小さな頃
私には、小さな時からずーっと知っているのに、あまり話したことない友人がいる。それが友人なのかと言われると自信はないのだけれど、そうであったらいいなと思う。心の中で断言するくらい、彼女は許してくれるはず。
だって彼女は勇敢で、とっても優しいから。
◆
「お父さん、あの子だぁれ? 綺麗な服着てるね」
「……しっ。メセラ、絶対に自分から話しかけてはダメだ。でも彼方から何か言われたら、ちゃんと返事をするんだぞ」
「なんで? 一緒に遊びたいんじゃないのかな?」
「なんでもだ。お父さんとの約束だぞ」
「うーん……、わかった」
私がやっとお父さんに連れられて外に出始めた頃、その子をたまに見かけるようになった。薄水色の髪と、それより少しだけ濃い色をした瞳。お人形のような格好で、鋭い目だけが爛々と輝いていた。
何を考えてるかわからないし、なんのためにいるのかもわからない。なのに私の中にはちっとも怖いという感情が湧かなかった。
ただ何かを求められているような、そんな気がずっとしていて、私は彼女が現れるといつもソワソワしていた。
一人で外を歩き回るようになって、しばらくの間は、私もお父さんとの約束を守っていた。でもすぐに我慢できなくなってしまった。
黙ってその子に近づいていくと、私と同じくらいの歩幅で、一定の距離を保ってその子は離れていく。ムキになって追いかけても、その子には一向に追いつかない。
やがて足がもつれて転んでしまい、私は顔を伏せたまま悲しくなった。
どうして彼女は私を見ているんだろう。
どうして彼女は寂しそうなんだろう。
どうして彼女は、それなのに逃げるんだろう。
日差しが遮られて、私は顔を上げる。キラキラしたロングスカートが目に入る。彼女がしゃがみ込むと、フワッといい匂いが漂った。
「ごめんなさい、大丈夫かしら」
私は無言でスカートをぎゅっと握る。シワが残ってしまうから、もしかしたら彼女は怒るかもしれない。それでもせっかく近づいてきてくれた彼女を逃したくなかった。
「なんで逃げるの」
「……あなたが元気か確認したかったの」
「なんで?」
「わからないわ」
「元気なのはもう確認したでしょ。でもよく来てる」
「……あなたが、元気に大人になるのが見たいの」
「変なの」
「そう。変なのよ、だから関わらないでいいわ。見られたくないのならもう来ない」
「ううん、見てていいよ。でもせっかくだから一緒に遊ぼう?」
「見てるだけでいいわ」
「私は一緒に遊びたい」
彼女は無言でしばらく私のことを見つめた後に、小さな声で呟いた。
「…………あなたは変わらないわね」
「はじめて話したよ?」
「そうね、はじめて話したわ」
彼女は私の肯定ばかりする。
小さなころからいつも私の周りに居て、攫われそうになったときも、貴族になって作法が分からない時も、失礼なことをしていじめられそうになったときも、何も言わずに助けてくれる。
お人形のように綺麗に微笑むし、大人みたいに綺麗に応答する彼女は、私がお礼を言った時だけは、はにかむように笑ってくれる。
でも私はいつも気になっていた。彼女が私に向けて「あなたは変わらないわね」と言った時の、泣きそうで笑いだしそうで壊れてしまいそうなおかしな表情が。
そんな彼女が時たま厳しい表情をするときがある。そんな時決まって視線の先にいるのはアルク王子だった。
許嫁である彼に対してどうしてそんな顔をするのだろう。
不思議に思い尋ねたこともあったが『そんなことは知らなくてもいいのですよ』と言われただけだった。珍しく私に相対した時にも嫌そうな顔をしていたので、もしかしたら許嫁を取られると思ったのかもしれない。
だとしたら、だとしたら、あの厳しい顔は、愛情の裏返し?
アルク王子に冷たく接するのも、許嫁として立派な人に育ってほしいから?
監視するように向けられる視線は、恋心ゆえ?
そう思ってみていると、なんだか二人はとてもお似合いに見えてきて、私はひそかにその関係を応援していた。
◆
「メセラ、一応確認しておくけど、本当に、本当に僕達だけでフィオラのことを追いかけるのだよね」
「ええ、のんびりしている暇はありませんから。今頃どこかで迷子になって寂しい想いをしているかもしれません」
「ない。絶対ないって。メセラ、君は何か彼女に対して勘違いをしている。【煉獄の魔女】だぞ。齢十歳にして騎士団長を片手でいなし、空いた手で魔導学園の校長を屈服させた、あの【誇りの殺人者(プライドキラー)】だぞ?」
「……皆さん過剰にフィオラさんのことを悪く言いすぎです。とてもやさしい人なんですよ」
「そう思っているのは君だけだって。冷静になってお友達に聞いてみたらいい。いつも笑顔を浮かべているけど、あれは虫けらを見るのとそう大差ない表情だ。平等な存在だという価値を感じてないから、ああいう無機質な笑顔を浮かべられるんだぞ。考え直した方がいい。私が婚約を白紙に戻すのにどれだけの勇気を使ったことか!」
「アレク様、私この間も言いましたよ。照れ隠しとはいえ、愛しい婚約者のことを悪く言うものじゃありませんわ」
「メセラ、私何度も婚約を白紙に戻したって言ってるよね? もしかして聞こえてなかったかな? 君の優しいところと素直なところは大好きだけど、たまに難聴になるのだけはなんとかならないかな!?」
「アレク王子、ブレイブソードお似合いですわ。一緒にフィオラさんを助けに行きましょうね!」
「やっぱり聞いてないね? この間まで使えなかったのに、フィオラ嬢との婚約を破棄したら使えるようになったんだよね。あれには勇気が要ったもの。ブレイブソードも使えるようになるよね」
段々諦めがついてきたアルク王子は、小さな声で呟くようにそう言った。
学園で群を抜いた成績を誇る二人だ。フィオラのせいで霞んでしまっているが、自分たち二人ならちょっとした冒険くらい簡単なのはわかっている。
思った以上にフィオラに依存していたメセラさえ落ち着いてくれれば、それなりに良い旅になるはずなのだが、この様子だとしばらくは落ち着きそうにない。
アルクには、どこかから、聞いたこともないフィオラの高笑いが聞こえてくるような気がした。
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