第22話
喫茶店
雨が降る。
ざぁざぁと音を立てて雨が降る。
軒に当たる雨粒の音。
雨樋から溢れて、断続的に不思議なリズムで屋根を叩く音。
風が吹いて木々が揺れ翻った葉っぱに当たる雨粒の音。
ベットの中で、寝返りを打ちながら明日は晴れるだろうかと思いながら微睡む。
翌朝雨がすっかり上がり、久しぶりに乾燥した空気が緩んだ感じがする。
まだ、息が白くはならないのは暖冬の印だなと思ってはいても、上着を着なければベットから抜け出せない。
カンカンとケトルが鳴いてモクモクと湯気を吐いている。
ドリップしたコーヒーの香りに癒されながら、ダイニングテーブルで厚く切ったトーストを頬張る。
卵でも焼けばイイんだろうけど、毎日の様に誰に叱られるわけでも無いのに言い訳まがいの事をつい思う。
コーヒーを飲みながら昨日行った啄木鳥でのことを思い出した。
この間、電気屋で買い物した帰りに通りを1本間違えて曲がった先にその店は在った。
こんな所に喫茶店かぁと落ち着いたウッディな扉をみながらそう思っていると、コーヒーの良い香りが漂ってきたので、帰ったって急ぎでやることがあるわけじゃあ無いし、ちょうどお腹も空いたから何か食べる物でもあればランチして帰ろうと思い立って中に入った。
ドアのベルがカラリンと鳴って中に入ると、表の印象より広い明るい店内は、無垢の木材がふんだんに使われていて、磨き込まれたアンティークの椅子やテーブルが置いてある。
仙台箪笥やガレのランプがさりげなく配置されていて、豊かな空間を演出している。
「へぇ、素敵知らなかった。」
店内をぐるりと見渡して、小さく呟く。
「足元気を付けて下さい。」
明るい女の人の声で、そう言われた途端に、階段を一段踏み外した。
「ごめんなさい、外から入ってくると急に暗いからそこの段差見えづらいですよね。やっぱり足元ランプ置こうかなぁ。」
そう言いながら、コチラにスラリと背が高いショートカットのよく似合うボーイッシュな女性が駆け寄って来た。
歳の頃は私と変わらない感じだからここのオーナーかな?と思いながら
「いえいえ大丈夫です。歳取ると焦点合わすのが遅くなって嫌ですよね。」と照れ笑いをする。
目を合わせて、ニコリとする目尻のシワが優しげでなんだか素敵だ。
「コチラにどうぞ。」と窓際の席に案内されてメニューを受け取る。
「本日のランチは何ですか?」
「おまかせしか無いんですけどイイですか?」
「そうなんだ、じゃあそれとホットコーヒーで。」
「かしこまりました。」
と、水とお手拭きをサッと置いてニッコリと微笑えまれて、ついコチラも笑みで返す。
トレイを持って戻ってきた彼女は、プレートランチをテーブルに置きながら、先ほどの歯切れの良さと打って変わっておずおずと
「もしかして、堀川さんのお嬢さんかしら。」と覗くように聞いてくる。
「えっ、お嬢さんと言われると違います。って言いたくなっちゃうけど、近所に住んでいた堀川の孫です。」と答えると、
「まぁ」と目を細めて、
「モロさんモロさん、大将のお孫さんですって。」とカウンターに座るおじさんに手を振って報告する。
するとおじさんもコチラにやってきて
「そうか、そうか。大将のね。大将達にはすごくお世話になったんだよ。早いな。らもう1年以上経っちまったのかな。線香も上げに行かず悪かったな。」とペコペコと頭を下げるので、
「思い出話でもしてもらえたら、それで祖父母は喜ぶと思います。」と応えた。
祖父母達は時折このお店に立ち寄っていた様だ。聞いたことなかったなぁ。
プレートの中身を見るとそこには小ぶりの器に入ったマカロニチーズ、豚バラで巻いたアスパラガスを甘辛く焼いた物。おかかを混ぜ込んだお握りの中にカリカリ梅がひと粒、胡麻豆腐に、蒸し野菜にからし味噌。
うわぁ、お祖父さんの好物ばかりがまるでお祖母さんが作ったみたいに並んでいる。
「。。。」
何か言おうとして言葉が見つからない。
「まぁ、食べてからお話ししましょう。暖かいうちにどうぞ」と勧められるままに食べ始める。
懐かしい味の食事をして香り豊かなコーヒーを飲んだらすごくホッとして心の中からリラックスした。食べ物の力って凄いな。
モロさんと呼ばれたこの辺の地主の師岡さんから、お祖父さん達とこの店でよく一緒になったって話になる。
「俺はさ、お金持ちなのよ。だからさ働かなくてイイんだけど、家に居ると煙たがられるからここに居るわけさ。」
とモロさんは毎日の様にこの店でクダを巻いて居るお喋りで気の良いおじさんみたいだ。
「そう言えばまた、近頃この辺によく無い輩が居るらしいけど、絡まれてないかい?」と子供に聞く様に私に尋ねる。
「良くないって強盗とかですか?オレオレとか?」
「ふむ、そう言うのもいるなぁ。この間川向こうの婆さんが、銀行で断られたからと言ってわざわざ郵便局まで行って金を下ろして一千万だか二千万だか、取られたって話だからな。」
「ひどーい。」
「でも、今俺が言ってんのはよ、そう言うんじゃなくて、親切顔して近付いて占いだか何だかでチョロチョロ金を吸い上げていく輩がいるみたいって話でよ、1人もんを狙うってことらしいから、堀川さんも1人だろ気を付けんといかんよ。」
「あっ、はい。大丈夫だとは思いますが気を付けます。」
「俺もヨォ前に一回騙されかけて大将に目を覚ましてもらった口だからよ。」
「そうなんですか、」
驚いた。お祖父さん何をしたのだろう。
「またそう言った話をチラホラ耳に挟むんでな、知り合いには注意喚起っていうのか、こえかけるようにしてんだわ。」
「はい。気を付けます。」どうやらモロさんのお知り合い仲間に入れてもらえた様だ。
「時々、ウチに何故だか占いして下さいなんてお客さんが見えたりするのよ。全然そんなことしていないのに、弱っちゃうわ。ウチが何か勧誘しているなんて噂にならなきゃイイんだけど。」とオーナー。
「大丈夫だろ此処は常連しかほぼ来ないしよ。」とモロさんが受け合う。
「それならイイんだけど。」とオーナーは不安顔だ。
「そう言えば、私コチラに住んでまだ2年弱なんですけど、此処にこんな素敵なお店があるなんて全然知らなくて、ちょっとお祖父さん達に文句を言いたくなりました。」
「あら、そうだったのね。看板も大きく出してなくて分かりづらいものね。それに常連さんは、ここをご自分の隠れ家的存在にしたいらしく宣伝に協力的じゃぁ無いんですよ。」とケラケラと笑う。
あぁ何だかわかる気がするなぁ。私も此処には1人で来たいって何処かで思っているのに気付かされる。
そんな話をしていたら、何故あのプレートを出した時に私が堀川だと気付いたのかを聞きそびれてしまった。
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