押しに弱い(ただし相手による)

 私は息を大きく吐いて、冷静になろうと努める。割り切ったつもりでいても、言葉にすることが難しい感情が胸の内で暴れまわる。


「そんなことよりも、フィオラさんが元気そうで本当によかったです。心配したんですよ」

「そんなことより!?」


 聖女様が近寄ってきて、私の手を取った。意図的に王子の言葉を無視しているようにも見えるけれど、多分本人のそのつもりはない。聖女様はかなり思い込みが激しくて、一つのことに集中する癖がある。

 わざわざ私の無事を確認するためだけに、こんな森の奥まで足を運んできたのだ。そばに魔族がいようと、彼らと仲良くしていようと、それはそんなことでしかないのかもしれない。

 まさか追いかけてくるほどとは思っていなかった。これだけ長いこと聖女様のことをずっと見てきたというのに、私はまだまだ彼女のことを見誤っていたらしい。


「ちょっと落ち着こう、メセラ嬢。君はいずれ来る魔族との戦いに備えるという使命があるはずだ。目の前にその敵がいるというのに、その反応はおかしくないかな!?」

「アルク様。私は人々のために魔族の方と戦うことは厭いませんが、魔族だからと見境なく襲い掛かる約束はしていません。私はフィオラさんが一人でいなくなってしまったのを心配してここまで来たのです。ほら、フィオラさんとの婚約破棄を取り消してください」

「……メセラ、訳の分からないことは言わないで頂戴」

「フィオラさんは、アルク様に振られたショックで旅に出たのではないのですか? 安心してください、アルク様もいつもフィオラさんのことばかり気にしています」

「ただ学園に居るのがおっくうになったから出国しただけなのだけど」

「それは嘘です」


 思い込みは激しいけれど、確信がない限り彼女は人の言葉を否定したりしない。はっきり嘘と断じられて私は思わずたじろいでしまった。聖女様のまっすぐな視線を受けると、嘘や誤魔化しをしづらくなる。


「フィオラさんは小さなころからずっと私の傍にいました。離れるとしても、おっくうになったなんて単純な理由ではないはずです。すなわちアルク様関係の理由ではないかと。私も恩返しに恋が上手くいくよう協力しますので、一緒に国に戻りましょう」


 的が外れているはずなのに、核心だけ突いてくるのは何なのか。しかも百パーセントの善意でやる気満々なのが厄介だ。


「国を離れた理由はともかく、戻る気はないわね」

「この魔族の人たちと一緒にいるのが理由ですか?」


 そうだと答えたとき、聖女様はどんな反応をするのだろう。魔族にたぶらかされたと思うのか、それとも私に落胆して帰るのか。できれば、そんな反応をしてほしくいけれど、それは望みすぎだろうか。


「……そうよ」

「何か困りごとでも?」

「ええ」

「それを手助けしているのですか?」

「そういうことになるわね」

「では、私も微力ながらお手伝いします」

「メセラ嬢!!」


 聖女様がとんでもない提案をした瞬間、アルク王子が叫んだ。


「君は聖女だろう! 魔族に協力するなどあっていいはずがない!」

「聖女様……」


 レペテラ君が小さく呟く声が聞こえた。いつか自分を殺しに来る相手と認識している人物と出会ってしまったレペテラ君は、今どんな気持ちなのだろうか。目だけ動かし様子を窺うと、やはり俯いて何か考え込んでいる様子であった。

 ノータッチが信条だけれど、これを放っておくわけにはいかない。

 私は腕を伸ばしてレペテラ君の手を取った。私が味方であることが伝わればそれでいい。反応を見たい気持ちを堪えて、聖女様の方を向いたまま会話を続ける。


「アルク王子の言う通りよ。あなたは国で穏やかに暮らしなさい」

「そうだ! せめて約束の時が来るまでは、国で力を養うべきで……!」

「アルク様も、フィオラさんも勘違いをしています」


 聖女様は、かわいらしい顔をできる限りきりっと仕立てると、胸元に手を当てて顔を上げた。珍しく強い口調だ。


「私は確かに魔族から人間を守るよう神託を受けました。ただし、その方法までは指定されていません。フィオラさんに戦う以外の考えがあるというのならば、それに手を貸すことこそが私の使命ではありませんか?」

「それは……、それは、詭弁だろう」


 ずっと強い口調で説得を試みていたアルク王子の語調が弱まる。聖女様の発言に一定以上の説得力を感じてしまったのだろう。王子は自分が納得できないことを強く主張できるタイプではない。多少愚かで、恋に盲目な部分はあるけれど、そこまで悪辣な人物ではないのだ。

 

「いいえ。少なくとも、魔族と戦えという神託が来るまでは、私なりに戦いを避ける努力をしたいです。ずっと助け、見守ってくれたフィオラさんが、私の大切な友人が何かを成そうとしているのなら、私だって役に立ってみたいのです。フィオラさん、私にあなたのお手伝いをさせてください」


 確かに、聖女様が手を貸してくれるというのはそう悪いことではない。確かな神託が彼女に降りていることは、各国の有力者も知っている話だ。魔族をまとめ上げたのちの交渉において、聖女様の存在は重要な手札になりうる。

 また、聖女様が魔族の傍に暮らして無事であれば、魔族が制御しうる存在であるというアピールにもなりうる。


 反対に聖女様が人質に取られた、なんて話になると一斉に各国から責め立てられて立場が危うくなる可能性もあるのだけれど。


 聖女様のキラキラとした瞳から逃れるようにレペテラ君の方を向く。


「……レペテラ君はどう思うかしら?」

「僕は……、聖女様の気持ちがちょっとだけわかります」

「どういうことかしら?」

「僕も助けられてばかりですから。だから聖女様が望むのなら、受け入れたいです」


 どちらを向いても純粋な、まっすぐな目を向けられて天を仰いだ。その途中に、頭をかきむしっているアルク王子の姿見えて、少しホッとする。

 私は難しく考えるのをやめる。

 まぁ、アルク王子が嫌な気持ちになるのなら、それはそれでいいか。


「それじゃあ、手伝ってもらおうかしら」

「はい! お願いします!」


 選択は本当にこれであっていたのだろうか。

 それが分かるのはまだまだ先になりそうだ。

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