掌握

 気に食わないことがある。

 私が世の中の大抵のことに対して気に食わないと思っているのはさておき、気に食わないことがある。

 この屋敷の中にいる妖精たちは、私が近づくと逃げていくのだ。レペテラ君が近くを通ると積極的に構ってもらうために近寄っていく癖に、私がそばにいると蜘蛛の子を散らすように逃げていく。

 レペテラ君に謝られた時、私は静かに微笑んでそれを乗り切ったのだが、正直なところ気分はとても悪かった。

 横で私のことを指さして馬鹿笑いしていた鳥に関しては絶対に許さない。

 その鳥が言うのには、どうも妖精と言うのは元々臆病な性質の魔族らしく、心がすさんでいる相手には近づかないのだそうだ。わざわざ解説してくれてありがとう。お前もちょっと避けられてるけどな。


『あれ、あの、そんなはずは。お姉さん優しいですし……。皆、どうしたんですか?』


 そう言っておろおろしているレペテラ君が見れたことだけが唯一の収穫だ。ちなみに私の心がほっこりしているときに、そろーっと陰から私の様子を窺っている妖精がいたので、遺憾ではあるが、あの鳥の言うことが正しい可能性は高い。

 私は自分が心の綺麗な人間だとは思っていないので、避けられるのも仕方がないと思っている。しかし、避けられ続けるといつかレペテラ君に私の心がすさんでいることがばれることになる。

 このままではいけない。

 妖精たちを全部捕まえて早めに調教する必要がある。


 ちなみにレペテラ君と鳥は出かけていて屋敷には不在だ。

 近くの魔族の集落に、食料を分けてもらいに行っているらしい。私もついて行くと言ったのだが、人間を嫌っている、あるいは怖がっている者も多いのでと言われて諦めた。

 鳥が勝ち誇った顔をしていたので、それもまた腹が立つ。こっそりと手帳に奴を焼き鳥にする理由を一つ書き足しておいた。そろそろ見開き一ページ埋まりそうだ。


 そんなわけで今日、私は屋敷の中をくまなく歩きまわっている。数日間過ごしているうちに、屋敷の構造についてはもう完璧に把握した。

 妖精たちは私の姿を見ると一目散に逃げていくので、会話をするのは難しい。はじめから数度のコンタクトは、優しい笑顔で声をかけたのだが、聞く耳もたず逃げだされた。

 だから仕方がない。

 だって話を聞かないのだもの。だったら捕まえて閉じ込めてから話を聞くしかないじゃない。


「わぁあ、やだやだたべないで」

「こわいよこわいよ」

「たすけてたすけてまおうさま」


 光の縄でつながれたまま私に引っ張られる妖精は、わぁきゃあと騒いでいる。そのせいで最後の一人を捕まえるのには随分と時間がかかってしまった。


「追い詰めたわよ、トネリ」


 一度も私の前に姿を現したことのない妖精がいるとすれば話は別だが、そうでなければこれで全部だ。私は結構人の顔や特徴を覚えるのが得意なのだ。昔はこれが、気に食わない人や陰口をたたいた人を見つけるのに役立っていた。

 私に名前を呼ばれたトネリはキョトンとした顔で逃げ出すのをやめて、こちらを見つめてくる。逃げ出さないのなら好都合。私はトネリの胴にも光の縄をかけると、四人を連れて自室へと引き上げた。




 さて、お話の時間だ。

 何も危害を加えようという訳ではない。ただ露骨に私のことを避けるのをやめるように言うだけだ。私から逃げられないことは分かったのだ、きっと私のお願いも聞いてくれるに違いない。


「さて、あなた達。お話をしましょうか」

「はなしてよぉ、にげないから」

「こわいよぉ、にんげんこわい」

「うごけなくてやだぁ」


 話をするために私は椅子に座り足を組む。

 すると妖精たちは途端に大きな声を出して足をバタバタさせたり、床を転げまわったりし始めた。落ち着くまで待とうと思い黙ってみたが、中々おさまる様子もない。

 ただ一人、最後に捕まえたトネリだけがなぜかとても大人しい。


 仕方がない。これではまさに、お話にならない。


 私はため息をついて立ち上がり部屋に鍵をかける。ドアを凍り付かせて固定すし、妖精たちが逃げられないように準備してから、椅子に座りなおした。

 指をパチリとはじくと光の縄が消える。

 光の縄から解放された妖精たちは、飛びあがり私から距離を取る。

 しかしやはりトネリだけは反応が違った。その場で少し浮いて私と視線を合わせる。


「なによ、あなたは逃げないの?」

「トネリのなまえわかるの?」


 質問を質問で返されて少しイラついたが、怒っても仕方がない。私は又ため息をついた。話をしている限り、妖精という種族は子供っぽくて話が通じづらいのだ。我慢して相手の質問に答えてやる。


「わかるわよ、それくらい。あなたがトネリ。扉に張り付いてるのがニッケ。天井の隅にいるのがカロ。窓を開けようとしているのがクルルでしょ。逃げたって顔は覚えているわよ」

「フィオラはにんげんでしょ。トネリたちをころさないの?」

「殺さないわ。だってレペテラ君の屋敷を掃除しているんでしょう。私レペテラ君のことが気に入ってるの。嫌われるようなことはしないわ」

「トネリたちもまおうさまのことすき」

「あっそう。じゃあ一緒ね。だったら私のこと避けるのやめてもらえないかしら? レペテラ君に変な誤解をされたくないの」

「ごかいってなに?」

「あなたたちは心がすさんでいる相手から逃げるんでしょう?」

「ううん、おおきいからにげてるだけ。あとにんげんはつかまえようとするからこわい」


 どうも鳥から聞いた話と違う。てっきり同じ魔族だから詳しいのかと思っていたが、あいつさては私を馬鹿にするためだけに適当な嘘をでっちあげていた可能性がある。

 ふよふよと逃げていた妖精たちもトネリの周りに集まってきて、頭を付き合わせて相談が始まってしまった。話し方がとろいので少し馬鹿にしていたけれど、意外と社交性のある種族なのかもしれない。


「ふぃおらはトネリたちとなかよくしたいの?」

「…………まぁ、そうかしら」


 どう解釈したらそうなるのか。違うというと面倒になりそうな気がして、私は肯定する。


「こわいひときたらまもってくれる?」

「レペテラ君のついでならいいわよ」

「たまにあそんでくれる?」

「暇だったら」

「わたしだれだー?」

「クルルでしょ」


 妖精たちが一斉に飛び上がって、わっと私の周りに集まる。何事かと一瞬構えたが、ただ私の肩や頭の上に乗っかっただけだった。


「じゃあなかよくする」

「よろしくふぃおら」

「あそぼうね」

「わたしだれだー?」

「頭の上で言われてもわからないわよ」


 思っていた状態とは違うが、これから避けられることはなさそうだ。

 少し鬱陶しくはあるが楽しみができた。

 これを見たら、あの鳥は口をあんぐり開けていつも以上の間抜け面を晒すに違いなかった。




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