殺害予告
「レペテラ君、おはようございます。体の具合は悪くないかしら?」
「はい、ありがとうございます。……フィオラお姉さんは、その、怪我とかありませんか?」
「ええ、どこにも」
上目づかいで心配してくれるレペテラ君はかわいい。後ろにちょっと焦げ付いた鳥が控えている。一体昨日の件をどのように報告していたのか気になるところだ。
「ところで昨晩どこかで朝告げ鳥が鳴いていたような気がするのだけれど、この辺りでは普通のことなのかしら?」
うとうとし始めたところで聞こえてきたので少しイラついたのを覚えている。もしこの辺りに沢山生息しているのだとしたら、捕まえて焼き鳥にしてしまおうかと思っている。あの鳥は空を飛べないし、味も悪くない。
「あ、えっと、その……。昨日はたまたまだと思います」
「馬鹿め。夜に朝告げ鳥が鳴くわけがないだろう」
ぼそりと呟いた負け鳥は
「あら、あなたの主人も『たまたま』と言ってるのだけれど、主人まで馬鹿にしているのかしら? 結構な部下ですこと」
「こっこっこっ、この! 人が大人しくしていればぬけぬけと!」
あ、この声は夜中に聞こえてきたものと一緒だ。どうやらこの鳥は感情が高ぶると朝告げ鳥のようになるらしい。今までの繰り返しでは見たことのなかった一面に頬が少しぴくつく。面白い。
それはそれとして、上下関係はきちんと叩き込んでおかなければならない。こうして連れてきているところを見ると、どうもレペテラ君と仲がいいのは本当のようだ。これからの付き合いを考えれば、ここで手を抜くわけにはいかないのだ。
「主人と客人との会話に悪態をつくことが大人しい? 魔族ではそれが常識なのかしら? レペテラ君の教育に悪いので近づかないでくださる?」
「コケー! 許すまじ、その態度! 広い空がある場での私の強さを思い知らせてやる!」
大きく手を広げ空に飛びあがった魔族は、私を見下ろして威圧的な態度を見せる。こういう輩は思い知るまで何度でも叩き伏せるしかない。私も早速剣を抜く。
死なない程度に、心をぶち折ってやる。
「ルブル! やめてよ、謝りに来たって言ったじゃない! お姉さんも許してください。ルブルは僕のことを心配してただけなんです。人間が嫌いだって言うのは本当だけど、ちゃんと僕の話を聞いてくれるいい魔族なんです」
私は即座に剣を納めてレペテラ君に近寄ってしゃがみ込む。
「私は全然、これっぽっちも怒っていないわ。ルブルさんが飛び上がったので驚いて剣を抜いてしまっただけ」
誰だ、この子に悲しい顔をさせた悪い奴は。信じられない。
「よかった……。その、僕と仲良くしてくれている二人が争うのは、悲しいです」
「もう喧嘩しません。約束するわ」
「……いいんですか?」
「ええ、もちろん。でも、あちらが攻撃をしてきたら話は別です。戦いたくなくても身を護るために反撃しなければいけなくなるかもしれません」
風向きが変わったのに着いていけてないルブルは、間抜けな顔をしたままバサバサと羽ばたいている。
「ルブル、約束して。フィオラお姉さんともう喧嘩しないって……!」
「も、もちろんですとも」
私は振り向いているレペテラ君のすきを窺って、右手の指を上に向けて、炎で文字を作り出す。
『レペテラ君を悲しませたら殺す。一時休戦』
「こ、こ、殺す!?」
「ルブル、何でそんなひどいこと言うの……?」
「あ、いえ、今のは違くて、あの女が!」
じっと見つめられたルブルはしどろもどろで、私とレペテラ君を交互に見る。その間抜けな動きに十分溜飲が下がった。私がふっと馬鹿にしたように笑うと、ルブルは口を開けて何かを言おうとしてから、ぐっとそれを飲み込んだ。
おお、あの鳥学習するらしい。我慢もちゃんとできるなんて鳥にしては賢い。
「や、約束いたします。魔王様に仇なさない限り、攻撃しません」
「ありがとう、ルブル。……その、もう一つお願いがあるんだけど、フィオラお姉さんを屋敷に招いてもいいかな? こんなところにずっと居させるのは申し訳なくて……」
「あ、あんなどこの馬の骨とも分からんような女を魔王様の屋敷に招くですって!?」
レペテラ君は何も言わずに俯いた。
馬鹿かあの鳥は。
私はまた炎で文字を作り出した。
『悲しませるなと言ったはず、殺すわよ』
「ええい、そんなこと言われなくとも分かってるわ! 魔王様魔王様、招待実に結構! いくらとんでもない奴と言えど、奴も女ですからな。紳士として受け入れますとも!」
「ルブル……! ありがとう」
「いえ、魔王様の願いは私の願いです」
レペテラ君が腰に抱き着き、ルブルがその頭を優しくなでる。
は? ずるいんですけど。なんでいい雰囲気出してるんですか?
『そのうち殺すわ』
殺意を込めて出した炎文字を見て、ルブルは一瞬びくりと体を震わせ、ゆっくりと私から目をそらした。許すまじ、鳥男。
まあお陰で同じ屋根の下暮らすことができるようになったのだと思えば、情状酌量の余地がなくもない。奴をどのようにして焼き鳥にするのかは、これからの態度次第で決めることにしよう。
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