雑な扱い

 ルブルに渡された地図をもって、まっすぐに森の中を進んでいく。私が一人でここを歩いてきたときは、木々や葉に行く手を邪魔されたものだった。しかし今回は違う。

 ゴレアスが先頭を歩くことによって、藪は拓かれて地面は均される。それだけで随分と楽な移動になった。


 日が暮れてしまったので移動をやめる。本来なら夜に活動する肉食の動物を警戒する必要があるので、ゆっくりと休むことができないのだが、今回は眠らなくてもいいゴレアスがいるので安心だ。

 疲れもない、睡眠もいらない。体は硬く、力も強い。

 これまでの生できっと負けたことがなかっただろう。戦い方を工夫しないのも

頷ける。


 警戒をゴレアスに任せて、私とレペテラ君は焚火を囲んだ。

 実は私、木の守護者にはこれまでの人生でも幾度か遭遇している。毎回綺麗に燃やし尽くしているので、勝つだけであればそれほど苦労はない。逆に言うと、どううまく加減して倒したらいいのかが分からないのだ。

 さらにもう一つ懸念がある。木の守護者は、ルブルやゴレアスのように、話の通じるタイプではなかったことだ。猛烈な人に対する嫌悪感を持っており、問答無用で襲い掛かってくる。

 ゴレアスやレペテラ君がいるからといって、どれだけ対応がよくなるかは未知数だ。


「木の守護者って、レペテラ君は会ったことあるかしら?」

「ええ、一度だけ。一番最初に僕の元を離れていった魔族です。名前はトーレン。言葉もあまり交わしていません」

「そう。どうしても話が通じなくて、私やレペテラ君に対して攻撃を続ける場合、やむを得ない対処をすることもあると思うわ。それだけ、覚悟しておいて」

「……きっと、ゴレアスさんのように仲間を守るために戦っているんだと思います。話せば……、わかると思っています」


 理想的な考え方だ。

 自分以外を信じられる、すれていない考え方だ。

 任せてみたい気持ちもある。出発する直前に、レペテラ君のことを守るばかりではいけないと考えたばかりのはずだ。


「お姉さん、お願いします。僕に話をさせてください」

「……そうね。そのために一緒に来たのだから」


 あまりいい予感はしないけれど、私はレペテラ君の可愛いお願い姿に首を縦に振るのだった。





 遠くで鳥が空を飛び、小動物たちが私たちの方へまっすぐと逃げてくる。

 前方で地響きがして土ぼこりが舞った。


「……何か戦っているわね。ゴレアス、急ぐわよ」

「承知」


 こちらもまた地面を揺らし、木をへし折りながら走り出す。

 数分直進したのち、ゴレアスは突然足を止めた。


 巨大な木が、根を振り回し、二人の人間を追いかけまわしている。良くよく見覚えのあるその二人を見て、私は目を疑った。

 なぜアルク王子と聖女様が、今の時期にこの森に入ってきているのか。学園できゃっきゃと楽しんでいる時期のはずなのに、アルク王子にいたってはブレイブソードまで持っている。

 後方で目をつぶり祈りをささげる聖女様は、恐らくアルク王子の強化に集中している。今は根を斬り飛ばしながら跳ね回る王子に攻撃が集まっているが、あの状態の聖女様に攻撃が飛んで来たらただでは済まないだろう。


「姫、どうする。トーレンに加勢したらいいのか?」

「……いえ、ゴレアスは木の守護者を止めて。私は人間の方を止めるわ」

「一時的に邪魔をすることはできるが……。根の数が多すぎる。へし折らずに止め続けることはできんぞ」

「それで十分。レペテラ君、戦いが止まったら木の守護者を説得して」

「わかった、二人とも気を付けて!」


 ゴレアスが走り出したのを確認して、私はアルク王子の元へ駆ける。どちらもまだ私たちの乱入には気がついていないから、止めるだけならそれほど難しくもない。

 背中で激しい衝突音がして、地面を自在に動き回っていた根が跳ね、アルク王子への攻撃がやむ。その隙に根に向けて振り下ろされたブレイブソードを、私は剣の先で受け止めた。

 手が少ししびれる。聖女様に強化されているせいで、とんでもない馬鹿力だ。


「ふぃ、フィオラ嬢、なぜここに!」

「それはこちらのセリフです。なぜこんな森の奥まで聖女様を連れてきたんですか、あなただけならばまだしも」

「私だってこんなところに来たくなかったさ! 聖女様が、君を探しに行くというから、仕方なく付き合ったんだ」

「まぁ」


 聖女様ったら、私がいなくてそんなに寂しかったのだろうか。思わず口に手を当てて、驚いてしまった。ちょっと嬉しい。まさか学園のイベントをほっぽり出してまで探しに来てくれるとは思わなかった。

 

「赤面してる場合か! フィオラ嬢ならば、得意の炎魔法でこの魔人を倒すことができるだろう! 頼む、手を貸してくれ!」

「……それがそうもいきませんのよね」

「なぜだ!? 私が婚約を破棄したから怒っているのか?」

「いえ、そんなことは心の底からどうでもいいのですが」

「心の底から……。そうだよな、フィオラ嬢は一度だって私に興味を持ったことはないものな……! わかっていたが腹の立つ……!」


 未だにアルク王子のエンチャントに集中している聖女様から視線を外し、私とゴレアスの間に入ったレペテラ君の背中を見つめる。


「トーレン、話をしに来たんだ! まずは戦うのをやめて欲しい!」

「……あの角は、魔族か?」


 ブレイブソードをぎゅっと握って、アルク王子が油断なく構える。もし王子がレペテラ君に襲い掛かるようなことがあれば、残念だけど後ろからくし刺しにさせてもらうつもりだ。

 優先順位というものがあるから仕方がない。


 私はアルク王子の動向を気にしながら、レペテラ君の次の言葉を待つことにした。

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