悪役令嬢、十回死んだらなんか壊れた。
嶋野夕陽
1章
悪役令嬢、十回死んだらなんか壊れた。
「フィオラ嬢。その、大変申し上げづらいのだが、あー……。婚約を破棄してはいただけないだろうか?」
キラキラと太陽のように輝く金色の髪と、大空のような蒼い瞳をした王子が、精一杯申し訳なさそうな顔をして私に頭を下げた。
実に通算十度目の婚約破棄に、私としては思うところなどない。
「あ、はい。どうぞ。手続きはそちらでお願いします」
「むろん侯爵家、もとい君に不満があるわけではなく……、え?」
「ですから、どうぞ破棄してくださいと申し上げております」
ぽかんと口を開けた間抜け面を見ると、胸が少しスッとする。
私も一度目の人生では確かにこの王子のことが大好きだった。だってとても美しくて、かっこよかったから。
相応しくなろうと血のにじむような努力をしたし、近づく他の令嬢に嫉妬の炎をまき散らしたものだった。
やりすぎて、動物の死体を寮の部屋に投げ込んだり、階段から突き落としたり、水をかけて真冬の外に放り出したりしてしまったこともあった。
今思えばやりすぎであったし、処刑されても仕方がなかったと思う。魔物の森に放り込まれてこの身をついばまれながら私は誓ったものだ。『もし次があるのなら、もっとうまく思い知らせてやるんだ』と。我ながらとても愚かだった。
そしてなんと次の機会を得てしまった私は、陰湿ないじめをして、結局ばれて同じ目にあった。一度目と同じ、聖女様ともてはやされる平民上がりの令嬢に惚れたアルク王子の姿を見て、私は今度はこう思った。『もし次があるのなら、出会う前に殺してやる』と。
三度目。聖女を殺した罰が当たったのか、学校に入学する前に魔物が大量発生した。自慢の騎士団が食い散らかされ、世界最高峰の魔法使いが踏みつぶされる絶望感と言ったらなかった。
私はとんでもないことをしてしまったのかもしれないと思った時には、四度目の生が始まっていた。
もはや無気力になった私は、ただ毎日を過ごす人形のようになっていた。何もしない私だったが、幾たびの生を繰り返したおかげで、勉学も魔法も大人顔負けの水準に達している。
神童としてまたもアルク王子の許嫁となった私は、それでも何かをする気にはなれなかった。
悟ったのだ。
私はアルク王子と結ばれることはできない。大人しく過ごし、学園でも静かに暮らした。
そして何故か魔物の森に放り込まれて死んだ。
私は聖女様に関わってもないし、目すら合わせたことがなかったのに、いじめの首謀者として処された。冷静に反論しようと、どんなに根拠を述べようと、アルク王子もその仲間たちも、大人たちも私のことを信じようとなんかしなかった。
一応意識を失っていた聖女様は目を覚ました後「その人は違います!」と真っ青な顔で主張してくれた。もう引けなくなった王子たちは「君は優しいから」とかわけのわからないことを言って、結局私を殺したわけだが。
魔物の森へ手足を縛られたまま運ばれていく私に、涙ながらに手を伸ばしてくれたのは聖女様だけだった。
その後、魔物に襲われようとしている私を助けに来てくれた聖女様は、巻き込まれてついでに死んだ。
その時私は初めて、彼女に対して罪悪感を覚えた。
二度もいじめつくして、一度は幼少期に殺してごめんね。もし次があったら、あなたに迷惑をかけないようにするわ。
五度目、聖女様とイチャイチャしてたら、王子に嫉妬されて暗殺された。
六度目、聖女様をほどほどに守って、学園卒業後魔王を倒す旅に出た。あからさまに聖女様を狙う王子の邪魔をしていたら、ピンチの時に見捨てられて死んだ。
七度目、魔王を倒す旅で一人だけ調子よく無双していたのだけれど、魔王軍の逆襲にあって『この場は私に任せて先に行きなさい』といって皆を逃がして死んだ。
八度目、九度目、十度目、同上。
一人だったらどうにかなりそうな状況だったのに、仲間を守るために死んだ。
ということで、今回都合十度目の婚約破棄をされたわけになる。十七歳にして【煉獄の魔女】の二つ名で呼ばれ、世界最高の魔法使いと名高い私に婚約破棄を叩きつけるとは、この王子も中々度胸がある。流石王国に伝わる宝剣ブレイブソードの使い手だ。ナイス勇気。
