僕のホーリーday

小花 鹿Q 4

第1話

はじまりの話


僕が幼稚園の時、同じゾウ組さんのまさや君が、転んで鼻血を出した。

その前にまさや君は、僕の事をチビとか言ってからかってゾウ組さんの印である青い帽子を取り上げて、母が他の人と間違えない様に付けてくれたステゴサウルスのアップリケをなんだかんだと言ってからかっていたんだと思う。せっかく母が、僕の好きなステゴサウルスのアップリケをわざわざ探してくれたのがすごく嬉しかったから、それをからかわれるのは、物凄く嫌だったんだ。それで、返してとジャンプした拍子に僕の肘が、まさや君の鼻に当たって、そしてまさや君はバランスを崩して大きな音を立てて転んでしまった。

僕はビックリして、まさや君を見ると鼻からたらりと血が出ていたので、

「ごめんね、ごめんね。」と何度も謝っていたらそこへ、騒ぎを聞きつけて先生が来た。

「どうしたの?」

先生が誰にという訳でも無く問いかけると、クラスの口の達者な女の子達が、

「まさや君が、ゆうま君をいじめたんだよ。」

「ゆうま君の帽子取っちゃったんだ。」

「僕が悪いの。僕がジャンプしたらまさや君に当たっちゃったんだ。」って言ってるのに、女の子達が

「まさや君が悪いんだよ。」

と僕を庇う。

でも違うよ、鼻血が出たのは僕の肘が当たったからだ。と上手く説明出来なくて、

「違う違う、ごめんねごめんね。」と繰り返していたら、

「ちゃんと謝れて偉いね。」と先生は、僕を褒めて

「まさや君、とりあえず医務室行こうね。」と普段からいじめっ子のまさや君を連れていきながら、

「人の物取っちゃっダメよ。」と叱っていた。

なんだか余計に悪くなって、

「ごめん」って呟くと

「ゆうまは悪く無いよねぇ〜。」と気の強い女の子達に囲まれてしまった。


僕は昔から女の子に人気があった。

それだけで、自分の評価と違うところで妬まれたりする。

この、まさや君事件もまた然り。

まさや君はそんな僕が嫌いだったんだきっと。だから、からかってしまった。それ自体はまさや君の勝手で僕に非はないかもしれないけれど、肘鉄を食らわして鼻血を出させたのは僕だから、それは僕が悪いに決まってる。

だから、謝るのは僕で褒められたりするのはやっぱり違うと子供ながらに思っていた。今みたいに、説明できる訳では無いけれど。

そしてこの事実が、また僕に婉曲的な災難を呼び込むのも肌で知っていた。

それから僕は、暫く男の子達と一緒に遊んで貰えなくなったんだ。その時の寂しさは、深く記憶に刻まれている。


大きくなっても、そんな事はしょっちゅうで、勉強や運動が出来ることも更に加わって思いもよらない嫌な目にもあった。

でも、それを回避するために、見た目を汚らしくしたり、わさど赤点を取ったりする事はしなかった。

それは、きっと今大人になったからハッキリと分かるけれど、母のお陰だ。ウチの母は清く正しく美しい人だった。

それに気後れしたのか、父は母に辛く当たる事も度々で、父の会社が倒産してからは、家に寄り付かなくなった。そして僕の知らぬ間に離婚もしていた。その後泥酔して夜中に事故に遭って亡くなった時も、母が看取り葬儀の手配までしたんだ。その時初めて離婚していた事を知った。

母は、そんな父に不平も言わず、地道に働いて僕達の生活を支えて来た。

嘘は駄目よ。仲間を思いなさい。悪い事はちゃんと悪いよって言える人になりなさい。だから、自分が悪い時はキチンと謝る事。自分に非がないのなら堂々としていれば良いのよ。

