第16話
秋茗荷
暑さが少しは落ち着いてきたのかなと感じられるのは、朝晩のほんの一時で昼間は暦がなんと言おうと「夏だ。」
暑さ寒さも彼岸までなんて言うけど、全然だ。季節の巡りは地球温暖化とともにギシギシとヨレ始めているんだろうな、なんて考えていたら食欲も無いのにもうお昼だ。
飽きたけど、今日も素麺にするかと庭に大葉を摘みに出る。
そろそろ日陰の植え込みに茗荷が出始めているのでは無いかと駐車場の方へ行くと、新木田君が買い物から帰って来たのに遭遇する。
「おかえり。」
「ただいま。これから何処かへお出掛けですか?」
以前のように、顔は相変わらずのすっぴんだけれど、そこらのコンビニくらいまでならいつでも行けるくらいの服に着替えるようになった。それはこんな風に新木田君に遭遇する機会が増えたせいだろう。新木田君効果だなとニヤリとしながら、
「いや、秋茗荷が出ていないか確認しに。」
「茗荷も作ってるんですか?」
「作るって言うか、茗荷はジメジメしたところに自生しているもんよ。壁際の隅の方に毎年結構大きいのが出るからさ。そろそろそんな時期なのよ。」
「へぇ。」と言って彼は荷物を抱えたまま着いてくる。
2人で這いつくばって7.8個の茗荷をゲットしたので、じゃあウチでお昼にすればと言ってみる。
それならと荷物を置いて来ますと、子供のように跳ねながら母屋に向かう新木田君の背中を見ていたら、五歳の頃の豪太を思い出した。元気にしてるかな。インターシップ上手くやれているかしら。
家で素麺にするか、パスタにしようかと棚をパタパタ開けて在庫を調べていると、
「梨もらったから持って来たぞ。」とチーさんが来て、
ワイワイと賑やかなお昼になりそうなのを嗅ぎつけたのか、キャプテンもやって来てそこへ粕谷さんの奥さんも
「葡萄食べない?」と加わった。
「どうしたんですか葡萄。」と聞くと、
「昨日お友達と葡萄狩りに行って来たのよ。山梨まで。シャインスカットと巨峰ピオーネもあるわよ。主人はあんまり食べないし、娘に送ろうと思っていたら、来週葡萄狩に行くから要らないんだって。別に被ったていいじゃなねぇ〜。」とプンプンと言って
「だから皆さんと楽しく食べた方が私も気分が良いから手伝って下さい。」と懐かしい緑のプラスチックのカゴに入った大粒の葡萄をドサリとテーブルに置いた。
じゃあみんなでランチにしましょうとなって粕谷婦人とキッチンに並ぶ。
キャプテンは、勝手知ったる他人の我が家で、どこからともなくスパークリングワインを出して来る。
「いっちゃん忘れてただろ。俺が美味かったからって箱で取り寄せたから1本分けてやったやつ。」キャプテンは、瓶を大袈裟に掲げて目を細めている。
「そう言えば、そうだった。1人じゃ中々封切る気にならないから、こういう日に飲もう飲もう。」
「だろ。」とキャプテンはやけに嬉しそうだ。
「キャプテン、自分の分はもう飲んじゃったんでしょ?」
「あはは、バレたな。」と大口を開けて笑いながら言う。
大葉や茗荷に季節の野菜をふんだんに使ったオイルパスタにして、豚のリエットを塗ったバゲットをを添えてた。よく冷えたスパークリングワインを各々のグラスに注ぐ。
粕谷婦人が作った梨とクリームチーズを入れたサラダを取り分けてから、
「デザートの果物が沢山有りますから、そっちのお腹も残しておいて下さいね。」と念を押してからさあ召し上がれと音頭を取る。
「このリエット美味しいね。いっちゃん作ったの?」と粕谷婦人が聞くので
「まさかぁ、そんな手の込んだことは致しません。こういうものはさプロに任せた方が間違いないから。」
「確かにね。何処の?」
「昨日、飯田橋に仕事で出た時通りかかった小さなデリのなの。その店がリエット美味しいって思い出して買って来たのよ。名前なんて言ったかかなぁ。みずほ銀行の向かいレ.グルモンディーズだったかな⁈」
「へぇ、いっちゃんの臭覚はハンター並だな。」とキャプテンがバゲットにかぶりつきながら言う。
「まぁね。」
と話しながら食べている時、ふと新木田君が特に変わった様子も無く当たり前に食べている姿を見て、いつだったか豪太が言っていたことを思い出した。
本当に他所のお家のご飯食べられない人なんだろうか?