とにかくいい加減この繰り返す人生にもうんざりしてきた私は、ついに一人で魔王を倒しに行くことに決めたのだ。王子のこの間抜け面を見るのは、まぁ、通過儀礼みたいなものなので一応こなしておいた。
聖女様と結婚してもいいが、不幸にしたらこの王子は消し炭にする。
この婚約破棄イベントをこなすと、そろそろ魔王が爆誕するころだ。徐々に魔物が力を増し、数を増やし、世界を圧迫し始める。王国から魔物の森を越え、北へ北へひたすら進んだ場所に、魔王の住む山がある。
私は踵を返し、その場に王子を置いて寮の自室へ帰る。旅支度をして、あらかじめ準備していた荷物を担ぎ学園を後にする。もはや恋愛なんかどうでも良い。世界をすくえるのは私だけかもしれないのだから。
たくさんの魔物を紅蓮で焼き尽くし、たどり着いた山の洞窟で待ち構えていたのは恐ろしい姿をした魔王、ではなかった。
月のあかりのような控えめで美しい銀髪から漆黒のねじくれた角が二本伸びている。白い肌は生まれてから一度も日の光を浴びたことがないのではないかと思うほどだ。
少し不健康なクマと眠たそうな瞼。瞳は真っ赤な血の色をしており、そこから涙がぽろぽろと零れ落ちている。
あえぐように漏れる呼吸。片手は胸元を押さえ、もう片方の手は私に向けて伸ばされる。
思わず鼻血が出そうになる美少年だった。
「助け……て」
思わず駆け寄ってその手を取ると、体から魔力が一気に抜き取られてくらっとする。どうにかその場に踏ん張った私は、攻撃されたのかと身構える。しかしその少年は何もしてこなかった。
新雪のような頬をほんの少し桃色に染めて、呼吸を落ち着けている。そして私にその美しい瞳を向けた。
「ありがとう、お姉さん。これで、魔物を生み出さなくてすんだ」
「……どういうこと?」
「僕、魔力を使って自分を押さえないと、勝手に魔物を生み出しちゃうんだ。だからこんな山奥に住んでて……。神様が言うには、いつか聖女様に殺されるのが僕の仕事なんだけど、中々来てくれないんだ」
大事なことを言っている気がするが、私はそんなことどうでもよかった。久しぶりに感じていたのだ、胸の高鳴りを。恋の予感を。
私のことを『お姉さん』と呼んでくれているこの子を守りたい。
「僕、誰も殺したくなんかないんだ。お姉さん、すごく綺麗だし、もしかして聖女様? 僕のことを殺してくれる?」
「……私は聖女様じゃないわ。あなたのことを殺すこともしない」
「そっか……」
「でも! 私はあなたのことを守ってあげる」
「守る……? 僕を?」
「そう。今みたいに魔力を分けてあげれば、魔物を湧き出さなくて済むのでしょう? だったら私がずっと一緒にいてあげる。辛くなったら魔力を分けてあげる。そうすれば、死ぬ必要だってないでしょう?」
「本当に?」
「本当よ。ちょうど国で暮らすのにはうんざりしていたの」
「……ありがとう、お姉さん大好き!」
美少年に抱き着かれた私の顔は緩んでいるに違いない。鼻血が出そうなのを我慢するために天を仰ぐ。
これいい。今回の人生過去最高かもしれない。
王子とかどうでも良い。ここでこの子を守ってあげてれば、魔物の発生も抑えられて聖女様も守れる。
はい決めました。私今世はこの美少年と添い遂げます。
「僕、レペテラって言うんだ。お姉さんは?」
「私はフィオラよ。【煉獄の魔女】と呼ぶ人もいるわ」
「かっこいい! えっと……、その、よろしくお願いします、フィオラお姉さん」
ぺこりと頭を下げたレペテラを見て、私は顔の下半分を覆った。
彼の健気さに心打たれたのだ。
健気さに心打たれて、鼻血が我慢できなかったのだ。
私の新たなバラ色の日々が、薄暗い洞窟から始まろうとしていた。
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なんか、なんか変なものができたので置いときます。
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