小さな時から繰り返しかけてもらった言葉だ。

だから、ひょんな事から理不尽に妬まれたりいじめられてたりしても、いじけずに済んだんだと

「お母さんのお陰だよ。ありがとう」と言いたい。もう言えないけれど。


僕は母子家庭になった事知ってから、勉強を頑張って特待生で高校に入りアルバイトに励みながら、奨学金制度を利用して大学へ行った。

大学にいる時、特許を取る事ができた事からゼミの仲間と今時の流行りだし、起業してみようと話になって、会社や社会というものがどういうものかも分からずに会社を設立した。

セミナーに通ったり、紹介されたパーティーに行ったりしながら、徐々に会社らしくなって来た時作ったシステムが、売れた。大ヒットだった。会社はみるみる大きくなり、5人で始めた会社も50人を超える規模になる。

仲間達は、取締役らしくなっていき仕事の出来る者をどんどん使って自分達は営業とは名ばかりの放蕩に身をやつしていった。

その頃から僕はちょっと、彼らに申し訳ない事をしたのかもしれないと思う事がある。

前途ある、意気揚々と社会に乗り出して自分の力で切り開く道に飴をばら撒いてしまったんでは無いかと。

会社が100人を超えようとした時、いきなりそれは起こった。

会社の資金が焦げついたと財務から急の連絡が入り、帳簿を調べた結果、どうやら初期メンバーの2人が使い込みをしているらしいと言う。マサカと思ったけど、そう言えば、随分高そうな車に乗っているいるのを見た時聞いたら

「リースだよ」と言っていた。わNo.じゃ無いのが気になったけど、忙しさにかまけてすっかり忘れていた。

次の開発に資金繰りが厳しいと、自分より10も歳上の財務部長に泣きつかれて、この間買ったマンションはすぐに売れるだろうかと頭で算段し始めた時、なんと大手からウチの会社と合併しないかと話が来た。いわゆるウチみたいなベンチャーをM &Aするっていうやつか。流行りだな。

内部にちょっと聞き込みをしたら、使い込みした方じゃ無い方の初期メンバー2人がこの話を進めているらしい。誰に相談したら良いのか途方に暮れている時、たまたま本当に偶然食事に入ったこじんまりしたレストランで高校の時の部活先生に会った。

今では笑ってしまう様なインターネットクラブと言うのが、僕らのクラブでそこの顧問を嫌々ながら押し付けられた、生物の先生だ。

「俺は機械は分からん」とか言いながら、インターネットの面白さを、僕らが教えるといつのまにか、コンピュータ言語とかまで調べ始めて、Macと Windowsの違いはな、とかを僕らを捕まえて講義する様な人だった。

「先生。」と僕から声を掛けると嬉しそうに

「元気でやってるか。」と破顔してすぐに名前を呼ばれる。先生って凄いなもう10年以上経ってるのに

「お久しぶりです。」と近況を報告していたら、心配させる気はなかったんだけど、つい近頃の会社の状態について愚痴っていた。

「珍しいなぁ、お前が愚痴るなんて。」

「あっすみません。誰に相談したら良いかも分からなくて。」

「そうだな、まだお前の同級生はやっと仕事を覚えたばかりって感じだろうしな。」

「えぇまぁ。」

「あんまりやたらと相談すると変なのが、聞き込んで付け入ろうとする奴が出てくるのも世の常だしなぁ。」とまあ飲めやとビール瓶を傾ける。

「そうなんです。良い人も勿論居るんですけど仕事関係は、利益が絡むとやっぱり自分のところが最優先になってのアドバイスをされてしいますからね。なかなか。」

「なんだか一丁前の社会人やってんだなぁ。」とあははと笑って

「売っちゃえよ。そうしたらお前は楽になるんだろ。」

「でもウチの社員がどうなるか、リストラとかされてしまう事も多いですし。」

「あのさ、お前のところどれくらい大きくなる目算があるんだ?今買うと言ってきている会社よりも大きくなんのか?」

「いや、まさか。相手は老舗の一部上場ですから。」

「だろ?っていう事は一部上場の社員になれるチャンスを作ってやれるって事にならないか?」

「えっ」

「だから、これから何年お前のところが利益出し続けられるかは分からんが、今回資金繰り失敗したら潰れるかもしれん訳だし、今やってる開発も頓挫するかもしれないんならよぉ、良い条件を出来るだけ引き出して、社員がなるべく多く残れて今の仕事を続けていかれる様にしてやるのも一つの道じゃねえのか。と無責任な第三者は思ったりするね。」と一気に言って照れ臭そうに笑いながら、

