夜になく鳥

「魔王様! 魔王様! ご無事ですか!?」


 ベッドでうとうととしていたレペテラは、聞きなれないしゃがれた声に起こされた。ルブルの声である気はするが、それにしては随分と声が枯れている。ドアを開けるかどうか悩んでしまうところだ。


「魔王様! ちょっと失礼!」


 鍵がかかっていない部屋を勢いよく開けて、あちこちが焦げているルブルが部屋に飛び込んできた。


「ルブルこそどうしたの!」

「私のことなどどうでもよろしい。魔王様の帰りが遅かったのでお迎えに上がったところ、洞窟の滞在許可を得たと嘯く女がおり、そいつにやられました。しかしこちらにおわすということは、あの女とは出会わなかったんですな。このルブル、肝が縮みましたぞ」

「え! も、もしかして戦ったの!?」

「ええ、いいところで勘弁してやりましたが、明日まだいるようでしたら息の根を止めてやりますぞ」


 レペテラは白い顔からさらに血の気がひいた。慌ててベッドから降りて、着の身着のまま部屋から飛び出す。


「どうされたんですか、魔王様!」


 魔力が豊富で魔物を生み出すということ以外、レペテラの能力は同年代の子供と変わらない。すぐに追いかけてきたルブルが慌てて横に並び尋ねる。


「お姉さんには本当に僕が洞窟を使っていいって言ったんだ! こんなことになると思わなくて! 強いルブルがそれだけ怪我してるんだもの、お姉さんだってひどい怪我をしてるんでしょ!?」

「へっ!?」


 奇妙な高い声を上げたルブルは、目を泳がせながら考える。


「だ、大丈夫です、魔王様。あの女、なかなかの強者でしたから、痛み分けといったとこでして、はい」

「やっぱり怪我してるんだ! ごめんルブル、嫌かもしれないけど、僕を洞窟まで運んで? 心配なんだ」

「え、いや、あのぉ」


 レペテラは悲しい顔をしてルブルを見上げた。


「そう……、だよね。これだけ傷つけてきた相手の心配をするなんて、嫌だよね……。ルブルだって怪我しているし、辛いよね……」

「いや! そんなことはございませんぞ、このルブル体はピンピン。あんな女にやられるわけがないでしょう。魔王様一人くらい、自慢の羽でひとっ飛びです!」

「ううん、いいんだ。僕一人で行ってくる……。仲間を傷つけられたのに、こんな頼りなくてごめんね……。僕が勝手に滞在許可なんて出したのが悪いんだ……」


 そういって走り出したレペテラに、焦げついた羽のついた手が伸ばされる。出しては戻しを数度繰り返してから、ルブルはその羽をはばたかせた。

 後方からレペテラに近づき、攫うように抱き上げる。


「……運んでくれるの?」

「い、いやっ! こんな時間にレディのいる寝所を尋ねるのは無礼ではないかと!」


 癪ではあったが、先ほど自分が言われたことを思い出しながら、ルブルはしどろもどろに言い訳をする。


「でも、怪我をしていたら心配だし……」

「…………ございません!」


 しょんぼりとした雰囲気の主人に、ついに耐えられなくなったルブルは大きな声を張り上げた。


「あちらの化け物女には一切の怪我はございません! 一方的に焼かれて足蹴にされて帰って参りました!」

「え?」

「羽も足も出ないとはまさにあのことで、おそらくあやつは人間の最終兵器か何かですぞ! このルブルがこんな目に遭わされて、なお余裕を感じました。見ていただければわかるでしょう! 致命的な怪我は一切なく、一方的に嬲られたのです。このルブル、もう悔しくて悔しくて……。明日こそ必ずリベンジをと思いつつも、先ほどのことを考えると体が震える始末……!」


 ゆっくりと降下しながら喋るルブルは、そのまま着地して、ついには膝をついて、男泣きしながら地面を拳で叩き始めた。


「こけぇええええ、魔王様の側近を名乗っておきながら、我が身の不甲斐なさが情けない!」

「あ、あの、ルブル?」

「どぅーどぅるぅ、その上魔王様に嘘を吐こうだなんて、卑賤な私を罰してくだされ!!」

「えっと、あの、大きな怪我がなくてよかった、です……。お姉さんも無事みたいですし……」


 思わず敬語になってしまったレペテラは、ジリッと一歩身をひいた。成人した男、それも二メートル近い長身の男が高い声を出しながら泣く姿はなかなか迫力があった。


「くぃくぃりくぅ、なんて慈悲深い! ルブルは感激して、感激して!」

「あの、はい、わかりました。屋敷に戻りましょう。ルブルの怪我だって心配ですし、お姉さんは明日訪ねることにしますから、ね? 泣き止んでください。僕はルブルを頼りにしてますから」


 レペテラが背中をさすってやりながら声をかけてやると、ルブルはずびずびと鼻水を啜りながら、ぐちゃぐちゃになった顔を上げた。


「ほ、本当ですか? こんな情けないルブルを頼りにしてくださるのですか?」

「も、もちろん。その……ルブルはいつも僕のことを心配してくれるし、かっこいいと思ってるよ」

「……はい、戻ります。こっこっ、あ、明日は、私めが魔王様を、洞窟にお連れいたしますので」

「う、うん、喧嘩しないでね?」

「ええ、ええ、もちろんですとも。魔王様に免じて勘弁してやりますとも」


 どちらかといえばルブルのことの方が心配で言っているのだが、それをいうとまた泣き出してしまいそうだと思って、レペテラは賢明にも口を噤んだ。

 あと、ルブルの泣き声は朝告げ鳥そっくりだなと思ったが、念のためそれも言わないでおいた。

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