第14話

夏空の下で


暑い。余りに日差しが強くて暑すぎるので急遽キャプテンがタープを張った。

2階のベランダの手摺に片方の辺を結びつけて、こちら側には脚を立てたら、結構広いスペースのサンシェードになった。

そこへテーブルや椅子を並べて、ドサドサと料理を置いていく。

ホストの新木田君はセッティングを任せたら悪いからと遠慮していたけど、出来合いの料理を並べるくらい誰でも出来るからと、あらかた出したところで、電車組を迎えに行ってもらう。

車組は、関越自動車道が混んでいるから少し遅れると連絡があったらしいから、まぁ新木田君達が戻る前に来る事は無いだろ。


盛大に蚊取り線香を焚いて、スプレー式の虫除けも振り撒いておいたけれど、この暑さで短パンノースリーブなんて格好の子が来たら蚊の餌食になるだろうから、虫刺されの薬もテーブルに何個か置いて置いた。

私は、キャプテンやチーさんそれに隣の粕谷夫婦も呼んで、先にビールで乾杯をして始めさせてもらう。

煩くて煙たくなるのは間違いないから、どうせなら巻き込んでしまえ作戦で粕谷夫婦も呼んだのだ。

ウチは高台の端にある家なので、大雨が降るとハラハラとする事もあるけれど、こんな時はお隣一軒に声掛けるだけ良いと言う利点もある。

粕谷夫婦は、お祖父さんが亡くなってからこういうイベントがすっかり無くなって淋しいかったのよと誘いを快く受け入れてくれた。

好青年の新木田君は粕谷夫婦にも普段からウケが良いので、それも功を奏してる。

豪太は、いつものふてぶてしい態度を改めて、チーさんやキャプテンの助手を張り切ってやっている。これは彼なりの就活大作戦なんだろう。

キャプテンも、いつにも増して張り切って、炭を熾しながら汗をキラキラと輝かせてる。

「キャプテン、ビールだけじゃなくて水分摂ってよ。」

「あいよ、分かってるさ、自分がジジイなことくらい。」とガハハと大口を開けて笑ってなんとも楽しそうだ。

サツマイモに濡れた新聞紙を巻いてアルミフォイルをかけたのをチーさんがせっせと作って、バーベキューコンロの炭の中に入れている。

チーさんが育てた去年物のサツマイモもこれで終いだなと思って、庭の畑を見ると、秋の収穫が楽しみな芋の蔓が元気よく伸びている。サツマイモで有名な川越は隣町みたいなもんだから、ここら辺のサツマイモもなかなか美味しい。特にチーさんの手にかかると、追熟の仕方にコツが有るらしくって美味しいんだよな。そう言うと、チーさんは嬉しそうに

「あたりメェだ。」と言って鼻をゴシゴした。

でも、こんなに暑くて焼き芋みんな食べるかなと心配を口にすると、焼けたら冷蔵庫で1時間位冷すんだそうだ。へぇ冷やし芋ね。楽しみにしときましょ。

粕谷夫婦は、ご主人が定年再雇用で今でも時短らしいけど毎日通勤されていて、とても元気だ。

夫婦でウォーキングを趣味にしているから、下の東川を歩いているのをよく見かける。

「どこら辺まで行かれるんですか。」とずっと気になっていた事を聞いてみると、なんと航空声公園まで歩く時もあると言う。私からみたら超人的な脚力にポカリと口が開く。それを見た粕谷夫人は、

「時たまよ。」とケラケラと朗らかに笑う。

そうこうしているうちに、ガヤガヤと若い人達がうちの庭に集まって来た。

いたいた、ノースリーブに短パン女子。


誰が音頭を取ることもなく、久しぶりですねとお互いの近況を話し合いながら、なんとなく飲み物を酌み交わしながらホームパーティーは始まり、キャプテンのバーベキューが大評判で皆んな美味しい美味しいとあっという間に無くなってしまった。


軽くお腹も満ちて来て皆んなが思い思いに席についた時、西洋の貴族の様に頭の先からカラフルなブランド物のゴルフウェアに身を包んだ中年の男性がグラスをスプーンでチンチンと叩いて皆んなの注目を集める。

それを見て眉を顰めてしまって慌てて眉間の皺を伸ばすと、目の端に新木田君も同じ様に眉間に指を当てて掻く振りをしているのか目に入る。


「皆さん今日は僕の声掛けに集まってくれてありがとう。それでは改めまして新木田さんの新居に乾杯。」と乾杯の音頭を取ったのが前澤さんだった。

そうなると仕方なく新木田君が挨拶をしねばなるまいと、席を立つ

「今日は、遠くまでありがとう。皆さんのご活躍振りを陰ながら見守り応援しています。」

拍手とヤジも飛ぶ。

「僕は此処で隠居生活を決め込んでいますが、皆さんはどうですか?こんな場ですから、気軽に話してみませんか?」とホスト役をしっかりとこなして次々に指名して話をさせていく。

