魔女
なんて有意義な時間だったのだろう。
レペテラ君の好物や、これまでの暮らしぶりを聞いているうちに、あっという間に時間になってしまった。
名残惜しそうに去って行く姿を笑顔で見送って、しばし余韻に浸る。先ほどまで彼が座っていた椅子に腰を下ろすと、まだ仄かに温もりが残っている。とてもいい。
ここに来るまでにそれなりの数の魔物と魔族を討伐した。これから彼が魔物を生み出すことを押さえ続けていれば、きっと王国付近に魔物が出没することは避けられるはずだ。
つまり、聖女様は危険な目に合わなくて済む。魔王、つまりレペテラ君を倒す必要もなくなるわけだ。
しかし気になるのはレペテラ君の話でも出てきた神の存在だ。確か以前に何度か魔王を討伐しに向かった時も、聖女様に神からの啓示がもたらされていた。
王国から真っすぐ北へ北へ向かった山の中に、魔物を生み出す魔王がいる。それを倒せば、世界に平和が訪れる。
「おい、誰だ貴様! 魔王様をどこへやった!」
なんか胡散臭い。確かに予言はしているけれど、マッチポンプして信仰心を集めようとしているだけな気もする。というか、レペテラ君と聖女様を対立させようとしているのが気に食わない。
しかもレペテラ君を倒させるの前提だ。絶対に性格が悪い。
「聞いてんのか、それとも耳が悪いのか!?」
私の身に起こっているこの繰り返しだって、常人の仕業とは思えない。もしかするとその神とやらが絡んでいる可能性があった。これまでの何度かの人生で、そう言った可能性について調べたこともあったが、神が実際に干渉してきたと思われるのは、聖女様に神託を授ける時くらいだ。
少なくとも五度目六度目は現場を見張っていても何も分からなかった。あれきり意味がないと思いやめてしまったが、今世では試してみる価値があるかもしれない。
「答えぬというのなら痛めつけて答えさせてやろう! 我がかぎづめの鋭さにおびえよ。我こそは魔王様の側近、ルブル=アルグ=ホーミン……」
「うるさいわね」
聖女様とレペテラ君のことを考えている幸せな時間を邪魔する愚か者に向けて剣を抜き、刃に紅蓮の炎を纏わせた。長い名乗りには聞き覚えがある。
これまでの人生のうちでも何度も襲われ、ある時は死の原因を作られたこともあった魔族だ。間抜けた語り口の割に戦闘能力は高く、空高く離脱されると追いかけることも難しい。何度も襲いに来るこの鳥に対するヘイトは高かった。
「ま、まさか、最近各地で魔物を殺しまわってる人間か! もうこんな所まで……。貴様、魔王様をどこにやった!」
とはいえ、ルブルの側近という名乗りが本当なのだとしたら、殺してしまうと愛しのレペテラ君が悲しむかもしれない。
「レペテラ君なら、さっきお家に帰ったわよ。私は許可をもらってここに泊まっているの。甲高い声が鬱陶しいわ。彼に免じて見逃してあげるから、疾く失せなさい」
「はっ! 人間の言葉など信じるものか! その憎たらしい目をえぐってから本当に事を吐かせてやる」
「信じないなら最初から聞かなければよいでしょう?」
そう言って鼻で笑ってやると、激昂したルブルが低空飛行をして洞窟の中へ飛び込んできた。地の利を自ら捨てるとは何て愚かなこと。この鳥が唯一私に優っている面があるとすれば、空高く自由に飛び上がれることだというのに。
◆
時はフィオラが学園を出てすぐの頃にさかのぼる。
「アルク様。昨日からフィオラさんの姿を見ないのですが、何かご存じありませんか? いつもでしたら私が目を覚ました頃には窓から顔を出していたり、気づいたら後ろにずっとついて来たりしていたのに。こんなに姿を見せなかったことは、学園に来てから一度もないのです」
「……私も知らん」
「本当に?」
アルク王子は聖女メセラに詰め寄られて動揺した。その菫色の瞳に嘘をつくのは難しい。
「本当に知らない。ただ……、その、一昨日彼女に頼み込んで、私との婚約を白紙に戻してもらった。……ので、そこに原因がある可能性はある」
メセラは息をのんで口元に両手を当てた。目を大きく見開いてジッとアルクを見つめる。言葉では何も言わなくても、明確に責めていることが伝わる視線だった。
