第23話

チラシ


ザァザァと木枯らしが梢を揺らし、ガサゴソと音を立てていた落ち葉も随分踏み締められて砕けた葉が混じり合っている。

冬になりかけたその季節の空気が、僕にはなんだか新鮮で、しかも懐かしい。

小学校へ通う通学路で、街路樹がハラハラ落ちるのを競って友達と踏みしだいた冬の始まりの匂いを思い出す。

去年今頃は一体何をしていたんだろう。こんなことを思うのは、ここに来て何度目になる?と自問する。ゆっくりと流れる時間に前日までの自分は居ない。過去を忘れた訳じゃないけれど、置き去りにしている気がする.


抜ける様な初冬の空が徐々に明るくなって、1日の始まりの生活音を聞きながら、いつものチロとの散歩道を外れて公園の方に歩いて行くと、微かにリズムをとる音が聞こえる。

なるべく近隣の民家に響かない様に配慮しているのか、静かにリズムを取りながら十数人の人が手を上げたり、足を曲げたりしながら体操をしていた。


ちょっと離れたベンチに座って、チロに水を飲ませながら体操をする人々とつい呼吸を合わせて見ていた。

「お水飲んで下さいねぇ。」と前で指導していた中年の女性が声を掛けると、ワラワラと体操をしていた人たちは近くのベンチに置いてある水筒の方へ散った。その中の1人がスタスタと姿勢良く軽やかに歩いてきて、

「ご一緒にいかが?」とにこやかに話しかけてくれる。

「あっいえ。」としどろもどろにチロを見ながら応えると、

「気兼ねのいらない楽しい会なんですよ。良かった雨以外の日平日の朝やってますからね。」

とA5判のチラシを僕の手の中に押し込む様にしてから、来た時の3倍の速さで駆けて行った。


後でウチに帰ってから見ると、そこには、

「会員募集!

平日毎朝6時より見富士山公園の広場で。

会費:入会金無し

  一回100円

  (先生の指導料但し10人未満の場合は千円を頭割り)

正しい呼吸法と柔軟な身体を手に入れましょう!」

と言う内容だった。

安いなぁ、さっき20人くらいは居たのかな?

そんな事を思ってからテーブルの上に置いて、手を洗いに行った。


昼からチーさんが来てサツマイモを掘ってみるかっていう事になった。

サツマイモは、霜が降りるとダメになるからそろそろ掘らねばならないらしい。

結構立派な紅あずまやシルクスイート、金時、安納芋が採れて、すぐに焼き芋にでもするのかと思ったら、少し熟成させた方が甘味が増すんだと言って新聞紙に包んで段ボール箱に詰めてから倉庫に仕舞う。冷え過ぎたらダメだから、冬には家の中に入れろよとチーさんは言って、段ボールに品種を書いていく。

大きい大きいと喜んでいると、肥料のやり過ぎだと叱られた。

大き過ぎると「味が薄くなって美味かねぇぞ」と苦笑いをするチーさんにお茶にしましょうと家に招き入れる。


この間の料理教室で作ったプリンがまだあったので、皿に盛って出すと、

「自分で作ったのか。」とチーさんは感心して美味い美味いとペロリと食べてしまう。

その声が聞こえたかの様にキャプテンが現れて、

「俺の分もあるかぁ。」ととぼけた声を出す。

「さぁやるか」とチーさんは畑ではなく碁盤を出そうとリビングに向かうと、テーブルの上にあった紙片に気付き眉間に皺を寄せる。

「おい、この会に入ったのか?」

「えっ?あぁ今朝チロを散歩していたらたまたま公園で見かけた時に貰ったんです。」

「そうか、コレ髪の短い爺さんみたいな婆さんに貰ったのか?」

それを聞いてキャプテンが、紅茶をちょっと吹き出す。

3人でアワアワとダイニングテーブル周りを拭いたりした後キャプテンが、

「薗部さんのことか?」と言うと。

「あぁそんな名前だったな。」とチーさんが答える。

「その方がなにか?」

「よく分からんのだがな、あっちこっちに顔を出して、いろんな事を勧誘するので有名なんだよ。」とキャプテン

「色んなサークルにご参加されてるんですか?」

「自分が入っていないサークルにも顔を出して誰彼構わず勧誘するんだ。一時期問題になっていたんだが、何がしたいのか分からないから、文句を大っぴらに言う者もいなくてな。」とキャプテン。

「いや、どうやら無理矢理入れられたと言って子供に泣きついたのが、ほら去年引っ越した佐伯さんと言ったかな八百屋の裏に住んでいた。子供達が文句言いに行ったが暖簾に腕押しだったらしくてな、とうとう子供の側に引っ越す事にしたとか、施設に入れられたとかの噂になっていたとカミさんが言ってたぞ。」とチーさん。

「えっ家を引き払うほどの大きな問題になったんですか。」

「まぁ表立ってはよく分からん。でも推しに弱いとかちょっとボケ気味とか一人暮らしとか、そういったのを見つけては、家に入り込んで体操とかじゃないものに勧誘してるって話だな。」

「宗教とか投資とかですか?」

「先生に会ってみない⁈って言われたとかなんとかって話だけどな。」

「小規模カルトでしょうかね?」

「なんだそれは?」とチーさんとキャプテンが声を合わせる。

「大人数が入信している宗教団体とかじゃなくて、リーダー的な人が居てアレコレ指示をして、其れを聞かなきゃ駄目だって思い込ませるものって言えばいいのかなぁ。なんにせよ、支配と金集めですよ結局は。」

「なるほど。怖いなぁ。」

「胡散臭いって思わないのかねぇ。」

「話術って言うのは暗示ですから、案外誰でも飲まれて行っちゃうものなのかもしれませんよ。でも、このサークルにしても、もしその勧誘の窓口みたいに使われているならイイ迷惑ですね。皆さん体を動かす為にやっているんだろうし、先生って言われている方への謝礼も安価で良心的ですし。」

ふむふむと2人は、腕を組んで苦い顔をして頷いている。

「でも、正体が分からない以上、気を付けます。」と言ってその後はその話題に戻ることなく暫く囲碁を打った。

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