭を撫でる。ついでに反対の手でレペテラ君の頭も撫でる。二人は唐突な私の行動にも何も言わず黙って撫でられていてくれる。少しがんばったご褒美だろうか。
私がずっとここで暮らしたいかもと思い始めていた時、バンと大きな音を立てて部屋に乱入者が現れた。
やってくれる。
ルブルよりも空気の読めないバカはどこのどいつだ。
「フィオラ嬢! 目を覚ましたのだな!!」
「うるさいわ、アルク王子」
この王子、少しは騎士団長を見習うことはできないのかしら。
悪役令嬢、十回死んだらなんか壊れた。 嶋野夕陽 @simanokogomizu
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