あったまってきた

「トーレン! 僕の話を……!」


 レペテラ君が声を張り上げても、根は振り回され、叩きつけられる。会話の成立しない相手は、魔物と大して変わらない。

 ゴレアスが太い根を抱き込み、そのまま腕を引き絞って千切り捨てた。その間に背後から襲ってきた根を私が素早く斬り落とし焼き切る。

 先ほどまで前面からしか攻撃が来ていなかったのに、なぜ今更と思い振り返ると、気づけばアルク王子が私たちの近くまで避難してきているのが見えた。素直に囮をしていればいいのに、役に立たない。


「レペテラ君、話が通じないわ。まず制圧してもいいかしら?」

「……すみません、お願いします」


 レペテラ君はがっくりと肩を落とし、その薄い唇を噛んだ。何か言葉をかけてあげたかったが、今は先にこの枯れ木を思い知らせてやらなければならない。どんなに強い想いがあろうと、どんなに恨みつらみがあろうと、レペテラ君の言葉を無視する理由にはならない。


 横薙ぎされた根をゴレアスがまた受け止める。私はその根に剣の先端を突き刺し、炎で焼きながら前へ走った。


「おおおお、人間、人間! まずはお前からだ!」


 本体に近づくにつれて激しくなっていく攻撃を、切り飛ばし、焼き落とし、距離を詰める。いよいよ剣の先を本体に突き刺した瞬間、トーレンが咆哮する。


「そこまでだ! この人間がどうなってもいいのか!?」


 慌てて振り返ると、アルク王子の足が木の根につかまれ宙づりにされているのが見えた。悔しそうに顔をゆがめる王子の手にはブレイブソードがない。どこかのタイミングで弾き飛ばされてしまったのだろう。


「アルク様!」


 聖女様が叫ぶ声が聞こえる。


「ぐっ、しくじった」

「わかりました。あなたの犠牲は忘れません」

「え?」

「何?」


 なんてすばらしい精神だろうか。きっと王子のことだから『私のことは良い、そいつを倒してくれ』と言おうとしたに違いない。アルク王子の死を無駄にしない。


「フィオラ嬢!? ちょっと待って、私は王子だぞ。婚約者だぞ!? 本気か!?」

「はい? 私に婚約者はいませんけれど。もしかしてまだ手続きを終えていなかったんですか?」

「な、なんという。人間は汚い! 同族すら見捨てるというのか! なんとあわれな男よ」

「うるさい」


 剣の先に魔力を込めると、炎の柱が出現し空を焦がした。トーレンの身体に次々と穴が空き、断末魔の叫びが森に木霊する。


「姫よ! このままでは消し炭になってしまうぞ!」


 忘れていた。

 いつの間にか消滅させる気になってしまっていた。魔法で生み出した炎を消してみるが、既に本体が自発的に燃えているようで、炎は消えてなくならない。

 この木の守護者、実は意外と生命力が高くて、芯まで完全に焼き切らない限り死んだりしない。一度死んだふりをして反撃され、腹に穴をあけられたことがあるので、私はそれをよく知っている。

 今だって叫んで苦しんではいるようだが、実は虎視眈々と反撃の機会を窺っているはずだ。だから難しいのだ、この魔族を中途半端に生かすのは。


「お姉さん、何とかなりませんか?」


 私が考えていると、レペテラ君が腕をひいて問いかけてくる。上目遣いでとても可愛らしく、一瞬戦いの場にいることを忘れそうになった。それから、慌ててレペテラ君の腕を引き抱き寄せる。

 直後、レペテラ君が立っていた場所を、鋭い木の根が刺し貫いた。


「うおぉぉおおお、死ね死ね死ね死ね! 人間に味方するものなどみんな死ねぇえええ! 何が魔王、何が啓示か、皆平等に滅びよぉ!!」

「……殺すわ」


 話し合いの余地がない。

 完全に憎しみに支配されている。それを説得する言葉なんかない。

 レペテラ君が私の胸の中で振り返り、憎悪をまき散らすトーレンを見つめた。


 ショックを受けて目を見開く姿も可愛い、サイズ感最高。

 

 そんなことを思いながら、私は再び炎を立ち上がらせてトーレンのことを焼き尽くした。




「姫よ、申し訳ない。油断してレペテラ様の守りを外した」


 未だにゆらゆらと森の中に火が燻ぶる中で、ゴレアスが膝をついて謝罪した。私はといえば、抱きしめたまま離す機会を失ったレペテラ君のつむじを見て、心の中で一人悶えていた。


「はじめて戦うのだからあそこからの反撃を予測するのは難しいわ」


 結果的に無事だったからいい。私だって最初は反撃されて手痛い傷を貰ったのだ。ゴレアスだけを責めるわけにはいかない。情報をあらかじめ共有しておかなかった私にも非はある。


「しかし、姫は予測して対応した。まだまだ儂は修行不足ということか」

「実戦不足かもしれないわね。でもレペテラ君が無事だったからいいわ」


 腕の中にいるレペテラ君と目が合う。レペテラ君は赤面し目を泳がせてから、そっと私の腕の中から抜け出した。かわいい。


「フィオラ嬢だって戦闘経験が豊富なわけじゃないだろう」


 私が余韻に浸っているというのに、余計な突っ込みを入れたのはアルク王子だった。ついでに少し焦げていても良かったのだけれど、腰をさすっているだけで大した怪我はしていなさそうだ。

 既にブレイブソードを拾っており、油断なく私たちの方を見つめている。


「……それで、これは一体どんな状況なんだ? なぜフィオラ嬢が魔族と仲睦まじくしている」


 アルク王子の整った表情が僅かに歪み、目が細められた。それは私にいつも死の宣告をするときの彼の表情そのものだった。

 心が急激に冷え込んでいく。これだから、アルク王子とはあまり関わり合いになりたくなかったというのに。

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