悪だくみ

「フィオラお姉さんは、どうしてこんな山奥に来たのでしょう?」


 嘘をつくときは真実をの中に嘘を混ぜ込むのが基本だ。これでも家や学園では散々嘘をつきまくって、聖女様をいじめたり殺してきた実績がある。結果ばれて殺されたのだけれど。


「私、王国の貴族なの。学園に通っていたのだけれど、どうも肌に合わなくて。それで旅をしていたら、途中で魔物が暴れている場所があるって聞いたから、それを退治しながら移動していたのよ。そしたらレペテラ君のところまでたどり着いたってところかしら」

「あ、そうなんだ……、僕のせいだ、ごめんなさい」

「いいえ、中々スリリングで楽しい旅でした。あの魔物たちがレペテラ君まで案内してくれたと考えれば、これは運命みたいなものかもしれないわね」


 私の言葉にテレテレと目を伏せるレペテラ君が可愛い。彼の健気さに心打たれた面もあるけれど、それと同時に見た目や素直な性格も可愛らしすぎる。


「あ、わかったぞ。最近たまに森に上がっていた火柱はお前の仕業だな! 魔物連続殺害事件の犯人め!」

「……それが何か?」

「私は魔王様が生み出した魔物の行方を追っていたんだ! 魔物はいわば魔王様の分身! なんてひどいことを……」


 大げさに身をよじって私を批判する鳥の目的は、恐らくレペテラ君に私が悪者であるという印象を植え付ける狙いがある。……あるいは、馬鹿なので本気でそう思っている可能性もある。

 レペテラ君は魔物が人を傷つけることを悲しんでいる。その事実を知っていて、この発言をしているのだとしたら相当に頭が悪い。気づかれないようにこの鳥を排除して、レペテラ君のことは私がドロドロに甘やかしてやって、退廃的な生活を送るのも悪くない。


「レペテラ君、この鳥さんにご自身の思いはお伝えしていないのかしら?」

「人を傷つけたくないという話なら伝えてはいます。でも、本当はそれではいけないんです。魔王と呼ばれるからには、魔族の安全を確保しないといけなくて……。でも僕はこんな感じなので、魔族の人からは良く思われていないんです。ルブルは……僕がこんな感じでも一緒にいてくれます」

「魔王様のお優しい気持ちは分かります。しかしこれは戦いなのです。生き残りをかけた戦いです。せめて皆の前だけでもそう演技していただければいいのです」

「でも、それは、皆と人間たちが争うように言えってことでしょ……?」

「け、結果的にはそうなりますが、士気を挙げていただき、魔族が全員で協力せねば人間には勝てませぬ。人間たちは弱いくせにうじゃうじゃと数がいて厄介なのですから」

「…………ルブル。フィオラお姉さんがいる前でこの話はやめよう。僕、フィオラお姉さんに手伝ってもらえば、魔物を生み出さなくて済むようになったんだ……。ルブルは、そんな僕とはもう一緒に居たくない?」

「……いえ、不肖ルブル、この身朽ち果てるまで魔王様にお仕えすると約束いたしました。もちろんより良い選択を取っていただくために、口うるさいことも申しあげます。魔王様がどんな選択をされても、他の奴らのように寄り付かなくなることはありませぬ」


 色々立場があることは分かった。つまりレペテラ君は魔王として孤立している状態なのだ。どういう規則で魔王が決まるのかわからないけれど、レペテラ君は魔族全体の意志と反した行動をしている。抗戦派の魔族としてはとても面白くない状況だろう。

 人間だったら言うことを聞かない頭は挿げ替えることもよくある話だ。似たように言葉を理解し社会を持つ魔族も、それを行わないとも限らない。そう考えると、ここに立った数人で屋敷を構えているレペテラ君の命を狙ってくるものも、いつかは現れそうな気がした。

 つい昨日までは私がその最たるものだったのだけれど。


 それにしたってこの鳥は、言葉を選ばない。その態度自体は忠臣であり、レペテラ君の味方でい続けるという姿勢は評価する。ただ、わざわざ『他の奴らのように寄り付かなくなる』などと言う必要はあったのかなと思う。

 レペテラ君の悲しそうな顔に、私は心を傷めて、この痛みは鳥君にやり返してやろうと決めた。


「……そっか、ありがとうルブル。お姉さんも、ここから離れたくなったら言ってね。あ、でもその時は、聖女様にここの場所を伝えてくれると嬉しいかな」

「魔王様、そんなことを言ってはいけません! 小娘、間違っても聖女なんかをここに連れてくるんじゃないぞ!?」


 私は出されたお茶を飲んで息を吐いた。ここまで卑屈になって死を求めてしまっているレペテラ君がかわいそうだった。かわいそうはかわいいだった。私なしではいられないようにしてあげたかった。

 思わず口からついて出そうになった魂の叫びを飲み込んで、少し目を伏せて伝える。


「そちらの鳥さんじゃありませんが、私もそんな風にレペテラ君を見捨てることはしません。そんなに薄情な女に見えるんでしたら、少し悲しいです」

「あ、そんなんじゃなくて! その、ごめんなさい」


 慌てて手を動かすレペテラ君を堪能してから、私は顔を上げて微笑む。


「ふふっ、少し悪戯をしただけです。お気遣いは受け取りますが、私は自分で決めたことを翻したりはしません。安心してくださいね」

「は、はい。その、でも……、いえ、ありがとうございます」


 出会って二日だ。仲はゆっくりと深めていけばいい。

 聖女様たちがここに向かってくるまでは、まだまだたくさん時間があるのだから。

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