「そうだ、ずっと聞きそびれていたけど、前に来た前澤さんって何か頼み事に来たんじゃなかったの?」と新木田君に聞いてみる。
「あっ、そんなことありましたね。引き継ぎみたいな事が2、3と、昔僕が会社にいた頃の取引先の人を紹介して欲しいってことみたいでした。」
「へぇ、新木田君と仕事がしたいって言っていたから、社会復帰しろってお誘いかと思った。」
「まぁ、そう言った意味合いも含まれていたかも知れませんが、具体的にその時は、何も提示はされませんでしたので。」と二ヘラっと珍しく間抜けな顔で笑う。
「でも、急にどうしたんですか?」と此方にお鉢が回って来て
「あぁ、今さ普通にモリモリ食べている君を見ていたら、バーベキューの事思い出したから。」
「⁇」キャプテンとスーさんと粕谷婦人がキョトンと首を傾げたので、ちょっと体を乗り出してみんなの顔を順に見ながら
「聞いて下さ〜い。今、目の前でモグモグとパスタを頬張っているこの青年は、ナント!他所のおうちのご飯を食べられないタイプの人なんです。気付かれた方いましたか?」
「えぇ〜え。」と3人は大袈裟に仰反る。あー面白い。
「もう、堀川さん大袈裟な言い回し過ぎます。」と新木田君は、眉根を寄せて抗議する。それからゴホンと咳払いをして、
「本当です。ここの皆さんのご飯なら美味しく頂けるんですけど、他は駄目なんです。この間バーベキューの時やっぱり直ってなかったって確認したんです。」
「まぁ、そうだったの?全然気付かなかったわぁ。」
粕谷婦人が、憐れむ声を出す。
「俺のバーベキューは食べられたよな。」
「ウチの漬物だっていつも直ぐ無くなっちゃうって言ってたじゃねぇか。ありゃウチのカミさんが漬けてんだぞ。」とチーさん。
「はい、そうなんですよね。何ででしょう?他の人のが食べられないなんて。」
「昔からか?」とキャプテン。
「そうですね。そんな感じです。」
「克服したいと思ってる?」と母親の顔になって粕谷婦人が聞く。
「いや別に、あんまり意識すると余計食べられないから。」
「ふーんそんなもんかね」とチーさんは首を捻る。
「でも、出来合いばかりも体に悪いし、貴方料理覚えた方が良いわよ。ねぇ、そうしなさい。」といつも暇を持て余している粕谷婦人が、なぜか張り切って提案する。
「やっぱりそうですよね、前にも堀川さんに言われて始めようと思ってはいたんですけど中々。」と新木田君は頭をかきながら肩をすくめる。
それから火曜日か水曜日に粕谷夫人が新木田君のキッチンで料理教室を始めた。
そんな時は私も家に居る時は、「食べに来なさい」と夫人に呼ばれ御相伴に預かっていたけれど、何故かいつの間にか私も生徒の一員に数えられる様になってしまった。
夫人は張り切って、ローラアシュレーのエプロンをキリリと締めて、私達にキビキビと指示を飛ばしながらやたらと楽しそうだ。
お米の研ぎ方、野菜の洗い方、アクの抜き方から始まって、出汁の取り方、お浸し、胡麻和え、白和ナマス、ぬた等基本の物の下拵えから丁寧に教えてくれる。家族のご飯を何十年と作ってきただけあって年季が違う、流石です。
けれど、最初は張り切っていた婦人だが、案外彼女は忙しい。
ウォーキング仲間と山へ行ったり、フラワーアレンジメントのお仲間とランチに行ったり、お孫ちゃんのお世話のヘルプで娘さんのところへ泊まり込んだりと中々時間が取れない事が多い。でも「せっかく始めたんだからと私が居なくても料理教室は開催しなさいよ」と粕谷婦人は私たちに課題を出してから、オシャレをして出掛けていく。
チーさんやキャプテンも食べる係としてやってくることもあるけれど、毎回っていうこともなく、結局私と新木田君と2人で料理を作る日という感じになっていった。
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