周りからボソボソと「懐かしいね」「朝礼思い出すねぇ」と言う声が聞こえて来る。本当に社長だったんだなと感心する。

あらかたの人が、近況と社長に戻って来てほしいという社交辞令の様な本気なのか分からない様な事を言い、最後に指名された1番若そうなお目々ぱっちりのノースリーブ女子が上目遣いに

「あの、元のメンバーは分かるんですけどぉ、えっとコチラの方々は社長のお友達ですか?」

と私達の方に目線を送る。


「すみません、ご紹介遅れました。コチラがここの大家さんの堀川さん、今日この場を快く貸してくださって、更に準備もお手伝い頂きました。」大きな拍手。

「また、大家さんのお友達で僕も今よく遊んでもらってる、楪さん、千葉さん。それにお隣の粕谷さん夫婦です。」

「バーベキューすごく美味しかったで〜す。」との声も掛かる。

キャプテンは、その声に嬉しそうに軽く手をあげて応えている。

そこへ今まで甲斐甲斐しく料理や飲み物を給仕していた豪太が一歩前に出て

「そして僕が、大家の甥である内野豪太です。現在大学三年生。今日は後学のために、第一線でご活躍されてる皆様のお話が伺えたらと、新木田さんに無理を言って参加させていただきました。どうぞ宜しくお願い致します。」とちょっと私達をどんぐり眼にさせる挨拶をする。

新木田君は笑いを噛み締めながら、私達に頷きかけてから、

「そして、今名前はそれぞれ呼んだので端折りますが、コチラが僕の元同僚達です。」

と紹介してくれる。

すると、

「あの、大家さんってこのお家借家なんですか?」とお目々ぱっちりちゃんが素っ頓狂な声を出す。

「そうだよ。」と新木田君は素っ気なく答えると、

「さっ、まだ料理もデザートも有るから食べて食べて」と紙皿をみんなに配る。

今度は、ショートカットの切長の目が印象的な水森さんと呼ばれていた、いかにもキャリアウーマン的な人が、

「私、これ作って来たので良かったら食べてください。」とテーブルにドンとキッシュとラザニヤの入った耐熱皿を出して、

「キッチン借りていいですか?オーブンあるかな?」とドンドン家の中に入っていく。

来てすぐに出さない辺り自己アピールの演出も中々のやり手だなぁと、思わず家に向かう伸びた背筋を見守る。

その行動に弾かれた様にお目目パッチリちゃんが、

「私社長の好きなシードル買って来たんですよちょっと重たかったけど、こんな田舎じゃ手に入りづらいかと思って。」とガチャガチャと小さなクーラバックから3本のシードルとスペアリブのタッパーを出した。

「温め直したいので、お皿借りて良いですか?」と言った端から水森さんに遅れまいと家の中に入っていく。

それに釣られる様にして豪太も家の中に入って行った。

あの子が居たら勝手に家の中を物色する様な真似はさせないだろう。案外アレで気が効くところがある。


女の子達のお宅拝見と社長争奪戦を、ニヤニヤしながら様子を見てると、キャプテンが椅子を寄せて来て、

「そろそろ俺達退散した方がいいのかい?」と聞いて来た。

私は小声で、

「もうちょい様子見て、新木田君からヘルプコール掛からなきゃウチの涼しい部屋で飲み直すってのはどうですか?ツマミも沢山残りそうだし。」

キャプテンもニヤニヤしながら、母屋の中を覗き込んで

「うむ、ヘルプコールあるかもな。あんまり早く退散すると後で叱られるかもしれんな。」と髭をゴシゴシしごいて頷いた。


手作りの料理が並ぶと、新木田君は水森さんとお目々パッチリ佐藤さんに挟まれながら、

「イャもうお腹いっぱいで、これは後で頂くよ。」と暑いからだけでは無さそうな、汗を流して悪いねと言い訳をしきりとしている。

そこへ、豪太も戻って来て新木田君の肩をぽんぽん叩いてから、私達の方を指差して親しげに話しかける。新木田君の肩を押して、自分はテーブルに向きなおると、水森さん達にあの人懐こい笑顔で「美味しそうですね」とか話しかけながら料理を貪る様に食べていく。

やたらと愛想がよく皆んなから名刺を貰っている甥っ子の姿を新木田君は感心して見つめている。

手作り料理も皆んなのお腹に収まった頃を見計らって、コストコのティラミスと冷やし芋を輪切りにしたのを並べる。アイスコーヒーやジュースも冷えてますよと氷の入ったクーラーボックスの蓋を開けてボトルを出して声を掛ける。

