馬鹿は死ななきゃわからない

 帰り道もゴレアスを先頭に歩かせる。

 みしみしと音を立てて森を切り拓いていく姿を見ていると、炭になったトーレンがまた目くじらを立てそうな気がしたが、歩くのに便利だから仕方がない。

 木の魔族は人と相性が悪いのかもしれない。毎日の煮炊きにも、冬を乗り越えるためにも、必ず薪が必要だ。大した抵抗もなく、長く燃える魔法のような薪があったら、それは誰だって使いたくなるだろう。

 実際人はそれを魔法の薪と呼び、ありがたがって使っている。燃やしているときに妙な音が出ることだけが気味悪いと言われているが、まさかそれが断末魔の叫びとは思うまい。つまり、人間たちは、木の魔族の一部を、魔族としらずに使用しているだけだ。

 そこに意志があると知ってさえいれば、躊躇するものも出てくるかもしれない。


 それでも、一度便利なものを知ってしまうと離れられない者もいるだろうし、魔族なんてそれくらいの扱いでいいと思うものがいるのもきっと事実だろう。私たちがやるべきことは、それをすると手痛いしっぺ返しを食らうということを、人間の国に思い知らせることだ。それが、無意識に虐げられてきた魔族を守るということになる。


 ちなみに私は弱肉強食、便利なものは使えと思っているから、本来は魔法の薪を使う側の人間だ。木の魔族達が、薪として命を燃やすことを肯定的に捉えてくれれば互いに損がないのだけれど、それはあまりに身勝手な考えなのだろう。

 あまりの心のない発想に、自分のことながらうんざりする。私はどうあがいてもレペテラ君や聖女様のようにはなれなさそうだ。

 魔族側の立場になってみれば、とてもそんな考えを披露するわけにはいかなかった。


 ゴレアスのすぐ後ろにレペテラ君と聖女様。

 なにやらこそこそと話をして笑っているけれど、嫌味な雰囲気はないのでおそらくただ談笑しているだけだ。他の誰かと話していてレペテラ君があんな朗らかな笑顔を見せていたら、私はそいつを焼き殺すかもしれないけれど、聖女様ならそんな感情も湧いてこない。

 二人とも可愛い。可愛いのでもっとキャッキャとお話してほしい。


 二人を見守る私を最後尾に、この復路を歩いていたのだけれど、なぜかさらに後ろからひそひそと幻聴が聞こえてくる。大変不快なので、何とかしたいものだ。私は幸せ空間に浸っていたい。


「なあ、聞こえてるだろ。フィオラ嬢。フィオラ嬢!」


 肩を叩かれて私は振り返った。なんでアルク王子はついてきてるのだろう。国に帰ればいいのに。そうしたら遠慮なく王国を滅ぼしてそこをレペテラ君の拠点にするのに。


「触らないでいただけますか」


 肩に乗った手を払うと、アルク王子はほっとした顔をして横に並ぶ。


「一体何がどうなっているんだ。なぜ魔族と一緒にいる。君だってこれまで魔族と戦うために鍛えてきたのだろう。そのために父を強請ってまでその剣を手に入れたんじゃなかったのか?」

「……あなたに説明する必要がありますか? お帰りはあちらですよ」

「…………そんなにっ、婚約破棄をしたことを怒っているのか? あれは、君という特大戦力を王国だけで保有することへの、各国からの反対が……!」


 私は立ち止まってアルク王子と正対する。勘違いをしているようだから、ここらで一つ、それを正しておかなければならない。


「アルク王子。私はこれまでも、態度で、言葉で、ずっと示してきたはずです。私の心があなたに向いたことは、ただの一度も…………」


 本当に幼かったとき、一度目の焼けるような恋心。二度目の狂うほどの嫉妬心。三度目の壊れた執着心。そして四度目の絶望、希望。私がこの人に望むことはもう何もない。ただの一度もというのは嘘だけれど、これから先には絶対ありえない。


「……とにかく。あなたが婚約を破棄したことに関して、私は一切関心も怒りもありません。理由が何であろうとです。ですから、どうぞ国へお帰り下さい」

「……嫌だね」

「ではお好きに。あなたのことは守りませんので、何かあってもおいて行きます。ただしついてきた後、私達の拠点を国に知らせて攻め入るようなことがあれば、あなただけでなくあなたの大切にしている家族もすべて惨たらしく殺します」

「そ、それは国に対する反逆……」

「私、もとより国に従属する意思を示したことは一度もありません。勝手に勘違いして、勝手に祭り上げて、勝手に願いを叶えてくれただけでしょう? 私の歓心を買うにはそれでは足りなかったというだけです」


 止まって会話するには長すぎた。先に進んでいる三人が、心配そうにこちらを見ているのに気がつき、私はゆっくりとそれを追いかける。


「アルク王子。人ってね、寸刻みにされても、大事な臓器さえ傷つけなければ、そうすぐには死なないそうですわよ。患部を焼くなどすれば、出血による死も免れます」


 これだけ脅しておけば、尻尾を撒いて逃げ出すだろう。それとも使命感を覚えて、一斉に攻め立ててくるか。どちらにせよ、私が王国と敵対することを厭わないと告げたのだ。私の知っているアルク王子であれば、王子として適切な行動をするに違いない。


 もはや後ろを見るまでもない。少しずつ歩みを早めて、そろそろ三人に追いつこうという時に、後ろからあり得ない幻聴が聞こえてきた。


「わかった。わかったよ。国に戻っても、フィオラ嬢周りのことは何も言わなければいいだけだろう」


 ……うそでしょ。どうやらアルク王子このばかついてくる気らしい。


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