第15話

豪太君と西瓜


朝早くから始めた草むしりと、トマトの収穫が大体終わったと思っていたところに、

「おーい、暑いからかき氷食べにおいでぇ〜」と堀川さんから声が掛かる。

素晴らしいタイミングだと、麦わら帽子を脱ぎながら、堀川さんのリビングの掃き出し窓から顔を出して、足洗ってからすぐ来ますと言うと、

「そこの水道で足洗えばいいよ」

とタオル片手に堀川さんが現れた。

アレこんな所に水道があったんだ。全然気づかなかった。


長靴を脱いで、汗で湿った靴下の脱ぎ捨てて素足に水を盛大にかける。ついでに頭も流して一息つくと、シャツまでびしょびしょにしてしまったことに気付く。

「やっぱり着替えて来ます。」と言うと、

「そこのクロックス使っていいよ。」と庭ばきのサンダルを笑いながら指さした。


チーさんの畑の西瓜は、よく熟れていて真っ赤っかで、皮が薄くて極上に甘かった。

「熟れすぎてて、冷やし水に入れると割れちゃうのよ。だからドンドン食べてくれると助かる。」そう言って大家さんは、シャクシャクと氷をかいている。

横では、豪太君が大きな口で西瓜を頬張りながら

「塩かけるタイプですか」と聞いてくる。

西瓜に塩。懐かしい組み合わせだな。近頃だって西瓜を夏に食べることくらい毎年の様に有ったけど、それはコースの終いに他の果物やスイーツと共に出てくる薄い三角形の一欠片だ。

こんな風にお盆に果汁を滴らせながら、ムシャムシャと齧り付いたのはいつ以来だろう。

近頃の西瓜を子供の時みたいに美味しく感じ無くなっていたのは、西瓜のせいじゃなくて僕のせいなんだって事が一口目でよく分かった。冷たくて甘くて瑞々しい。

「塩はかけない派だな。汗を流した後は本当に美味しいね。」

「いっちゃんと一緒だね。かけたら甘みが増すのに。それにしてもわざわざスイカ食べるために、冷房切って部屋暑くする意味あると思います?」

豪太君は声を潜めてやってられんと言わんばかりに聞いてくる。

そういえば、冷房効いてないな。でもさっきまで炎天下で作業をしていた体には、日陰で西瓜を食べているだけで、極楽と言いたいほど快適だ。それは言わずに

「あはは、堀川さんらしいね。」と答える。

「いっちゃ〜ん、かき氷は練乳と小豆でお願いします。」と豪太君が、キッチンの堀川さんに声を掛ける。

「えっそんな豪勢なメニューも有るの?僕もそれで。」と言ってみる。

「男ども、贅沢言うな。」

と言っていたのに、小豆に練乳それに抹茶の粉までかかった宇治金時が出てきて、豪太君と2人でやった〜とハイタッチする。

しばらく黙々と3人でかき氷をお腹に入れて、体の芯から涼しくなったところで、

「アラッキーってさ、いっちゃんの作ったモンなら大丈夫なんだね」と豪太君がおもむろに言った。

「えっ?」僕と堀川さんは2人でキョトンとしていると、

「この間のバーベキューで、キャプテンの肉と、出来合い惣菜しか食べてなかったでしょ?あの積極的なお姉様達が持って来たものには、手をつけてなかったの俺知ってますよ。」

「そうなの?」と堀川さん。

そうなんだ、忘れていたけど僕は他所のうちのご飯が食べられないタイプなんだ。

「よく気づいたね。」と頭をかきながら、

「自分でもすっかり忘れていたけど、手作りでって言われちゃうと食べられないことが多いんだよ。久しぶりにこの間のバーベキューで思い出した。」

「嘘でしょ?うちのご飯いつもたらふく食べてるじゃない。」

「ですよね。だから忘れていたんです。あのタッパーに入った惣菜を見たとたんに、冷や汗かいちゃって、豪太君にお礼言わないといけないよね。僕の代わりに沢山食べてくれて助かりました。」と頭を下げる。

「あんた気を遣って沢山食べたわけじゃないでしょ?」と堀川さんは豪太君の背中をペシリと叩く。

「手助けの一環てことにしときましょうよ。ねぇ。」とぽんぽんと僕の肩を豪太君は叩いて、小さな声で

「貸しですから。」と笑わない目で見つめてくる。

なるほど、僕に頼みが有るんだな。

あの場を丸く収めてくれたことには感謝するけど、特にバラされても何か不利益な事があるわけでも無い。でも若い彼がその貸しを使って何をお願いしたいのかはとても気になるので、

「あはは、了解」と答えておく。

うんと頷いてニコッと笑う顔は、あどけなさが残っていて、案外堀川さんに似ていると気付く。血の繋がりって面白い。


シャワーを浴びて、ちょっと昼寝でもするかとソファに横になっていると、コツコツとリビングの窓を誰かが叩く。

照れ笑いを浮かべて、小さく手を振る豪太君が立っていた。早速何かを頼みたいのかな?