「まっ俺は、会社勤めした事ねぇからよく分からんがな。」と締めて

「すいません、チーズケーキとコーヒー、コーヒーでいいか?よし、コーヒー2つお願いします。」とオーダーした。

「ここのチーズケーキ目当てでたまに飯食いに来るんだよ。」と秘密を明かすように先生はニヤリとした。


それはレーズンが底の方に沈んでいてレモンが効いた本当にオーソドックスな、クラシックチーズケーキで、とても美味しかった。

そう言って褒めると

「だろ?」と先生はヤケに嬉しそうだった。

今日のところは、愚痴を聞いて貰ったからと僕が支払いをすると更に嬉しそうにしたのが、先生らしくてこちらも嬉しくなった。


先生と会ってから数週間、M&Aの事を調べたりウチの財政を立て直すにはどうするればいいのか、社内ミーティングも重ねながら、僕は決断する日を迎え、初期メンバーに集まって貰った。

ますば処分について話す。

するとあろう事か横領の見つかった1人から

「お前も偉くなったもんだな。」と言われて耳を疑った。他の3人はその言葉に目をむいて驚いていたから総意では無いんだろうが、まぁ時折そんな話もしていたんだろう。返ってそれで腹は決まった。

横領した2人は退職金なしの懲戒解雇なので、退室してもらってから

「会社を合併させる方向で動こうと思っている。知っているかもしれないけど、条件は出してある。これから新しいメンバーでの役員会議ですり合わせしながら決めていくことになる。君たちは勿論残るだろうから、ウチの社員がなるべく優遇される様動いて欲しい。」

と今後についての報告をした。

もう、俺達頑張ってこんなに会社大きくしたよなと肩を叩き合って飲み交わす事も無いだろう。そんな風だったのは、そういえば最初の1.2年だけだったのさえ今気付いた。そう思ったら 

「ねぇ、聞いていいかな?何で僕を欺くみたいなやり方をしたの?」と口をついて出た。

2人は気まずそうに目線を交わしていたが、大学1年から付き合いがあり、会社起こそうぜと声を上げてくれた川鍋が

「すまん。騙すつもりが初めからあったわけじゃ無いんだ。多分俺達お前が1人で大きくなっていくのが妬ましかったんだよ。お前1人で作った会社じゃねえのにって、集まるとそんな話になったりしてよ。イケメン実業家とか天才開発者とかマスコミにも取り上げられたりしてただろ。なのにお前は奢る事なく人一倍働くから俺らより社内の評判良いしな。ここ二、三年は俺らは部下達から報告上がるのチェックするくらいしかないし。苑田達だって魔が刺しただけだよ。お前が1人で利益を貪ったりしていないのは俺達が一番知ってるから、そうことじゃ無いんだ。」少し言葉を探す間があってから川鍋は、苦しそうに眉間に皺を寄せて、

「そうだな、多分ちょっとお前より俺の方が賢く立ち回れるって思いたかった、そう言うことだと思う。その結果が相手の手中に収まってしまったっていうのが本当ところさ。情け無い。自分達の小ささが、身につまされていたのを挽回したかったのかもしれんな。」と川鍋は自分の言葉にどんどん項垂れていく。


あぁ、まただ。これもまた「まさや君事件」なんだ。


「そうか、でも僕1人だったらこの会社は無かったよね。お前らが居てみんなで頑張って会社大きくしたんだって、そうみんなで飲んだ時よくそう言い合ったじゃないか。近頃みんなで集まる事は無くなったかもしれないけど、僕はずっとそう思ってきたよ。」涙が溢れ出た。

僕はいつまでも5歳のままだ。


川鍋が、口を開きかけたので、僕は部屋を出た。

さよなら、仲間だと思っていた人。

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