君の名は
意外と早く妖精たちとの話に決着がついて、やることが無くなってしまった。
裏庭に案内してもらい、剣を振るって魔法を素早く発動する訓練をする。ドアや木の影から妖精たちが覗いており、私が何か動作するたびに驚いて顔を引っ込める。
国にいた頃は私の訓練を見ようとするものは殆どいなかった。ある程度の地位があって能力が高ければ、教えを乞うために人も集まるものだ。しかしまだ幼い女の私に教えを乞おうとするようなものはいなかった。気味悪がられて、近づいてくるものもいない。
王子もその一人だったし、父母ですら私に気を使っていた。聖女様なら気にせずに手を叩いてくれたかもしれないが、私は彼女に訓練している様を見せたいと思ったことはない。
認められて褒められてしまったら、ずるずると甘えてダメになってしまう気がしたからだ。
その点今の環境は非常に心地いい。
一度心を許した妖精たちは、段々と私の動きに慣れてきて、楽しそうに周りを飛び回るようになった。褒める声こそ聞こえるが、舌ったらずの高い声が聞こえたからって、それに甘えたいとは思わない。
ただ、気分はそんなに悪くなかった。
久々に他者からの声援を受けて、気づけば私は随分と長いこと訓練に勤しんでしまっていた。
部屋に戻ってぬれタオルで体を拭いて、服を着替える。ドアの外では妖精たちが飛び回り、扉を開けろと催促している。妖精の性別は分からないけれど、自分の召使い以外に肌を見せる気はない。
部屋から出たら妖精たちにはそのことをよく言い聞かせないとね。
そろそろレペテラ君が帰ってくる頃だろうと思い、妖精たちを引きつれながら玄関へ向かう。レディの着替えを見るのは良くないと繰り返し伝えてみるけれど「なんでー」と聞き返されるばかりで、あまり収穫はなかった。
外から荷車を引きずる音が聞こえてくる。家畜動物らしく、鳥が出かけにひいて行ったものに、食料を積んで帰ってきたのだろう。車輪が転がる音がかなり重い。世話になるばかりの客人としては迎えに出ない理由はない。
レペテラ君の顔を早く拝みたかったし、妖精達を引き連れていくことで口が空きっぱなしになる鳥の顔も見たかった。
私は扉を開けて二人を迎える。
予想通り、レペテラ君が花の咲くような笑顔を、鳥が間抜け面を晒してくれた。荷車をひいてるのが似合っている。上等な服と、かっこつけたハットなんか投げ捨てて、一生荷車をひいて生きたらいいのに。
「フィオラお姉さん、皆と仲良くなれたんですね」
「ええ、話したらわかってくれました。私、心が綺麗なので」
「馬鹿な! 私にすらあまり近づかないのに、どんな脅しをかけたのだ!」
脅しはかけてない。かけようとしたけれど結果的にやらなかったのでセーフだ。胸を張って主張することができる。
「あら、そんな下種な発想が出るから、あなたには近づかないんじゃないかしら?」
「いいや絶対に何かしたに違いない。おい、妖精達、一体何をされたんだ、素直に言うがよい! 魔王様の側近であるこのルブルが責任を持って守ってやるから、嘘偽りなく言うがよい!」
鳥が荷車の持ち手を投げ捨てて、妖精達に早足で歩み寄る。一斉に私の後ろに隠れた妖精たちは、目元だけをはみ出させて声をそろえた。
「「わぁぁあ、こわいおこってる」」
「いいや、怒ってなんかない。そんな危ない奴からはさっさと離れてこっちへ来るのだ!」
「「おこってる! まもってまもって」」
思う通りの展開に、私は口角が上がりそうになるのを堪えながら、鳥を見下して告げる。
「あら、トネリ達が怖がっているのでやめて下さる?」
「……トネリ? こいつらの名前か?」
「長くいるのに知らなかったのかしら」
「知るものか。妖精達は妖精達で十分だろう」
これはダメだ。この鳥が妖精達から好かれていない理由が分かってしまった。そう言えばこの鳥がレペテラ君の名前を呼んでいるところも見たことがない。
「まさかと思いますが、あなたが敬愛する魔王様の名前は分かりますよね?」
「ふんっ、当たり前だろう。えー……、ら、こっほん。レペテラ様だ」
一瞬言いよどんだのを私は見逃さなかった。この鳥、最悪だ。忠誠心だけはあるのだろうと思っていたが、レペテラ君のことを、魔王としてしか認識していない。私がこれだけ毎日レペテラ君と声をかけているのに、すぐに名前が出てこなかったのがいい証拠だろう。
これが魔族の流儀なのか。自分は堂々と長ったらしい名前を名乗っておきながら、仕える主の名前すらすぐに出てこないなんて言語道断だ。
「……あなた最悪ね」
「何がだ!?」
「主の名前も考えないと出てこないの? あなた、レペテラ君のことを何だと思っているの?」
「我らが主であり、導いてくださる魔王様だ。人間につけられた名前など、出てこなくても、私は魔王様のために命を投げ出すことができる!」
「……あっそ。レペテラ君、寒かったでしょう。暖炉に火を入れておいたので、中に入りましょう」
「あ、えっと、はい。ルブル、荷車はいつもの裏手にお願いします」
「承知しました」
レペテラ君の手を引いて、私は屋敷の中に戻る。屋敷の扉を閉めようとして初めて、妖精たちが私から少し距離を取っていることに気がついた。
レペテラ君が不安そうな顔で私を見上げて尋ねる。
「あの……、フィオラお姉さん、何か怒っていますか?」
大きく息を吐いて首を振る。頬を一度撫でて、顔に笑みを張り付けた。
「いいえ、レペテラ君には怒っていないわ。ごめんなさい、嫌な思いをさせたわね」
「じゃあ、えっと、ルブルに怒ってますか?」
少しだけどう答えるか悩んでから、私は笑顔を崩さずにレペテラ君に返事をする。
「……いいえ、ちっとも怒っていません。そんなに心配しなくても大丈夫」
私がそう言っても、レペテラ君は少し困ったような顔をしていた。もしかすると、思っていたより私は感情を隠すのが上手くないのかもしれない。聖女様のことは上手く誤魔化せていたはずなので、この子が聡すぎる可能性もある。
「本当に怒っていませんわ、本当に」
強調したせいで余計に嘘くさくなってしまった気がする。
自分の感情をうまくごまかす方法。それは今までのどの繰り返しにおいて、あまり必要としてこなかったものだった。
私は途中から人付き合いを減らしてしまったことを、今少し後悔していた。
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