甘い物はやっぱり別腹の様で、みんな紙皿を持って思い思いにデザートをよそっていく。

冷やし芋は輪切りに切ったお芋にザラメを少し乗せてバーナーで焼いてブリュレすると言うチーさんにしてはお洒落な一品になっていて、トロリと甘いサツマイモと相まって大好評だ。

皆んなが冷たい飲み物とデザートに集まって来たのを機に、新木田君に

「そろそろ私らは、退散してもいい?」と聞くと

「もう少し、すみません。お願いします。」

と拝まれてしまう。


すると前澤さんが汗を拭き拭きやって来た。

「堀川さん、ありがとうございました。まさかこんなに盛大にお庭でバーベキューが出来るなんて思わなかったから楽しかったです。いやぁしかし暑いですね。シャツがびしょびしょだ。」と腕や足を叩いて蚊を追い払いながら、いかにも庭は暑くて敵わんと言わんばかりの嫌な目をして言ってきたので。

「いえいえ、私達も楽しかったですよ。

そうそうカドカワ迄歩いても10分足らずなので、酔い醒ましに皆さんで散歩なされてもいいんじゃないですか。それにミュージアム内だったら冷房も効いているから。」

と返すと、新木田君がギョッとした顔をする。それは見ないふりをして、

「新木田君は人気あるんですね。特に女子に。今日のメンバーは前澤さんと仲良しさんが集まったんですか?それとも彼女に立候補に来たのかしら?」と後半は声を顰めて聞いておく。

「まぁそんな感じです。社長がフリーになったって聞いて張り切っている子もいるんじゃ無いかな。」と視線を女の子達に向けてから、新木田君を見つめる。当の新木田君はそんなことを言われても困るよ苦虫を潰した様な顔をする。

すると、飲み物を持ったゆるふわにカールしたセミロングの髪を靡かせた林さんに、コッチにも来て下さいとかなんとか言われつつ新木田君は向こうのテーブルに連れて行かれてしまった。

遠くに行った新木田君の背中を見ながら前澤君は、声を落として、

「社長、社会復帰いつ頃するとか、何をするとか言ってませんでしたか?」と探るような目をして聞いてくる。

「さぁ、仕事の話とかまるでしないからなぁ。新木田君とは畑とかスーパーはどこが安いとかそんな会話しかしないのよ。実際新木田君がどんな仕事をしていたのかってのもほぼ知らないに近いんですよ。どんな上司でした?

仕事の内容ってどういうものなの?シロートに分かりやすく教えてくれない?

今。前澤さんはどんなお仕事をされていて、どんな立場から新木田君にアプローチしようと思ってるの? 

今日は、新木田君をハンティングしに来たの?それとも他社に行くとか、起業するかとかの探りに来たのかな?」と最後の方は捲し立てるよう 矢継ぎ早に聞いてしまってから、ちょっと気に食わないからって大人気ない無いかと反省をして、目を白黒させている前澤さんに

「まぁ、いっぺんに聞かれても困るか。」とあははと笑いで誤魔化す。

「あっいや。何と言うか、そうですね。僕は結局古巣に戻った状態で今は統括部長っていうのをやらさせてもらってるんですよ。だから優秀な人材が、田舎で燻ってるって聞いて何だか腹立たしい気持ちになったのは否めないですよ。まぁ社長には社会復帰するきっかけになって欲しいって気持ちもあって、会いに来たって訳です。」と前澤君は、眉間に少し皺を寄せながら苦く言う。

「でも貴方の会社には、行けないでしょ?」

「まぁ、道理から言えば難しいですね。」

「そうよね。」

「でも、、、まぁ無理かな」

でも?「また一緒に働きたい様な上司だったの?」と明るい口調で聞いてみる。

「はい間違いなく。」

ふぅん。でも新木田君より一回り位年上の貴方の目は、

『僕の下で働かせてみたい。』と言いたかったのではないかと勘繰ってしまう様なギラギラとしたものが溢れ出ていた。


「さぁ皆さーん。散歩に行きましょう。」と背筋が伸びていたショートヘアの水森さんが音頭を取って、何故か豪太と一緒に先頭に立って出かけて行く。

私達に新木田君は、

「すみません、僕は行かないって言ってるのにそう言うわけにはいかなくなっちゃって。後で片付けますのでそのままにしておいてください。」とそう言って両手を女の子に引っ張られながら門へ向かって行く。

その背中に

「大丈夫あらかた終わってるから気にしないで楽しんでおいで。」と声を掛けて、3人で飲み直そうと我が家に戻る。

点数稼ぎなのか、気がきくのか本当に女性陣がほぼ綺麗に片付けてくれたので、後はテーブルや椅子を畳めばイイくらいだ。


静かになった庭を振り返って、ホッと息をつく。

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