第34話

青梅


梅の花が満開になって、庭に鶯と言いたいところだけど、メジロが梅や椿の花の蜜を頻繁に吸いに来るようになると、春を感じてはいるのに一番寒い季節に突入する。

外の水道に断熱材を巻きつけておいたから破裂することはなかったけれど、下に置いた水盤には氷が張って溶ける気配を見せない。

小さな子が居たらきっと喜ぶに違いないのになと、ちょっと勿体ない気持ちになった。


ほうれん草や小松菜の種を撒いて、ジャガイモをそろそろ植えようかとチーさんと相談していたら、梅がよく香っていた。

チーさんに

「青梅の梅林は、虫にやられて切っちゃったんでしょ?」と聞くと

「らしいな、あらかた斬って新しい苗木を植えているみたいだな。」

「あそこの山は種類も沢山で満開の時は凄かったのにね。」

「そうだな。でも青梅なら寺や家の庭にも梅が沢山植ってるから今行きゃあ結構見られるんじゃねえかな。」

「そっか、明日は晴れそうだしドライブにでも行こうかな。チーさん行く?奥さん連れてさ。」

「いやぁ明日はカミさんと孫のところに行く予定でよ。また今度な。」

「そっか、じゃあ新木田君は?行く?」

「えっ?何処ですか?お孫さんのところですか?」

あははとチーさんと笑って、

「またなんか考え込んでいたの?」

「霜が降りると作物は大体ダメになるって言われてるのに、雪の下人参とか、ほうれん草は霜が降りた後が本番だとか言われるのは何故だろうかと。キャベツも白菜も雪の下から掘り出されたのは甘みが強くて美味しいらしいけど、そもそも何故枯れてしまわないのか?不思議だなって。」

「なるほど。」とチーさんとまた顔を見合わせてブッーと吹いてしまった。

「まぁそれは後で検索してみてよ。それより明日梅見に行かない?」

「梅ですか?小石川後楽園とかですか?」

「それもイイけど、此処からならそんなに遠く無いから、青梅に行ってみようかと思ってるの。行ったことある?」

「青梅か。無いかも。此処から近いんですか?」

「そうね、圏央道使ったらあっという間に着くね。」

「青梅ってやっぱり梅が有名なんですか?」

「うん、吉野山ってところが梅林になっていて盛りにはお祭りやるくらいよ。」

「じゃあ、行ってみます。」


吉野梅郷梅の公園は、すっかり木が切られて禿山と言ってもイイくらいだった。

細い苗木が、大事に植えられていたけれど花が山を包むのは、まだまだ時間が掛かりそうだ。

気を取り直して、青梅の由来になった金剛寺に行くと枝垂れ梅が綺麗に咲いていて、ホッとする。

ここの梅が、熟しても赤くならなかったことに青梅の地名が生まれたと立て看板に書いてある。今でも青いのか実が熟した頃に来てみたい。

「歴史があるんですね。今でも本当に青いままなのか、聞いてみようかな。」とお寺の人を探す新木田君を、

「こう言うことはさ、伝説だから明らかにしないのがイイのかもよ。」と自分も確かめたいと思っていたくせに、嗜めてみる。

「そう言うものですかね?」うんと頷いてから

「あっちに稲葉住宅とい古民家が公開されているみたいだから行ってみよう。」と袖を引く。

稲葉住宅は、三階建の蔵があって豊かな豪商だった事を窺わせた。

ひな祭りに向けて、蔵には段飾りの雛人形が飾られている。

近頃は何処でもお雛様の時期になると、色々な所で雛人形を飾って観光資源にしている。

お雛様は地方によって形式が違ったりするけれど、女の子の居る家には何セットか押し入れや納屋に仕舞ってあるのが常だから、新たに用意しなくても展示品には困らなくてイイのだろう。

小さな物が好きな私には、嬉しい限りで特にお雛様のお道具が揃っているとテンションが上がる。

櫃に長持ち、鏡台に角盥。蒔絵や螺鈿で飾られている本物さながらのお道具は素晴らしい。

以前名古屋の徳川美術館に行った時の徳川のお姫様の雛飾りはそれはそれは素晴らしかった。

三井家のも良かったなぁ。目黒雅叙園でのお雛様展もまた、各地からやって来た趣のある平安飾りは、屋根までついた台が見事だった。どれもこれも細工に職人さんの技が光る。

家には、お祖母さんが買ってくれた木目込み人形の衣装の古裂が素敵で、お祖母さんらしいチョイスな物が有るけれど、お道具が付いてい無かったので余計に憧れてしまうのかもしれない。