「いや、でも彼女は私のことなどどうでも良いと思っているだろう! その話をしたときも、何の表情の変化もなく承諾されたぞ!」
「いいえ。いいえ、そんなことあるはずがありません! 彼女が感情を見せるのはいつだってアルク様のお話をしている時でした。他のどんなことにも関心を寄せない彼女が、あなたの話をするときだけはこうして、ぎゅっと眉間に皴を寄せるのです」
メセラは指でぎゅーっと眉を押してその間にしわを寄せた。
「それは……。能力のない私の婚約者などにされたから、私に対して嫌悪感があるのだろう。それを言うのなら、君と一緒にいるとき、彼女はいつもだらしのない顔をしているぞ!」
「……そうでしょうか? 私が見るといつもきりっと凛々しいお顔をされてますけど」
「あいつは君が見たときだけきゅっと表情が引き締まるんだ! そうでないときは気持ちの悪い顔をしているんだぞ!」
「仮にも婚約者である女性を気持ち悪いなどと、二度と言わないでください」
「……もう婚約は破棄させてもらった。それに、彼女は君のストーカーみたいなものだっただろう。気持ち悪くはなかったのか!?」
「なんてひどいことを……。確かに過剰に私と一緒に居たがる節はありましたが、彼女は私の嫌がることは何もしませんでした。朝一番に挨拶できることは嬉しかったですし、困ったときにはいつだって助けてくれました!」
「君たちは付き合っていたのか!? 私よりよっぽど婚約者らしいではないか!」
「あっ……。……そう言うことでしたか、申し訳ございません」
手を合わせて急に謝り出したメセラを見て、アルクは嫌な予感がする。彼女は美しくて優しくて素直だが、思い込みが激しくてちょっとずれているのだ。
「私に嫉妬して、気をひくために婚約を破棄したんですね……」
「違う! 私が好きなのは君だ!」
「私の存在が疎ましかったでしょうに、気を使ってくださって……」
どさくさに紛れて告白したのに、あっさりと流されてアルクは意気消沈した。そんな様子を気に留めずメセラは続ける。
「わかりました。一緒にフィオラ様を探しに参りましょう! 今度見つけたら必ず誤解を解いてくださいね。私、応援してますから。そうと決まれば情報を集めなくては」
ぱたぱたと走り去っていくメセラを止めようと手を伸ばしたアルクは、待てよと考える。メセラと二人でフィオラを探すことで、二人の仲を深めることができるのではないだろうか。
今まではメセラに近づこうとすると、鬼のような形相でフィオラに邪魔をされていたが、今ではその姿もない。これはチャンスだ。
アルクは「ふむ」と頷いて、これからの計画を立てながら、ゆっくりと自室に向けて歩き出した。
◆
「何か言うことはあるかしら?」
全身を焦げ付かせて、もはや完全に戦意を焼失したルブルの背中に足を乗せ、テーブルに頬杖をついた。
私の手はレペテラ君のように美しいものではない。剣を振るうために、聖女様を守るためにたった一人で鍛えられている。それはとても貴族の子女のものとは思えないものだ。
しかし、失った美しさの代わりに得たものもある。
「化け物……」
かかとを振り上げてそのトサカに向けて振り下ろすと、カエルの潰れるような声がして反抗的な目が見えなくなる。
「レディの寝所に侵入するのはやめて下さる? お屋敷に帰ってごらんなさい。レペテラ君が待っているはずだから」
立ち上がってその身体を蹴り転がしながら、洞窟の外まで追い出す。力の差は十分に思い知らせてやったので、これ以上襲ってくることもないはずだ。
そのまま崖の下まで蹴り落とすと、途中で羽をはばたかせて空に舞い上がっていく。
「覚えてろ小娘! これで終わりと思うなよ!」
随分と元気なことだ。そう言えば今まで一番遭遇率の高い魔族があの鳥だったことを思い出した。もう少し痛めつけておけばよかったかもしれない。
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