ぶれている
レペテラくんとそのペットに案内されてたどり着いた屋敷は、想像していたものより立派だった。
私に対していい感情を抱いていないであろうペットのルブルだったが、洞窟前での一件以降、表立って私に対して楯突いてくることは無くなった。
最初からその態度だったらこちらだってことを荒立てる気はないのだ。可愛いレペテラ君のペットをいじめる趣味はない。
私とレペテラ君のために扉を押さえているルブルに向けて、仲直りの印と笑顔を向けてやる。
プルプルと震えて表情を歪めているが、これはきっと感動しているに違いない。今後の態度次第では焼き鳥にすることを考え直してやってもいい。
「広い屋敷ですね。一人で住んでいるの?」
「いいえ、ルブルと、それから屋敷の清掃をしてくれる小さな魔族たちと一緒に住んでいます。たまに各方面に出ているルブルの仲間たちが帰ってきて泊まることもあります」
レペテラ君は、ペットは家族という方針らしい。そういう考え方も聞いたことがある。よくよくあちこちを見てみると、確かに小さな妖精が高い場所の埃を払ったり、階段の手すりを滑り降りながら拭き掃除をしたりしている。
人間以外の種族全てを魔族というのだから、確かに妖精たちも魔族だ。人間と敵対しているわけではないが、悪戯好きな種族で、たまにとんでもないことをしでかす。
最初数度のループでは、妖精たちのことを煩わしい羽虫、くらいに思っていた私だが、今はそうでもない。妖精たちは私がいくら魔族と敵対しても襲ってきたりしなかったし、なんなら酷い怪我を負った時に助けてもらったことすらある。
実は妖精同様、人間と敵対していない魔族はたくさんいる。しかし、力無いものにはそんなことは関係ない。怖いものは怖いのだ。
魔物と魔族も実は別物だ。魔物は魔族を襲わないが、別にいうことを聞くわけではないらしいことを知っている。知ってるからと言って、今までそれについて人に話したことがあるわけではない。
私がここでレペテラ君が魔物を生み出さないようにしていれば、いずれは聖女様と王子がここにやってくるかもしれない。
神からのお告げは、魔物を生み出す原因である魔王を討伐しろというものだったが、今回この神託は下されるのだろうか。もし仮に、聖女様がいつもと同じように、レペテラ君を討伐しに来てしまった時私はどうするのか。
「お姉さん、やっぱり魔族が出入りする屋敷は怖いですか……?」
心配そうに私を見上げるレペテラ君に、私は穏やかに微笑みかける。
「いいえ。皆で協力していて、とても素晴らしいと思います。あの小さい子たちも楽しそうに働いているし」
「はい! いつも楽しそうで……! いつも働いている時間より、遊んでいる時間の方がかなり長いんですけど……。お姉さんが来たから張り切っているみたいです」
仕草や返した言葉は今までずっと見てきた聖女様の真似事だ。
彼女ほど情に厚く人に愛される者を私は知らない。
レペテラ君に嫌われまいとしてとった自分の行動は、あまり褒められるものではない。私はまた少し私のことを嫌いになったが、そんなことはどうでも良い。
今世こそ、私はきっと聖女様のことを守るつもりだし、この可愛らしい魔王様の成長を見てみたい。私がどんなに人から嫌われようとも構わないが、毎度志半ばで命を落とすことにはかなりうんざりしていた。
「あ、お部屋にご案内します。今朝準備をしてきたんです。窓は開けたんですけど、しばらく使っていなかった部屋なので、埃くさかったらごめんなさい」
「大丈夫よ。わざわざありがとう」
「えへへ……。こっちです、着いてきてください」
ルブルが体ごと大きく首をかしげて私の方を見ている。昨日戦った時とすっかり様子が違うので考え込んでしまっている。どうも間の抜けた魔族のようなので、他の者に騙されるのではないかと不安だ。
魔王様と呼ばれる割に、レペテラ君の周りには魔族が少ない。私が今までの繰り返しで倒してきた魔族には、もっと狡猾そうで卑怯な手を使う者もたくさんいた。そんな奴らがいつか周りに現れるのだとしたら、私が目を光らせておかなければならない。
あの鳥のようにレペテラ君を信奉しているのならともかく、過去の生では本当にただ人間を害したいだけの者もいたような気がしたのだ。今のレペテラ君からは、そんな指示が出てくるようにはとても思えない。
いつも私たちが魔王討伐に向かう頃まで、あと五年。その間にこの平和な屋敷がどのように変わっていくのか。変化なく今のまま維持できるようであれば、また違う未来にたどり着けるのかもしれない。
「あ、そうだ。昨日は僕の話ばかり聞いてもらっちゃったので、今日はお姉さんの話を聞かせてください。いいですか?」
「ええ、もちろん」
反射的に答えたが一体何を話せばいいのだろう。レペテラ君のことを討伐しに来たんだよ、なんて口が裂けても言えない。私には話せないことが多すぎる。部屋の整理をしている間にでも、うまい作り話を考えることにしよう。
私は聖女様みたいに正直ではないから、それくらいのこと朝飯前なのだ。
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