私の子供時代は、七段飾りを持っている子は憧れの的だったのだ。よく懸賞に応募した。そんな娘心を揺さぶるのか、各地で雛飾りのイベントが開かれていて、思い出すとその時期に雛飾りを見に出掛けている。


さて、山を散策する時間が端折られたのでこの後どうすしようか、まずはお昼を何処にするか決めようと、

「お昼何食べたい?釜飯、豆腐料理、懐石、うどん、ラーメン、蕎麦、カフェランチ?と新木田君に問い掛けると。

「ん〜、釜飯かな。」とこう言う時の決断が早い。

「了解。じぁもう少し奥多摩に向かってドライブしましょうか。」

「この先が奥多摩になるんですね。へぇ。」

「あっ、奥多摩湖とか、御岳山とかにも行けますが、行ってみたい?」

「ここら辺の観光スポットをチェックしてこなかったんでお任せします。」

「では、釜飯メインで行きましょうか。」と請け負う。

コースはこんな感じにしよう。

国道411を奥多摩に向かって走らせると、へそまんじゅう屋に立ち寄る。まず先にお土産と食べる分を買う蒸立ては格別に美味しい。

更に走ると澤乃井酒造が見えてくる。此処は澤井園と言う休憩処があって工場見学なんかも出来る。

レストランやもっと気軽な軽食店やお土産屋が有って結構楽しい。吊り橋を渡るとかんざし美術館なんてのにも歩いていける。近くには玉堂美術館も在る。澤乃井がやっている豆腐懐石のままごと屋や豆らくもある。眼下に渓流を見ながらお庭散策に食事と此処を目的地にしたってイイ感じだが今日はわさび漬けと豆腐を買って次を急ぐ。

更に奥に向かって走ると大きな吊り橋が見えてくる。

対岸に渡って山に向かえば、御岳山のケーブルカー乗り場に辿り着く。

だけど、今回はそちらには向かわず、右側の細い山へ入って行く道を行く。すると普通の山のお家がそのままお店になった中井という釜飯屋にでご飯を食べたら、もう少し奥まで走って、多摩湖まで行ってみよう。


「わぁ、イイ所ですね。」

「故郷に遊びに来た感があるでしょう⁈」

「そうですね。」

と、新木田君は中井の佇まいを観て嬉しそうだ。

直ぐに席に案内してもらってラッキーだった。休日には行列で、諦めることもあるのだから。

縁側に陽が燦燦と降り注ぎ、部屋の中まで明るい。

二間続きの部屋に大きなテーブル並べてあって久しぶりに畳の部屋で座布団に座っての食事をした。

釜飯は、たっぷり三杯は入っているのでお腹がはち切れそうだ。

ゆっくりとお茶を飲んで、庭の梅の花を鑑賞する。

「来て良かったですね。」先に新木田君に言われてしまった。

このまま縁側に丸くなって猫みたいに昼寝したらどんなに気持ちが良いだろうか。


多摩湖に廻るのを取り止めて、青梅の街を散策する事にする。

吉川英治記念館を観て、住吉神社の急な階段を登る。

振り向くと川を挟んだ対岸の低山の向こうに空が開けていて良い眺めだ。

神社の柱の飾り彫は、凝った物が多いがここの横木は透かし彫りで格別だ。

建物をゆっくり見てお詣りをした後、繭蔵という古い倉庫を改装したレストランに行ってお茶にする。向かいに、前には無かった映画館が出来ていた。

青梅と言えば、古い映画看板が通り沿いに掲げてあるのが有名だから、映画館を建てたのだろうか。

単館映画館が減って行く中こうやって新しい映画館がオープンするのはなんとも喜ばしい。

新木田君が、

「今度は映画見に来ましょう。」と言いながら運転席に乗り込む。

「帰りは僕が運転します。」

なんて贅沢な休日だろう。

助手席に乗り込む時ほのかに梅が香った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る