「お構いなく。」

アイスコーヒーを出すと、いつもの大胆さには似合わずそんなことを言う。

「ジュースの方が良かった?」

「いや、大丈夫です。」

何やら緊張気味の様子が面白いから、ちょっとからかってみるかと

「どんなお願い?僕に出来ること?お金は貸せないよ。」と軽い調子で言ってみる。

「えっ、何なんですか急に。お金なんて貸して欲しいなんて言いませんよ。そんなのバレたらいっちゃんや母さんにどんなに責められるか。想像しただけでも恐ろしい。」

「あはは、姉妹が揃うとそんなに怖いの?」

「いやぁありゃ見ない方がイイですよ。いつもはてんで逆タイプのくせに、変な正義感が似てるからスイッチ入ったら激しいし、しつこいんですから。アラッキーも気を付けた方がイイですよ。」とズズっとストローを鳴らしてコーヒーを飲む。

「分かった気をつけます。で、何か僕にして欲しい事あるんでしょ。」

豪太君はコクンと頷き、片頬に笑みを浮かべて、

「お願いって言うか。俺気づいちゃったんですよ。あのショートヘアーの水森さんは、かなり本気でアラッキーの事狙っているみたいですね。それで、僕にインターシップに来いって言うんです。それってアラッキーとの繋がりを持つ作戦の一環じゃないですかね?」と僕の顔を一度見直してから、

「でも、あの会社って一部上場だし、俺がやりたいって思ってる事もやってるからありがたいんですけど、それに乗っかってもイイもんですかね?」

「それって僕に迷惑かかるかもしれないからって事?」

「まぁ、交換条件に何かの要求、例えばアラッキーを交えて食事会しろとか。いやもっと仕事的なことになるかもしれない可能性あるじゃないですか?

どう思います?率直に言って?」

「なるほど、そういう心配ね。」と僕もガブリとコーヒーを一口飲んでから答えた。

「僕をどうこうっていうのをとりあえず傍に置いて、豪太君の就活に繋がるなら別に気にせず行けばイイと思うよ。」

「でも、何か面倒をかけたりしませんか?」

思ったより豪快じゃなく繊細に気がつくタイプなんだと感心して、

「大丈夫。それくらい気が回るならきっと君はうまく立ち回ってくれるだろうからさ。」

「えっ」と驚いた顔をして、豪太君は照れて破顔する。

「何かあったら相談して。君に貸しを作っておくのも悪くなさそうだから。」

「了解。確認なんですけど、この前の来ていた中に付き合ってもイイって思っている人居ないんですよね?」

「うん、今はあんまり彼女作りたい気分じゃないからなぁ。」

「それっていっちゃんせい?」

「えぇ〜」と椅子から落ちるほど驚いた。まさかそんな風に思われるなんて予想だにしなかったから。

「違うよ。そんな風に見たら堀川さんに失礼だろ⁈堀川さんは、素敵な大家さんだけど、そう言うんじゃなくて、なんだろう深く考えたこともなかったな。僕の素敵な大家さんって感じ⁈」焦って早口になって捲し立ててしまう。

「そうなんだ、あんまり気が合うみたいだからさ。まぁそうかそうだよね。」と豪太君はホッとした顔する。

「ねぇ僕が堀川さんをそんな目で見ているように感じたの?」嫌だなそんな風に思われるのは。そんなの堀川さんに申し訳ない。」

「いや全然。でもさ、そうなら腑に落ちるなぁってちょっと思っただけだよ。」

「ならイイけど。変なこと言わないでよ。」ちょっと怒った声が出てしまった。

でも、どうだろう堀川さんはただの大家さんって言うのとは違う。だからって恋愛対象っていうのにはもっと遠い気がする。友達?家族?おっといけない。また深く考え過ぎると叱られてしまいそうだ。

僕と気が合う素敵な大家さんて事で良いじゃないか。

そこで話を切り換えて、

「豪太君こそあの中に好みの子でも居たんじゃないの?」と言うと

「居ませんよ。皆んなアラッキー狙いなんだから、全然食指が動きませんね。」と素っ気ない。


それからしばらくして豪太君はインターシップに行くことになって、それなら自宅から通うのが合理的だからと帰ってしまった。

時折メールをくれて近況を知らせてくれるけど、僕を巻き込むような事件が起きなという事は、彼が上手く立ち回っている証拠だ。


そして僕にとって堀川さんは何?という問に答えるには、どんな言葉がしっくりくるのかと時折ぼんやり考えている僕がいる。

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